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「ここには色々なものが集まる。その怖さは身をもって知ったはずだが」
「ですね。私は弱い、だからもっと色々教えてもらわないといけないんです。── 例え、無駄になったとしても」
「なれねぇよ」
悲壮な表情で云うスティルを、冷たく突き放すライズ。だが、
「俺と同じで、お前の成長は止まってる。俺が何をしたって何も変わらねぇ。── だから、今ある力を活かす方向に切り替えろ」
突き放すような態度を取りながら、ライズは別の道を指し示す。
─── この人は嘘は云わない。ただ云い方がね。
スティルは少ない邂逅で、ライズの人柄を見抜いていた。
ライズは人との付き合いに慣れていない。誰よりも人の事を考えているのに、それをオブラートに包んで云う事が出来ない。
「私の力を活かす方法ですか? 」
「ああ」
「例えば? 」
聞き返すスティルに、ライズは少し悩んで、
「後人の育成なんてどうだ? 」
「私がです、か? 」
「ああ、もうすぐ力の使い方を知らないヤツが、このセルディアに来る。多分、お前から見ても使えないだろうが、資質だけは保証する」
── 保証?って、この人が。
スティルが唖然として、ライズの顔をなめ回すように見ると、
「何だ、その顔は」
照れ隠しに頬を掻きながら云い返したのだった。
「いえ、師匠が他人を認めるなんて珍しい…… と、云うか初めてじゃないですか」
こうして会話をしてくれていても、スティルを認めるような発言をライズはした事がない。
「お前が俺をどんな目で見てるのか良く分かったよ。
けどな、今回ばかりは認めるざるを得ない。なんせ、否定は自己否定になるからな」
「えっ!って、事は? 」
「お前に託すのは、俺だ。正直、不安が残るがお前しか居ないんでな」
一言多い── スティルはその一言を呑み込み、ライズとの対人スキルの差を見せる。が、当の本人は全く気付く様子がない。
「師匠…… もう少し対人スキル身に付けましょうよ」
「やかましいっ! こんな場所に来るヤツは敵かお前だけだ」
「友好を望む者が来てもシカトするじゃないですか」
スティルがライズの事を報告した後、ファリスは幾度が使者を送ったのだが、出てくる事はなかった。
それでもスティルが信用を失っていないのは、たった一度だけスティル同伴の友好師団の前に現れたからだった。
このままなら確実にスティルは信用を失う。ライズはそれが分かっているからこそ、極端なまでに人を避けていた男のくせにこうして顔を見せた。
まあ、出てきたといっても一切をとり合わず「帰れ」と一言云っただけで、また姿を消したのだが……
「必要なものなら覚えるが、お前の云うところ三百年、必要に感じた事はない」
「今回、必要になった癖に」
「誰の所為だろうな」
ライズの呟きに、スティルは何も云い返す事が出来ない。
ライズが本気で責めていないと知っていても、やはり心の傷として残っているのだ。
「── 私は何をすればいいのでしょうか? 」
「そうだな…… 」
そこからの会話について、スティルは報告しなかった。
理由は二つ──
ファリスに報告すべき事は、嘘偽りなく全て報告した。これによって、真人がライズの生まれ変わりである証明は済んだ。
そして二つ目は、真人が来た事によってスティルが本当にすべき事をする為に、この先の会話は聞かせる事が出来ないという事だった。
「概要は分かりました。では── 」
一方、ファリスもスティルが本当に全てを語っていない事を理解している。だが、報告すべき事をキチリと語り、その話に嘘がないのなら追求の必要なしと配慮する。
「新しい神官の承認をしましょう」
『御意』
スティル、デュランダル、ウォッカが声を揃え応えると、真人は小さく息を吐き、少しだけ緊張を弛める。
── これで終わりならいいんだがな。
スティルが色々企んでいると公言していたのだ。ライズという名の意味を隠していただけで済む訳がない。寧ろ、これは真人に対する単なる嫌がらせなのだから……
── 完全にもう一人の俺への当て付けだよな。…… ったく、勘弁してくれよ。
そして、その予感は的中する。
「さて、スティル殿。新しき神官となられた方の契約精霊はジン様ですよね。さすれば、承認に続いて神官長になる為の儀式を行う必要がありますな」
「ええ、そのつもりですわ。デュランダル将軍」
── は?
その時やっとスティルの狙いが分かった。
だが、既に時遅し。真人を神官長にする為の車輪は回り始めている。
「しかし、ライズはまだ何も知らない素人同然です。この状態で模擬戦だとしても、騎士団長との戦闘を行わす事はできません」
─── ナニイッテンダ、コノアマ。
スティルとデュランダルの会話を、真人はこめかみの辺りに血を集めながら聞いていた。
「これは英雄の生まれ変わりとは思えない弱気な発言ですね」
「いえいえ、生まれたての雛に過分な期待をかけるのはどうでしょう。
ただその資質には確かな保証があります。だから一ヶ月の期間を頂きたいですわ」
「資質が保証されているなら、一週間もあれば充分でしょう」
スティルの謀略に腹を据えかねていた真人は、目の前で行われている交渉に怒りを倍増させた。
── ふざけんなよ。重責を背負わされる上に、戦闘のプロである騎士と戦わされてたまるかっ!
真人の目的は建前上、信司に会う事。そして、もう一度、秀明と裕司に会う事だ。それ以外に時間を割くつもりなど毛頭ない──と、そのつもりだった。
ここで真人が騒ぎ立てれば、全てを無に戻す事は出来る。だが、真人自身の弱さがそれをさせなかった。
どの世界でも弱い者は、強い者の庇護下に置かれる。
今までは精神的な強さがあれば、乗り越えられる壁だけだったが、このセルディアでは更にもう一つ必要だった。
それが戦闘力、権力、財力どれでも構わない。
「では、二週間。これ以上は罷りません」
まるで商人のようにスティルが云うと、デュランダルは苦笑いをしながらも了承し、初めて真人に言葉を掛けた。
「それではライズ殿、二週間後にまた。
── あっ、そうそう私の部下はそれなりの実力者揃いです。単なる模擬戦と侮れば、怪我では済みません。心して下さい」
「ご丁寧にどうも── 」
完全に侮った発言に、真人の返答も御座なりになる。ただ騎士道に準じないデュランダルの顔に、真人は何か不吉なものを感じ得なかった。
そのままデュランダルは去り、続いてウォッカも去る。そして、ファリスも去ろうとするが足を止めて、
「ライズ殿、色々戸惑う事も有りましょう。それでも、私は── 否、我がラフィオンは貴方に期待しております。
身勝手な期待だとしても、受け入れお力添え下さいね」
「ご期待に応えられる自信は、今の私にはありません。ただ── 出来る限りの努力は怠りません」
「誠実ですね。ならば、今は私個人の期待に留めておきましょう。
それとスティル、後で私の部屋へ。ゆっくりと話したい事があります」
真人に語り掛けたように微笑んでいるものの、ファリスの目は笑っていない。そして、そのままスティルの返事を待つ事なく姿を消す。
「おい、完全に陛下にバレてるぞ」
「みたいだね~。ま、必要な事は云ったからおとがめはないだろうけど…… 」
「んじゃ、陛下の前に俺への説明を求む。
隠し事なら兎も角、騙しはちぃーとばかし不誠実だろ」
「ま、そーさね」
曖昧に返事をして、スティルは残っていたレイサッシュを呼び、真人を置いて歩き出す。
── ったく、今回だけはのらりくらりやり過ごせると思うなよ。
スティルの態度から話を聞くだけでは、騙されるだけだと真人は判断する。
騙されない為には、知る為の努力が必須なのだ。
生まれたての雛が、その巣から飛び立とうとしている様がそこにあった。
「さて、それじゃあ── 騙し討ちの真意を聞こうか」
謁見終了後、スティルとレイサッシュに着いて歩いてきた場所は、神官宮と呼ばれていた。
その神官宮は副神官長以上に、個人の執務室が設けられており、真人はその内の一室であるレイサッシュの部屋に招かれていた。そして、その部屋が土の神官長の物であると聞かされた時、真人は驚きを隠せずに呆然と扉の前に佇むという場面があった。
ある程度の地位は予想していたものの、流石に小柄な少女がたった二人しか居ない神官長とまでは思い付かない。また、姉妹なのだからレイサッシュの属性も火なのだろうと思い込んでいた事が、この事態を招いた原因と云えた。
ただ「入らないなら帰れっ! 」と、嫌悪感丸出しでレイサッシュに云われ、思考停止の迷宮から抜け出した真人はやっと自分を取り巻く状況が見え始めたのだった。
真人の見解。
その1── ミルレーサー姉妹は、違う属性を持ち、またその契約精霊は共に精霊主である。つまり、エリート一家と云う事。
その2── 理由は定かではないが、レイサッシュに嫌われている。それも存在そのものを否定する程に。
その3── ライズは謁見の場で問題にされた程、神格化はされていない。つまり過去の英雄の一人に過ぎないと云う事だ。
まあ、上記の事が分かったからと云って、大局に大きく関わってくるという訳ではない。それでも、意図的に与えられた情報から導いものより、周りに落ちている情報を拾って導いたという事に多きな意味を持っている。
そして今、真人は更なる情報を求め、レイサッシュの部屋のソファにスティルを前にして腰を下ろしていた。
「だって、云ったら逃げるっしょ」
「まあ、な。── あの時の状況なら、余計な責務は受けたくなかったし、逃げないにしても王都には来なかったかもしれない」
「だったら、そのまま西の森で朽ち果てれば良かったのに…… 」
露骨なまでのレイサッシュの突っ込みに真人は思わず、
「なあ、俺、お前に何かしたか? 第一印象で嫌われたとしても、その態度はないだろ」
「アンタに『お前』呼ばわりされる謂れはないわ。
あっ、後、略称を使ったりしたら、潰すんで覚悟しておいて」
「─── なっ! 」
嫌われた原因も分からず、その理由を聞いても答える気がないのであれば、それは拒絶である。
そして、レイサッシュが行っている拒絶は人として最低の事だ。
相性が悪いのであれば、なるべく関わり合いをしないようにするべきだし、どうしても関わらなければならないのなら、上辺だけでも取り繕う。
そういう関係は、互いに伝わるので長続きはしない。それでも理性ある人間ならば、少なくともその程度の努力はしなければならないと、真人は思っていた。
「最低だな── お前」
「は? 殺すわよ」
「あぁ、殺れるモンなら殺ってみな。この状況で手を出したら、それは肯定だ。
最低の人格を理解したまま、長い人生歩んでいけや」
真人の言葉に、レイサッシュは顔を真っ赤にして「ふっ、ふ、ふ…… 」と言葉を詰まらせていた。
「ふざけるな── とでも、云いたいのか?
別に悪いとも思わないので云わしてもらうが、そりゃこっちの台詞だ。
訳も分からず云われまましか動けない中、騙されるわ、理由もなく拒絶されるわ…… 」
── ヤバイ、止まらない。
どんな状況になろうとも、真人は自分の定めた一線を越えないようにしてきた。
その一線とは、自分の意思で何時でも止まる・止める事が出来る事だ。それが出来ている内は自分を律している。だから、失敗しても後悔しなくて済む。しかし、それを守れず失敗したらそこには後悔が生まれる。
「たった一日でいきなり取り巻く環境が全て変わっちまった野郎の気持ちなんて分からねぇだろ」
「はっ! 笑わせんじゃないわよ。アンタこそ、十数年の夢をあっさりと壊された者の失意を理解出来るの。挙げ句…… 」
「レイ、アンタいい加減にしなさいよ」
真人の心境が移ったように、レイサッシュの感情も止まらない。止まれなくなった二人を止めたのは、初めて鋭い声を出したスティルだった。
「─── っ!」
「ス、スティル? 」
「ライズ、アンタもだよ」
その迫力に息を呑む二人。
スティルはその鋭い声を残したまま、真人に視線を向ける。
動揺もあっただろう、自分を律する事が出来なかった負い目もあっただろう。スティルの気勢を受けきる事が真人には出来ない。故に視線を外したのは真人だった。
「私は何も知らないアンタを利用している。知らないアンタが悪いと云ってね。こんな態度取っていても引け目はあるわ。
── それでも、感情を暴走させるアンタを擁護する事は出来ない」
「すまねぇ…… 溜まってたもんが吹き出しちまった」
自分で止める事が出来なくなっていた真人は、スティルが介入する事によって、すっかり熱が飛び冷静さを取り戻していた。ただ、
「だからと云って、レイサッシュに謝る必然性は一切感じてないけどな」
下らない意地なのは分かっている。それでも非を感じていない相手に謝る事が出来る程、真人は成熟していない。
── 否、時が経ち大人になったとしても、円滑に進める為だけに謝るという事はしないだろう。だからこそ、真人が謝罪した時は本気で謝っているのだと分かる。
「いいさね。今回は明らかにレイが悪い。アンタが思った以上に大人なのは助かるさ」
「そんなぁ…… 」
あっさりとスティルに斬られ、レイサッシュは意気消沈な赴きで真人を見た。
── 謝りたくない。
表情からそれが見て取れる。
「よく分からないんだが、アンタにも思う所があるんだろ? だったら、無理にする必要はねぇよ。
一応、お互い様って事で手打ちにしないか? 」
「── ! 」
真人の手打ち宣言に目を丸くしていたが、その意味を理解したレイサッシュは、
「嫌よ、アンタなんかに情けを掛けられたくない」
「別に情けを掛けてる訳じゃ…… 」
「いいじゃない。情けを掛けられたくないなら、いっそ清々しく謝っちゃいな」
「うっ! 」
再度、スティルに精神的裏切りを受けて、レイサッシュは諦めたようにモジモジし始める。
「わ、悪いなんて思ってないんだからね。でも、確かに当たり散らしたかも知れない。だから…… 」
「了解だ。少なくとも今後、話を聞いてくれるなら無問題だ」
レイサッシュが「ゴメン」の一言を云う前に、真人が遮る。自分が云うのも嫌だが、円滑に進める為だけの謝罪など聞く事はない。その気持ちだけ伝われば充分なのだ。
「── うん、分かった。なるべく聞くように努力してみる」
レイサッシュの言葉に、真人とスティルは苦笑し顔を見合せる。
ここで素直に「聞く」と云えないのがレイサッシュ・ミルレーサーと云う女性の性格なのだろう。スティルは勿論、真人もレイサッシュの取り扱いについて理解したのだった。
「で、アンタの名前だけど── 」
「「ライズ」」
二人でハモるが、レイサッシュは首を横に振り、
「それは認めない。ホントの名前を云いなさい」
セルディアでは「ライズ」を名乗るべきと思っていた真人は、伝えて良いものか、スティルにアイコンタクトを取る。すると、スティルは躊躇いなく頷いた。
「神城真人だ」
「カミシロマサト── 変な名前ね」
「ほっとけっ! 地元じゃ珍しくない名前だ」
「知ってるわよ。異世界村で聞いた事があるニュアンスだもの」
聞いた事のない名称に、再びスティルに目を向ける。
「東の森にある異世界からこっちに来た民が集まっている村さね。レイは東の森の守護を任されているから、耳馴染みしてるのさ」
「異世界からの民が集まる村…… 」
「行きたいのは分かるけどね。今は駄目さ。アンタはもっと知らないといけないんだから。
一寸回り道したしたけど、本題に戻すよ」
確かにその通りだった。
何処に行くとしても、今の真人にはもう一つ強さが足りない。だが、この神官長への儀式対策として、スティルは真人に必要な力の一つである戦闘力を与えようとしているのだ。これを受けずして、謁見時に耐えた意味がないというものだ。
「だったな」
どれ程、伸び代があるか分からない。それでもこのセルディアで自由に動けるだけの力を求めて、真人の瞳に力が宿るのだった。