第十七話 ()熱海旅行1
「着いたー!熱海ー!」
「まさかの県内!!!」
バスから降りた蘭先輩が大きく伸びをしながら叫ぶ。何もない田舎なこともあり、何度かその声が反響した。
無理やり始まった熱海旅行。どう考えても30分じゃ着かないと思っていたが本当に着いてしまった。
磐梯熱海に。
「いやー温泉で有名な熱海に来ちゃったね」
「(地元では)有名ですね」
「温水の室内プールもあるし、冬にはスケートができることも有名だよね!」
「えぇまぁ。(地元では)有名っちゃ有名ですね」
「どう見ても熱海だね」
「そーですね」
こういう詐欺にあった場合はどこに通報すればいいんだろうか。
今回連れてこられたのは磐梯熱海という、市民で知っている人は知っている場所である。うん、いやまぁ、一応熱海という語の入っている温泉の有名な地ではあるんだけども。釈然としねぇ!静岡に30分で向かうのかと思ったらまさか県外にすら出ないという。
「はいはい、部屋番号も聞いてきたから行くよー」
いつの間にやらいろいろとやり取りを済ませた様子のあやめ先輩が今回宿泊する旅館の入り口から手招きしている。
「あれ、カギはもらわなくていいんですか」
「うん、もう開いてると思う」
「さいですか」
―――・―――
「あ、蓮君に蘭ちゃん。お疲れ様です」
「やっと来たー!」
「予想はしてた」
部屋に入ると、そこにはすでにアラアソ部の残り二人の部員、水仙先輩と煌がいた。あやめ先輩ならあの手この手で連れてきそうだと思っていたら案の定だ。
「スイ、煌後輩。これお土産」
あやめ先輩がショッピングモールあやめ先輩がから(勝手に)持ってきたお土産を二人に手渡している。みたところ、それぞれ犬と猫の置物らしい。煌の手に犬、水仙先輩の手に猫のものが置かれる。
「ありがとうあやめさん」「あざまーす!」
どうやら好評のようだ。予想に反して妥当というかいい意味で普通というか。爆発迷宮とかいう代物を作るような人とは思えない。
「鼻を押すとメーって鳴くよ」
妥当じゃなかった。
―――・―――
部屋はよくある形式のものだ。座敷に大きな机が一つ。その上には人数分の湯飲みと急須に茶葉と湯沸かし器。さらにはお土産の試供品ということでお饅頭とせんべいも人数分置いてある。
そう、人数分。
どうやら俺だけ別室とかではないらしい。煌だけならまだしも水仙先輩とあやめ先輩と同じ屋根の下で一晩をすごしてもいいのだろうか。我が自制心が試される時が来た。
「まずは温泉?プール?それとも一旦川遊び!?」
「蘭先輩落ち着いてください。ずぶぬれになりたいのはわかりました。あと三番目に川遊びが出てくる時点で向こうの熱海に完敗です」
「競ってないよ!どちらにもそれぞれの良さがあるんだよ!」
「正論すぎて何も言えねぇす」
言い負かされてしまった。
「……少し前に私、蘭ちゃんに一字一句同じことを言いましたよね?」
蘭先輩は吹けない口笛を吹こうとしながら明後日の方角を向く。こっち見ろや。
―――・―――
「温泉に、行くよ」
あやめ先輩の一言で各自支度をして浴場へ。
「なんなら一緒に入ってやってもいいんだよ?」
煌がニヤニヤしながら近寄ってきた。いつ見てもイラつくわこの顔。
「やめろ目が腐る」
「よし、明日の朝日は見れないと思え」
お互いに中指を立て合い離れる。
「はいはい、着いたから男女で別れましょうねー」
もはや俺たちのこういったやり取りも慣れてきたようで、蘭先輩を先頭に俺以外の面々が赤いのれんの奥に消えていく。俺一人ここでぼーっとしていても仕方がない。一人でのれんをくぐった。別にさみしくなんかないんだからね。
―――・―――
一通り体を洗い終えて湯船につかる。ほかにお客さんはいないので実質貸し切り状態だ。足をできる限り伸ばしぎりぎりまで体をお湯に沈める。……あぁ、生き返る。爆発迷宮での疲れが一気に引いていくようだ。これならスイカを持ち続け大ダメージを負った両腕も回復しそう。
『でっっっっっっっっっっか!』
壁の向こう側、女子風呂の方から声が聞こえてきたのは、そろそろ露天風呂の方に移動しようと思っていた時だった。上げかけていた腰を下ろして再び湯船につかる。いやね、やっぱりこういう時に温泉を堪能しないとと思って。別に邪な感情なんてこれっぽっちもありませんとも。
「このお風呂めちゃくちゃ大きいね!」
さて、露天風呂だ。
さっさと湯船から出て露天風呂の方へ向かう。ずっと同じ室内の湯船につかっているなんて無駄でしかない。どういう思考回路してればそうなるんだ。
―――・―――
「保険はかけておくにこしたことはないからね」
蘭センパイが湯船を泳ぎながらつぶやく。ほかのお客さんがいないからこそできる行為だ。アタシもあとでやろう。
「蓮君は盗み聞きなんてしないと思うんだけどな」
蘭センパイが提案したのは、話の内容が聞かれるのを防ぐため、完全に向こうの意識から外させてこちらの会話をただの騒音と認識させる、或いは興味を失わせて移動させるというものだった。見かけによらず、案外策士やなこの先輩。
「スイは甘い。男の99%は本能にはあらがえない」
「蓮君が残りの1%の可能性は」
『ない』
水仙センパイの言葉に残りの全員が答える。残念ながらあいつはこういう軽めなことに対してはそこら辺の男子となんら変わりはない。まぁ、それでも、そこら辺のモブ男共と比べれば数倍もマシなんだけど。
「嘘は言ってないから怒られないよ。へへー、温泉で泳ぐの憧れだったんだー。家族で行くとお母さんに怒られるし、そもそもほかの人がいるからなかなかね」
平泳ぎでアタシたちの周りを周遊している蘭センパイが心底楽しそうにしているもんだからアタシも早く混ざりたくてしょうがない。ただ、センパイたちの前でやるのはさすがに少し気が引ける。空気が読めるアタシ、さすが。
「でもまぁ、裏の意味も嘘ではないっすもんね」
自然と目が行くのはお湯に浮かんでいる二つの小島。
「あやめはねー、着やせとかそういう次元じゃないの。もはや魔法」
「お金の力かもとか疑っちゃいますよね」
蘭センパイと水仙センパイが遠い目をしている。気持ちはわからなくもない。こんな凶悪なものを隠し持っていたなんて……。注意すべきは水仙センパイだけだと思っていたのに思わぬ伏兵が。
「もちろん自前」
あやめセンパイが胸を張る。おぉー揺れる揺れる。
「それにしても、いきなり連れてこられて二人とも大丈夫だったの?」
蘭先輩は背泳ぎに切り替えぷかぷかと浮きながら質問してきた。
「アタシは熱も引いて体調も良くなったんで近くのコンビニに向かってたら黒い車に拉致られまして。まぁこの連休特に予定もなかったし、楽しそうだったからオールオッケーです」
「私も大丈夫だよ。……慣れたもんだし」
目が笑ってない……。その視線を向けられていることの発端は意に介さず指鉄砲で蘭センパイに向かってお湯を発射している。一発命中して蘭先輩が湯船に沈没した。
「ね、露天風呂の方に行かない?」
ここでは分が悪いと思ったのか、はたまた単純に行きたいだけなのか、蘭センパイははなから耳からお湯を出しながら露天風呂に続いている通路へ向かっていく。
「いいね、行こうか」
あやめ先輩も蘭先輩に続き立ち上がり、頭にのせていたタオルを肩にかけ露天風呂の方へ行ってしまった。……知り合いしかいないとはいえ、豪快ですごい。隠す気ゼロである。
「それじゃぁ、私たちも行きましょうか」
「あーい」
残ったアタシと水仙センパイもすぐにその場を離れ、まだ少し肌寒い屋外へと向かった。
―――・―――
露天風呂はなんと混浴だった。
なんてことはなかった。特に何事も起こらずに久しぶりの温泉を堪能した。そうやら女性陣よりも早く上がったらしく、今コーヒー牛乳片手にスマホをいじりつつ時間をつぶしている。近くには卓球台やゲームコーナーもあるが、一人で行ったところで虚しいだけだ。
「ありゃ、もうあがってる」
蘭先輩の声が聞こえてきて顔をあげる。続いてあやめ先輩、水仙先輩そして最後に煌が出てきた。全員風呂上りということでまだ若干髪が湿っている。そこに旅館が用意してくれた浴衣を着ているもんだからそりゃあもう最強ってわけだ。
「卓球台があるじゃん!あやめ、相手してあげるからかかってきなさい」
「バッチコイ」
「最初から私を選ぶという選択肢がないのはどういった了見ですか」
先輩三人衆は早速そばにあった卓球台に駆け寄って卓球を始めてしまった。
「アタシらもやろうか、あれ」
煌も袖を引っ張ってくる。
が、そうもいかない。
「水仙先輩、俺たち先に荷物置いてからまた来ます」
「えぇ、ちょ、アタシは別に」
「いいからいいから」
一応卓球を観戦していた水仙先輩に声をかけ、煌の手を引き自分たちの部屋へ帰ってきた。煌は頬を膨らませ抗議する気満々だ。
「なんでさー卓球やらせてよー」
「お前まだ具合完全によくなってないだろうが。まだ夕食まで一,二時間あるし今のうちに横になっとけ」
そう言うと、煌は一瞬驚いた顔を見せたがすぐにいつものニヤニヤ顔に戻ってしまった。
「あらあらー、そんなにアタシの変化に敏感だなんて、うれしい限りですわ。ぽっ」
「自分で『ぽっ』とかいうな気色悪い。先輩たちには適当言っとくからはよ寝ろ。夕食が近くなったら起こすから」
「んー、んじゃあお言葉に甘えてー。……なんでわかった?」
「全体的に口数が少なかったのと、ふろ上がり一番に声をかけてきたのがお前じゃなかったからかな」
「ぷふっ、一つ目はいいとして二個目の理由すごいね」
「何年一緒にいると思ってんだよ。あそこでぶんなぐってくるのがお前だ」
「違いない」
お互いくくっと押し殺すように笑い、押し入れから布団類を取り出す。煌は枕が変わると眠れないって人間ではなくて助かった。もしだめ側の人間だったならすぐには眠れないだろうが、こいつなら大丈夫だろう。すぐに寝息を立てるのが目に見える。
「んじゃ、またあとでな」
「あいあい、あんがとさん」
煌が布団に入ったのを確認して部屋を出る。先輩たちへの言い訳はどうしよう。気が狂って野生に帰ってしまった案と、過ぎ去りし時を求めに行った案があるんだが。ぎり前者かな。あやめ先輩しかドラ○エとかやらなそうだし。
今日の夕食はバイキングらしい。今からどんな料理が出てくるのか待ち遠しくてたまらない。そのためにも、体を動かして少しでも空腹にならなければ。そう思うと先輩たちのいる卓球台へ向かう足が早まる。
―――・―――
「たったあれだけのことでこのアタシの不調を見抜くとは、中々にキモイ」
口でどれだけ悪く言っても、顔のにやけが納まらない。それだけアタシのことを、無意識だとしても、気にかけてくれている証明になった。まさか声をかけなかっただけで具合が悪いと断定されるなんて思いもよらなかった。ある意味信頼されてるんだろうな。悪い意味の方が比重が高そうだけど。
「それでも、アタシが特別扱いされてるってことなんだなぁ」
本人は当たり前のことで、何も考えずの発言だったんだろう。それが逆にうれしいのだ。
「……寝られるかよ、こんなの」
鼓動がうるさすぎて、眠れそうにない。