第十六話 爆発迷宮2
状況を整理しよう。30分いないに脱出しないとこの巨大迷路は爆発するらしい。一緒に巻き込まれた蘭先輩は出口を見つけた。らしいがヒントなど何も残さず先に出て行ってしまった。今度泣かす。
しかしやみくもに歩き回ってもゴールまでたどり着けるかわからない。この迷路がどれほどの規模なのか、どんな仕掛けがあるのか、なんの情報もないし。かといって行動しなければ炭になってしまうかもしれない。ひとまず、すべての曲がり角を右に曲がりながら様子を見ることにする。
『大安売り!スイカ一つ890円!』
一つ目の角を曲がると、でかでかとそんなことの書かれた看板が壁に立てかけられていた。890円て、大安売りを自称できるほどの安さだろうか。看板があるだけでスイカ自体はどこにも見当たらない。釈然としないままその看板を通り抜け…ようとして立ち止まった。もしも、もしもこのスイカがゴールまでの道のりで必要になるとしたら。あやめ先輩ほどゲームが好きな人間がこの迷路の制作に関わっているとしたら、この一見怪しすぎてスルーしたくなるような看板にも意味を持たせるのではないだろうか。
…賭けてみる価値はある。しかし、890円をどう支払えばいいのかわからない。
「壁に向かって投げてみ」
どこからか神の声、もといあやめ先輩の声が聞こえた。890円も一般高校生には大金なんだが。仕方なく言われた通り壁に向かって890円を投げつける。腰を使ったいいフォームで投げられたと思う。160キロ出たかも。そんな俺の放った豪速銭は壁に直撃し、
そのまま張り付いた、かと思えばそのまま壁の奥の方へ吸い込まれていった。
「頑張って作りました」
「技術の無駄遣い!!」
確かにすごいけども。奥に入っていく感じとか完全に魔人○ウに吸収される孫○飯だったけども。そんなことよりも他にこの技術を活用できる場はなかったんだろうか。
しばらくすると壁の一部が開きスイカがころころと転がり出てきた。やっべ重い。片手で持つにはきつく、結果両手が塞がってしまった。
―――・―――
両手にスイカを抱えながら歩くこと数分。すでにいくつかの角を曲がり、しかしなんの進展もない。そろそろ両腕も疲れてきたし脱出したいものだ。
『先輩の中で、どちらかというと?
蘭:右 水仙:左 あやめ:切腹』
どこからつっこめばいいんだろうか。進展がないことを嘆きはしたが、こういうのは望んじゃいない。しかも切腹て。実質二択なわけだが。どちらを選んだとしても、あやめ先輩に監視されている時点で後々本人に伝わる可能性は高い。
…究極の選択である。来た道を戻ることも考えたが、また他のルートを探すだけでもかなりのタイムロスになるだろう。まだ死にたくない。
―――・―――
「左かぁ」
「そこに蘭先輩がいたらややこしくなるかもという配慮の結果です。ゴールできればどっちでもいいんです」
「へーへー」
どこからともなく聞こえてくる、茶化すようなあやめ先輩の声を流しつつ先へ進む。結局あの道は左、水仙先輩側を選んだ。別に深い意味などない。ないといったらない。
「ちなみに切腹って選択肢は」
「ないですね」
「即答かよー、先輩は悲しいわ」
言葉とは裏腹に楽しそうな神の声を聞き流して先へ先へ。
『この先出口』
怪しさ全開の壁に貼り付けられた張り紙と、その隣に扉が一つ。これを見つけて素直に喜んで入れるほど純粋な人間はそうそういないだろう。
……。
………。
一応開いてみる。
「蓮、助けて…」
いた。
扉の先には道が続いており、足元が粘着テープのようなものでおおわれているようだ。蘭先輩はすでに両手足をとられ身動き一つ取れなくなっている。先に置き去りにしようとした天罰でも下ったんだろう。
「引っ張るんで力入れてくださいね」
「うぅ…ありがとね蓮。置いてってごめんね」
素直にこういわれるとその可愛さに免じて許そうと思ってしまうからずるい。両手のスイカをいったん床に置き、蘭先輩の腕をつかんで一気に引っ張り上げる。床の粘着度はとてつもなく強いというわけではなかったようで、なんとか引きはがせた。
「もう一生あそこで暮らすことになると思ったよ」
「自業自得ですね」
「ごめんってばー。ねね、なんでそんなの持ってるの?」
すっかり普段の調子を取り戻した蘭先輩が俺の両手が抱えているスイカを見ている。
「まぁ、この迷宮を攻略する上での必須アイテムと読んで道中で買いました」
「買ったの!?」
当然の反応である。同行人が迷路に挑戦している間にスイカ一玉お買い上げしてたらそりゃぁ驚くだろう。890 円の大安売りである。
「あと五分で爆発するよ」
「忘れてた!爆発するんだった!」
蘭先輩が頭を抱えうずくまる。忘れてたんかい。
「あやめ!出口の場所教えてくれたらこんどみんなで熱海!!!」
力技使いやがったこの人。しかし、これだけのものを作る財力のあるあやめ先輩にそんな交渉が効くはずがない。
「この先出口の張り紙の裏」
効いた!しかし出口の場所ウザイ!間違ったことは書かれていないのがまたうざい。
「あった!」
早速張り紙を破り捨てたらしい蘭先輩が声を上げる。何はともあれ助かった。二人で張り紙に隠されていた本物の扉を開き、ついに出口を見つけた。
……いやスイカは。
―――・―――
「はいお疲れ様ー」
出口の先にはすでにあやめ先輩が待っていた。
「疲れたし腕がべとべとだよ!どうしてくれるのさ!」
「ごめんごめん。でも楽しかったっしょ?」
「それなりに!」
正直に答えるもんだから、どこか抜けてしまっていて怒っているのに少しも怖くない。
「つか、もし俺たちが時間内に脱出できなかったら本当に爆発してたんですかあれ」
一番気になっていたことを尋ねる。この人ならやりかねない。
「いや、本番ではリア充爆発しろという言葉とともに紙吹雪が舞い散る予定」
どないやねん。
「いやいや、俺も蘭先輩もリア充じゃないですし……ないですよね?」
「ないよ!なにその一応聞いとこう見たいな感じ!失礼極まりないね怒るよ!」
はいはいと両手を上げ抗議してくる蘭先輩をなだめる。
「このアトラクションはカップルとか夫婦とか、男女一組限定のものとしてリリースする予定だから。爆発しろという確固たる憎悪をもって制作した。今回は二人用に簡単めにしてあるけどね」
あれで簡単めだったらしい。まぁ確かに、道中の三択(実質二択)はアラアソ部外の人たちには通じないだろうし。
「で、このスイカは一体」
ずっと両手を占めていたスイカを掲げる。そろそろどうにかしてほしいのだが。
「お買い上げありがとうございます」
「……迷宮攻略のカギとかでは」
「ない」
言い切られてしまった。なんてこった、となると俺は巨大迷路を攻略中に無駄に890円を消費し無駄に両手を駆使していたことになる。なんて無駄なことを……。
「なんであんなところにスイカなんて……」
「……水分補給?」
さも当然のような、むしろこちらがおかしなことを言っているような感じで言われてしまった。あやめ先輩、あなたにはそういう常識的なところでの異常があると思っていなかった……。
「んー、もう動き疲れたしそろそろ帰らない?」
うなだれる俺のことなどお構いなしに、爆発迷宮でねばねばにひっかかっていただけの小動物がすでに出口のある上の階へ向けて歩きだしている。質問はしたがこちらの答えを聞く気はないらしい。
「一応スイと煌後輩のお土産でも持ってってやろう」
あやめ先輩はそこら辺の棚から適当な小物を二つふんだくると、そのまま自分のバッグに突っ込んでしまった。さすがはこのモールのオーナーの娘。訳を知らない人が見たら堂々とした万引きだと感心するかもしれない。まぁ今日は貸し切りだからほかのお客さんはいないんだけど。というか感心する前に通報しろって話だが。
「あやめ先輩、今日はありがとうございました」
モールから出て、お迎えのバス(乗客三人+運転手さん)に乗り一息ついた。もはやこれだけの人数のためにバスを貸し切っていることについては何も言わない。
「急にどうしたの」
「や、なんだかんだで楽しめましたし、スイカももら……ってないですけど。これは買いましたけど。あやめ先輩のおかげで休日を暇せずに過ごせましたし」
「なんだい、そんなことでお礼なんて殊勝なこころがけだね」
今日のあやめ先輩はいつもより口が軽いというか、饒舌というか。いつもより話す量が多い気がする。機嫌でもいいんだろうか。
「あやめー、熱海までってここからどれくらい?」
「30分くらいじゃないかな」
……なにかおかしな会話をしていなかっただろうか。今から俺たちは集合場所であった駅まで向かうのではないのだろうか。
「あやめ先輩?今から俺たちは帰宅するんですよね」
「うん?ランが言っていたじゃないか、『みんなで熱海』って」
確かに、爆発迷宮の出口を聞き出すためにそんなことを言っていた気がする。言っていた気がするが
「それは、こんど別の日なのでは……」
俺の中での『今度』と
「こんどとは言ったけど、日時の指定はなかったでしょ?私は今日がいい」
あやめ先輩の中での『今度』には、大きな差があったらしい。
「今日から連休、まだまだ休みを遊び倒すのさ!」
いつの間にやら話を聞いていたらしい蘭先輩がすぐ近くの席まで移動してきていた。さっきまで最後尾で寝転がっていたはずなのに。
「……でも、ここから熱海まで30分というのはあり得ないと思うんですけど」
「いや、着くよ」
悪い笑顔のあやめ先輩の目が怪しく光る。
嫌な予感しかしない。グッバイ平和な連休。
‐次回、熱海(?)旅行編‐