第十話 我が右腕が疼く……
「んふふ〜」
小動物、もとい蘭先輩が手元の書類を眺めながらニヤけている。
「蘭先輩、いい加減それ提出しないと。そろそろ期限が」
「あと5分!」
「それもう五回目です」
蘭先輩が手にしているのは入部届け。
結局俺と煌はこの『新たな遊び及び実在する遊びを検証、体験する部』に入部することになった。
というか、ここ以外の部活はろくに見れてないからここ以外の選択肢が無かった。
「初の後輩だよ?テンション上がるね」
「そうですね。まさか本当に入ってくれるなんて」
水仙先輩も凄く嬉しそうな顔で話している。
「そいえば、もしアタシ達が入らなかったらこの部はどうなってたの?」
「んー……廃部かなぁ。どこか適当な部に無理矢理連れてかれたらろうね。ありがとう後輩達!」
テンション高ぇなこの人。まぁ嬉しそうだしいいか。
ーーー・ーーー
これが一週間前の出来事。なんだか和気藹々というか、和やかというか。
そして
「私の右腕が疼く……収まれ、黒き漆黒のダークブラック……」
どんだけ黒いんだよ。
これが現在の蘭先輩。今日部室に来たらこの有様だ。
こんなのがこの部の副部長らしい。
「あの、蘭先輩」
「私のことは『破壊神℃VOLZARD』と呼びなさい」
それ例のマリカーの人です。
「水仙先輩……どうしてこんなことに」
「恐らく……」
言葉を詰まらせた水仙先輩の視線の先には、笑いを堪えるのに必死な煌とあやめ先輩。
「おい」
「ぷふ……なに、蓮」
煌は顔を真っ赤にしながらこちらを見上げてきた。
「……汚ぇ顔だ」
「あ?」
その一言で一気にいつもの白さに戻った。
人体とは不思議なものである。
今にも飛びついてきそうな煌を抑えながら、今度はあやめ先輩に話しかけてみる。
「あやめ先輩。あの人はなんで闇堕ちしてるんですか」
「私が教え込んだ」
「アンタか!」
案外すんなりと犯人が見つかった。よかったよかった。
よくねぇよ!
「あやめ先輩。あれはどうすれば治りますか?」
「私に聞かれても。君は経験ないの?」
「俺じゃなくて煌なら……」
「そこまでにしとこうか!」
言い終わる前に煌に遮られた。また顔が赤くなってる。
「詳しく」
「あやめセンパイ!あとでアイス奢ってあげるから!」
「やったぜ」
必死だな。
ーーー・ーーー
右腕を抑え出した蘭先輩を除く四人で部室中央の椅子に腰掛け、作戦会議を開始する。
「あれ、どうしましょうか」
俺の問いかけに
「アレに同調するのは?」
あやめ先輩が手を挙げた。
『同調案』、開始。
「我が右腕が震える……」
腕を抑える蘭先輩と
「会いたくて震える……」
なんとかそれに合わせようとする煌。
いやあいつ絶対遊んでやがる。
「貴様もこちら側の人間か」
「左様」
「盟友よ……誓いの言葉を」
「え」
「誓いの言葉を」
固まる煌。一体何が正解なのか……。
「え、エターナルフォースブリザード!」
「素晴らしい」
いいのかよ。
恐らく、それっぽい言葉ならなんでも良かったんだろう。
「……ごめん。無理。ハズい」
今日だけで見るのが三度目の赤顔をしながら煌が帰還した。
『同調案』、失敗。
ーーー・ーーー
「私に一つ、考えがあります」
『おぉ!』
次に手を挙げたのは水仙先輩。
「それはー」
『物で釣ろう作戦』、開始!
「このお菓子、甘くて美味しいですね」
少し大きめの声で話すことを心掛ける。
狙い通り、闇落ち蘭先輩もこちらに反応した。が、まだ元通りには戻っていない。
「いくらでも食べられるな」
『そーですね』
「あー、でもそろそろなくなっちゃうかも?」
『そーですね』
「食べてない人は早めに食べた方がいいかもなー」
『そーですね』
笑ってい〇ともか!
演技という言葉を意識し出した途端、残りの三人までおかしくなってしまった。大根役者しかいねぇ。
と、そこに蘭先輩が歩み寄ってきた。
「食べます?」
「……ふっ」
不敵に笑ったつもりだろうがその表情は正直だ。今まで見た中でもトップクラスに輝いている。更に右手は俺の前に差し出されている。
本能で生きてるなこの人。
「でもこれ、実は右手が疼く人が食べると爆発するんですよね」
『そーですね』
変なとこで入ってくんじゃねぇ大根共、土に埋まっとけ。
蘭先輩は大根共の言葉は耳に入っていないご様子だ。
真剣な顔で自分の右手を眺めている。……まさか信じるとは。
あと一押しだな。
「もう一個食べようかなー」
「あっ……」
暗黒の小動物、もとい蘭先輩が悲しそうな顔をする。何この罪悪感。
試しに、お菓子を一つ手に取って蘭先輩に差し出してみる。
「……あーん」
口開けてスタンバイ完了してた。誘惑に敗北した。
「蘭先輩。もし右腕が疼いているならば辞めておいた方がいいですよ」
「収まったからいいの。ほら早く」
なんて便利な。心の中でつっこみながらお菓子を放る。
それは綺麗な軌道を描いて見事蘭先輩の口内へ。
「ふわぁ〜」
御満悦なようだ。めちゃくちゃ幸せそうな顔してらっしゃる。なにこれ愛でたい。
なにはともあれ、蘭先輩を戻すことに成功した。
ーーー・ーーー
「水仙先輩、お手柄ですね」
「長年お友達をやってますから、この位慣れたものです」
「まぁ演技はクソでしたけど」
『え?』
なんで三人とも不思議そうな顔してこっち見るんだよ。アンタら「そーですね」しか言ってねぇから。
「もう『ちゅうにびょう』は懲り懲りだよ。お菓子食べられなくなるもん!」
蘭先輩はいつもの調子に完全に戻っている。よかったよかった。
「でもなんであんな事に?」
「なんかあやめにかして貰った本読んでたらこれカッコイイなぁ、みたいな。やってみたいなぁ、みたいな」
中二男子かよ。
「いやぁ、まさかここまで影響を与えてしまうとは。折角だから色々教え込んだら完璧に出来上がっちゃって」
「あやめ先輩は少し反省しましょうか」
全然悪びれない様子で話すあやめ先輩は置いとこう。多分この人は反省はしないタイプだ。そういう人だ。
「……右腕が疼く、か」
「なんだ煌。今度はお前に再発か」
ポツリと呟かれたその言葉を俺は聞き逃さなかった。
「な、何を言ってるの?アタシ、一回もあぁなったことないし!」
『エターナルフォースブリザード!』
俺、水仙先輩、あやめ先輩の声が重なる。分かってるなこの先輩方。お互いに親指を立てたって頷く。
「何その連帯感!?恥ずかしいから止めて!」
「煌ちゃん、可愛いですね」
「ここまでいじりがいがある人は久々に見た」
「止めてー!蓮助けてよ!我が幼馴染み!」
「エターナルフォース……「それはもういいから!」
「ねーねー煌。エターナルフォースブリザードって何?」
「掘り返さないで!」
蘭先輩も参戦し、煌いじりは更に加速していく。
今日もアラアソ部は平和です。
ちなみにこの後『第一回、中二病っぽい言葉選手権』が開催された。
圧倒的強さで煌が優勝したのは言うまでもない。
優勝後のインタビューで、彼女は「スイッチが……入っちゃって……」と真っ赤になりながら話したそうな。