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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
セルディア
13/75

5

「さて、どう説明して行こうさね」


 スティルは顎に指を当て、考える事一分「よしっ!」と云う声を上げた。


「何を悩んでいるのやら……」


 今更、スティルが嘘を云うとは思えない。が、その分、自分の都合の良い方へ真人を誘導する可能性は高い。

 ここからの判断を誤れば、良いようにスティルに踊らされるだけなのだ。


「別に…… どの順番で話すのが効率が良いか考えてただけさね」


 微妙な間が嘘くさい。


「別に姉様を信じないなら、聞かなくてもいいんだからねっ! 」


 姉様至上主義のレイサッシュが、真人を睨む。


 ─── めんどくせぇな、このツンデレシスコンは……


 流石に辟易とするが、正に狙い通りとばかりの顔をするスティルを見て、投げ遣りにするのは危険と判断。


「分かった。大人しく聞くよ」

「そう── なら、いい……けど」


 何故か物足りなそうにするレイサッシュ。それを見て「けど? 」と真人が聞くと、


「うっさい、バカっ! 黙ってろ」

「な、何だよ── それ」

「まあまあ、すっかり打ち解けたみたいで、嬉しいさね。

 でも、これ以上の脱線は遠慮してもらうわよ」


 スティルは楽し気だが、本気で話を進めるつもりらしい。言葉尻がしっかりとしているのが、その証明だと二人は口を噤んだ。

 レイサッシュは元より、真人もまたスティルと云う女性を理解してきたと云う事なのだろう。


「じゃ、まずこれからの事を話すわね。

 ライズ、貴方のする事は理解してる? 」

「ん、神官長になる為に実力を見せる必要がある。その為に騎士団長と模擬戦闘を行う── 間違ってるか? 」

「いいや、大体合ってるさ。だったら、模擬戦のルールを説明するさね」


 ラフィオンの騎士団は、デュランダルを筆頭に十二の師団に別れている。

 その十二師団のトップは序列になっているのだ。つまり、序列一位が第一師団長になる。


 また、ファリス直属の近衛師団もあるが、これは指揮系統が異なり、デュランダルは一切の関与出来ない。


 真人が行う模擬戦は、序列に関係なくデュランダルが指名した五人の師団長と連戦するとの事だった。


「── おい、有り得ないぐらいキツい条件じゃないか」

「ラフィオンの神官は最強でなければならない」


 条件を聞いた真人が青ざめていると、レイサッシュが抑揚を抑えて云う。


「この程度の条件をクリア出来ないようなら、神官長たる資格はない」

「簡単に云うなよ…… 自分で云うのも悲しいが、俺の戦闘力なんてたかが知れてるぜ」


 戦闘のプロに混じってトップクラスの実力があるなんて自惚れる事など、魔犬程度に苦戦した真人に云えるはずがない。


「そうね。今のライズじゃ一人にだって勝てないわね」

「だよな…… 」

「けど、二週間あれば変わる事が出来る」


 男子三日会わざらば刮目してみよ── という言葉があるが、肉体的強さがそんな簡単に変わるものではない。

 真人も多少なり剣術をかじっている為、スティルつの言葉を鵜呑みには出来なかった。


「マサト、このセルディアで最強の能力って何だと思う? 」


 スティルの言葉を信じられない真人に、レイサッシュが問う。


「そりぁ、この流れなら精霊術だろ」

「残念ハズレよ」

「へっ? 」


 そのやり取りを見ながら、スティルが答えを引き継いだのだが、真人には寝耳に水な条件をプラスしてきた。


「勿論、精霊術をある程度使えれば、この試練はクリア出来るけどね。だけど、この二週間で精霊術は一切教えない。

 それと、今使える精霊術は使わない事を条件に追加するわ」

「待て待て、数少ない優位点を放棄してどうする気だ」

「だから、最強の能力を教えるのさ。

 これは戦いの基本だけど、使える者は殆どいない。使いこなせれば、対個人戦闘で負ける事はまずなくなる」


 ── 最強の対個人戦闘能力。考えられるのは、


「肉体強化系の何か…… 」

「マサト、50点」


 半分正解してるのに、何故かレイサッシュが云うと酷評を受けている気になる。


「まあ、そうさね。正解は『魔導術』さ」

「魔法が最強?」

「魔法じゃないわ、魔導よ。マサト」


 そう云われても、今の真人には魔法と魔導の違いなどまるで分からない。

 困ったように真人がしていると、スティルが掛けてもいない眼鏡を上げるような仕種をする。


「厳密にいえば、細かい違いはあるけど今のライズなら、魔法と魔術は同等。魔導だけが別物と覚えていればいいわ」

「質問。んじゃ、魔法と魔導の違いは? 」

「魔法は魔力を別のものに換して使う。魔導は魔力そのものを使うもの── かな」


 スティルの説明は、なるべく真人にも解り易いように噛み砕いている。それでもその感覚がないのでイマイチぱっとしない。


「まあ、そうなるさね。だから、まず一週間で魔力とは何かを学んでもらう。そして残った一週間で魔導を学んで戦闘開始。

 さっき精霊術を教えないと云ったのは、単純に時間がないからさ。中途半端な力なら使わない方が良い」

「なるほど…… 」


 スティルの云い分は分かる。しかし、


「それで勝てるのか? 」


 現実的な力の呈示がないので、真人の不安は拭えない。


「不安かい? 」

「まあ、な。そんな都合の良い話を無条件で信じられる程、おめでたくはなれないよ」

「じゃあさ、伝説の精霊使いなんて云われてるライズ・クラインを最強にしたものが、この魔導だった── と、云ったらどうさ? 」

「─── !」


 その言葉に真人はゴクリと喉を鳴らした。


 伝説や英雄なんて讃えられる者は、まず間違いなく何かを極めた者だ。そこに精霊使いという冠がついていれば、当然、精霊術を極めたと思う。だが、そうではない。ライズが最強である理由が魔導にあるのなら、可能性は充分だ。


「実は嘘です── なんて今更云うなよ」

「それはそれで面白そうだけど、ね。本人が認めている本当の事だよ」


 と、スティルが認める。すると、また真人に疑問が生まれた。


「なあ、本当の所、ライズって何なんだ?

 死んでるんだよな。それなのに意思を以ていたり、幽霊なんて感じもしない」

「幽霊── か。ま、当たらずとも遠からずさね」

「残像思念って分かる? 」


 スティルに続く、レイサッシュの問いに真人は、


「人の思いが残す幻影」

「マサト、80点だね。人の強い思いは、その思いをその場に留める。時にその姿を形作るそれが残像思念よ」


 けど、それは実体を伴うものではない。意思を持つライズとは無関係なはずだ。


「まあ、魔法のない所に居たライズじゃ、知らなくて当然なんだけどね。このセルディアじゃ、普通の宝石より価値がある石が二つあるのさ。

 一つは、人の魔力を増幅する魔石。そして── 」

「人の思いをその場に留め、形作る思念石。── つまり、私達を護ってきたライズ・クラインは実体を持った思念体なのよ」


 スティルとレイサッシュの説明で、真人の疑問は氷解していく── だが、水中に残る氷柱はまだある。


 思念体は、本来一つの思いが形作ったものなはずだ。それが、話に聞くライズ・クラインは考え、記憶し、意思を持つ。


 そこまでの力が石にあるものなのか──


「あるさね。けど、何時までその場に留まれるかは思いの強さによる── 三百年は長過ぎるわね」


 スティルの真意が垣間見える。

 ライズ・クラインの存在出来る限界が迫っているのだ。謁見時に英雄の加護はないとスティルが云っていた事も符号する。

 真人は、まだ見ぬ自分を想像し、


「強くなれば会えるのかな」

「会って貰わねば困る、かな。本人はそんな事云ってないけど、素直じゃないからね」


 ── なら、目的に追加確定か。ますます、帰るまで遠退くな。いざ帰ったら、瑞穂が何て云うか……


 そう思い苦笑する真人だった。





 レイサッシュの執務室から一時間経過し、真人とスティルは西の森へ場所を移していた。


「今日から一週間、ライズが過ごす場所よ」


 そう云ってスティルが指差したのは、小屋から見える切り株だった。


「あそこで俺は何をすればいいんだ? 」

「座っていればいいだけさね。ただ、今まで感じた事のない力を探すのを忘れないようにね」


 人指し指を立てて、注意を促すスティルに真人は「感じた事のない力? 」と、首を捻る。

 それもそのはずだ。指示が曖昧過ぎてどうしたら良いのか分からない。


「前にも云ったでしょ。魔力は多かれ少なかれ誰にでもあるものなのよ。つまり、ライズの中にもあるのよ」

「ああ、そう云う事か」


 あの切り株の上で瞑想をして魔力を探せ、と云う事なのだろう。全く感じた事がない故、とても難しい事のように思えるが、実はその逆だと真人は考えた。

 瞑想中に五感を研ぎ澄まし、今までそこに無かった物を探せば良い。云う程、簡単ではないが、決して無理ではない。


「さっそく始めてもいいか? 」


 やる事が明確になると体が疼く。これまでの真人は率先して何かをやろうとした事は無かった。回りの大人が評価するように、天才肌である真人は大した努力をする事なく、何でも出来てしまう。これでは挑戦しようという気概も持てないのも当然だった。

 だが、今回は本当に未知への挑戦だ。心弾む自分に真人は動きたくて仕方がなかった。


「やる気満々さね」

「まあ、な」


 この時、余裕だったスティルの顔が、思いもよらぬ形で「あっ」という間に歪む事になるのだった。



 ◆



 二日後──


 真人とスティルを先に送り出したレイサッシュが、王都での雑務を片付けて追い付いた。

 (ゲート)を抜け、小屋の表側に廻るとすぐにスティルの背中を確認する。


「姉様、マサトの様子は? 」

「──── 」


 少し離れた場所だけに気付かないのだろうと、すぐ側まで近寄り、


「姉──さっ! 」


 声を掛けて、その顔を見たレイサッシュは、生まれて始めてスティルを怖いと思った。


 ── 何がどうなっているの?


 足が竦み、それ以上近付けないでいると、雰囲気はそのままにスティルが振り返った。


「レイ── 今、私どんな顔してる? 」

「どんなって…… 」

「ああ、やっぱりね」


 口籠もるレイサッシュを見て、納得するように呟く。


「姉様…… 」

「まったく未熟よね。才能の差を見せ付けられて嫉妬するなんてね。── 情けないったらありゃしない」


 下唇を噛み締めながら云うスティルを見て、レイサッシュは真人に初めて会った時の感覚が戻ってくる。


 レイサッシュが真人を受け入れなかったのは、伝説の精霊使いの後継者は、スティル以外あってはならない。と、その考えが根底にあるからだ。だから、幾らスティルが認めようと、レイサッシュが認める訳にはいかなかった。


 だが、レイサッシュは態度を軟化させた。それは、自分の目で見た真人が頼りなく、スティルを超える逸材と思えなかった事が大きい。その上で真人がレイサッシュの気持ちを汲める人間性を持ち、後継者以外なら認めても良いとした。


 ── やっぱり認めてはいけなかった。

 自分程度の人間が、人の可能性を見極める事など出来ない。

 スティルが真人の資質に嫉妬すると云う、醜悪な感情を持ったのは、自分の所為だと責め始めていた。


「レイ」

「姉様、ごめんなさい」

「何謝ってんのさ。私は今楽しくてしょうがないのよ。見てみなさい」


 指差す方向に真人がいる。

 ただ座っているだけなのだが、凪の海のように静かに心を荒立てるような事もない。しっかりと視点を合わせなければ見落としてしまう。


「あれは三段階目(ステップスリー)…… まだ二日なのに……」


 魔導術を使う為には、幾つかのステップを踏む必要がある。


 まずは、魔力の認識から始めるのだが、あくまでも個人感覚になる為、他人では教える事が出来ない。故に最も時間が掛かるステップになる。

 次いで、魔力の流れを知る事が二段階目となり、三段階目は魔力操作(コントロール)となる。

 この魔力操作は、体の中を流れる魔力を全身に行き渡るように、少しづつ魔力を残していく。すると、薄い幕のようなものが体を包み、今の真人の姿のように認識が困難になる。

 そして最後が、魔力の放出である。

 魔法や魔術なら『呪と印』を使い、魔力を変換。魔導であれば、魔力そのものを集め放出する。


 通常、ここまでくる為には一年や二年の年月をかけても無能と罵られる事はなく、一年以内に到達すれば、相当優秀になる。


「これ云うと、アンタが引くだろうけど── 私は何一つ教えてないわ。

 開始一時間で魔力の存在に気付き、後は勝手に押し進めている」

「そんなの有り得ない…… 」


 何も聞かずに出来ると云う事は、鳥が教わる事なく飛べるのと同じようなものだ。そうなる事が必然だから飛べる。


「有り得ちゃってるのよ。本物の天才か── 今なら勝てるわね」


 冗談にしては不穏当な発言をすると、スティルは小屋に戻ろうとする。


「姉様? 」

「冗談よ。あれはほっといていいでしょ。ここで見てる必要もないし、ちょっと休ませてもらうわ」


 後ろ髪を引かれる様子もなく、スティルは真人に背を向けた。


 ── あと一日もいらないか。


 そう確信し、笑いながら、妙な高揚感が沸き上がってくる。


 このまま見ていたら、我慢が出来ないのだろう── そう感じたレイサッシュは、何も云わずにスティルの後を追い掛けたのだった。


 そして真人だが、自分がどれほどの事をしているのか自覚がないまま、新しく手に入れた力を感じ楽しんでいた。


 魔力のコントロールは難しい。均等に残していかなければ、バランスを崩し魔力が四散する。すると、また一から魔力を集めなければならない。


 ── 面倒臭いが面白い。


 いささか夢中になり過ぎている感があるが、すぐに思い通りにいかないのは新鮮だった。だが、それだけではない。この力を完璧に扱えれば、このセルディアで戦える自分の武器になる。その確信が真人にはあった。


 その確信を以て、真人はその後、六時間コントロールに没頭した。そして、細かい魔力のコントロールが出来ると判断すると、右手に魔力を集めたのだった。


「フンっ! 」


 集めた魔力を右手に留め、そのまま地面に向けて拳を放つ。すると「ドゴっ! 」と、激しい音が鳴り響き、地面に半径30cm程度のクレーターが出来た。


「なるほど、コイツは使えるな」


 右手を沈み掛けている太陽にかざし、マジマジと観察する真人。その行為は、音に反応したレイサッシュが来るまで続けられたのだった。



「マサト、アンタここまでにしない? 」


 小さなクレーターを見て、レイサッシュは額に汗しながら云う。


「はあ? 云ってる意味が分からんぞ。それよりスティルはどうした? アイツが望む所まではクリアしたはずだ」

「ええ、二週間掛けて考えてた最低ラインはクリアしているわね」


 云いながらレイサッシュは、背中に背負っていた棒を抜き構える。


「お、おい── 冗談は…… 」

「冗談── 本当にそう思う? 」

「何、考えてんだお前…… 」

「私は、姉様の障害になるものを排除する」


 構えていた棒を横に一閃すると、先端10cm程度が飛び出して真人を襲う。


 ── な、なんかヤバいっ!


 それは直感だった。

 見た目、例え受けても大した怪我をしそうもない一撃。それを真人は慌てて飛び退いた。

 座っていた切り株から、右へ約5M。大袈裟かも知れないという思いは一切浮かばず、これでも不安がある。そして、


「マサト、正解よ」


 レイサッシュの放った一撃が、切り株に到達すると『ドゴーンっ!』と、大きな音を立てて半径4Mのクレーターを作り出した。


「なっ! 」

「これでも神官長なのよ。あまり舐めないでね」


 レイサッシュは意図的に感情を抑えていた。真人がこれで退くならばそれで良し、もし退かないのであれば、全治二週間程度の怪我を負わせて、儀式に参加させなければよい。

 どんなに才能を持った者でも、一度失った信頼を取り戻すには時間が必要になる。


「さっきの返答は? イエスでもノーでも殺しまではしないけど、答えを間違うと痛いわよ」

「ふむ、何故かここではお前に屈しちゃいけない気がする」

「何で? 」

「否、ここで退くと誰もが宙ぶらりんになる気がするんだよ。そんな結末望むヤツなんていないだろ? だがら── 一寸、抗わせてもらう」


 深く呼吸をして、レイサッシュを見据える真人。そして、その体に纏うは覚えたての魔力。


 ── 使い方は感覚に任せる他ないが、何とかなるだろ。


 客観的な視点をもって真人は大地を蹴ったのだった。

 

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