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第十二話 神は実在した

 俺は奇跡というものを今まで信じてこなかった。

 結局は才能のある者、もしくはそれ相応の努力をした者が上手くいくのだ。それでいいと思う。


 しかし、俺は今日初めて奇跡を目の当たりにした。

 奇跡はこの世界に存在していた。


ーーー・ーーー


 部室に入った時、そこに広がっていたのは地獄絵図だった。

 地に伏す蘭先輩と煌。

 それを見下ろす水仙先輩の後ろ姿。


「水仙先輩……?」

 名前を呼ぶと、その背中がビクッと跳ね上がった。急に話しかけたから驚かせてしまったようだ。

「……蓮君、今来ては行けません」

「はい、俺もまだ死にたくないので行きません。行きませんが……どうしたんですかこの惨劇は」

「実は、今日……


メガネを、家に忘れてきまして……」


 あぁ、それでこの事故現場が出来上がったわけか。


ーーー・ーーー


「学校はどうしたんですか」

「保健室にこもってました」

「それは学校的にはどうなんですか……」

「大丈夫、何か言われそうになったら泣きますので」

 女の涙便利だなぁおい。


 質疑応答は続く。

「なんで部室に?」

「ここにスペアが置いてあったはずなんですけど、見当たらなくて……」


 水仙先輩は肩から上を制服の上着で隠した状態でソファーに腰掛けている。事情を知らない人が見たらなんともマヌケな見た目だ。

「あの二人の死因は?」


「探してたら急に入ってきたのでつい」


 ついで殺られたのかあの二人は……。

 心の中で合掌する。せめて安らかに眠ってくれ。


「それじゃあ、俺が探しますよ」

「え、いやいやいいですよ」

「……これ以上被害者を出さないためにも」

 そう言うと水仙先輩も「そうですよね……」と引き下がってくれた。


「で、どの辺に置いていたんですか?」

「ゲーム系が置いてある棚の上から二番目に」

 となると、以前マリカーをした辺りか。

 言われた棚にメガネらしきものはなく、その辺りを探しても見つけられない。

「無いですね……誰かが持って行っちゃったとか?」

「いえ、そんな無謀なことする人はこの部にいないかと」

 でしょうよ。


 結局、それらしき物は一つも見つけられないまま一時間が経過した。


ーーー・ーーー


 そうこうしている内に、倒れていた蘭先輩と煌が目を覚ました。

「あ、無事でしたか」


「無事じゃないよ!部室入ったらいきなり襲いかかられたんだよ!?」

「そうだそうだ!アタシ今回こそは死ぬかと思った!」

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

 心中お察しします。


ーーー・ーーー


「もう遅いですし、今日はこのまま帰ることにします」

 水仙先輩は依然として制服の上着を頭に被っている。いやそれで外歩く方が恥ずかしいと思うんだが。てか、前見えねぇだろそれ。


「いえ、ここまで来たら探させて下さい。このまま帰ったらモヤモヤするので」

「……よし、アタシも手伝おうかな」

 大体察したらしい煌もすぐに協力してくれた。こういう時は役に立つのな。

「頑張れー」

 蘭先輩はソファーでくつろぎ始めた。後で泣かす。






「あった!」

 水仙先輩が叫んだのは、それから数十分程経った頃だった。


ーーー・ーーー


 メガネは、水仙先輩を隠していた制服のポケットにあった。

 ……おれの数時間はなんだったんだろう。ただ部室を荒らしただけのような。


「本っ当にすいませんでした!」

「本当だよ!私達やられ損じゃない!」

「すみません!」

「今後は気をつけてよね!」

「本当にすみませんでした!」

 蘭先輩と水仙先輩の攻守がいつもと反転している。なんて珍しい光景だろうか。


「水仙センパイって、結構天然なとこあるのかもね」

「そうだな。天然というか、抜けているというか」

 もう一人の被害者である煌は怒りよりも結末の面白さが上回ったらしく、時折思い出し笑いまでしている。


「蓮君も、時間取らせてしまって。すいませんでした」

 本気で申し訳なさそうな様子で頭を下げてきた。その顔には、見つかったスペアのメガネがかけられている。

 いやまぁ、確かに時間は無駄にしちゃったけど、俺自身がやりたくてやった事だし。正直全然気にしてない。


 それを伝えた時の、「ありがとうございます」という言葉と共に向けられた安心したような笑顔は、それはもう素晴らしい物だった。



ーーー・ーーー


 ……部員に、しかも後輩の男の子に迷惑をかけてしまった。

 しかも以前には、まだ素顔も見られていないのに気絶させてしまった。あれも流れとはいえ私が悪かった。

 ……考えれば考えるほど罪悪感が押し上げてきます。

 どうすればお返しというか、お詫びというか、そういった物が出来るでしょうか。



 ……。……あまり、気は進みませんが。


 私はスマホを取り出すとカメラを起動した。


ーーー・ーーー


 今、俺は確信した。

 神は実在すると。奇跡は起こるのだと。



 それは自宅での風呂上がりに起こった。


 風呂から上がり、ベッドに寝そべりながらスマホを開くと水仙先輩から一件のメールが届いていた。




 『今日はすいませんでした。

 お詫びになるかも分かりませんが、蓮君が見たがっていたので。


 P.S.他の人に見せたらダメですよ』


 という文と共に


 恥ずかしそうな顔で

 メガネ無しの

 水仙先輩の写真が。


 ……女神? あ、違ぇ。よく見たら水仙先輩だったわ。


 これ、自撮りだよな。恥ずかしがりながら撮っている所が簡単に想像できる。

 ……これを俺の家宝にしよう。




 神よ、貴方に感謝を。

 その夜は、一睡もせずに天に祈りを捧げた。

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