ジーンの過去
物心ついた頃から一人だった。
頼れる大人も誰もおらず、掃き溜めのような場所でどうにか生きてきた。
生きる為には、汚いことだってなんでもして来た。
他人は信じるだけ無駄だと思っていた。誰も信じられなかった。信じれば利用され裏切られる。
自分はひとりぼっちで、誰も理解されないと思っていた、ある夜。
目覚めが起きた。
「後は大体お前に起きたことと同じだ。」
突然自分の体が変化したと思ったら、村からの迎えが来る。
どの村でも、大抵同族の目覚めを感知出来る者がいて、ちゃんと迎えを寄越すのだという。
「でも、ジーンさんが呼ばれたのはこの村じゃない、んですよね?」
「あぁ。もう少し大きな村だった。」
そこで暖かく迎えられたものの、すっかり他人を信じられなくなっていたジーンは、なかなか村の人間と打ち解けられずにいた。
それでも周りは暖かく見守ってくれていたのだが。
「ある時、突然金の王の軍勢が攻めてきた。」
まだ目覚めたてでうまく力も使えないジーンには、為す術もなかった。
「あの村で助かったのは、俺だけだった。皆、殺されるか捕虜にされて、連れていかれた。」
隣の佳奈が、ぎゅっと目を瞑る。
彼女がそんな表情をすることはないのに。
あれほど辛く悔しい記憶なのに、不思議と穏やかに話せる自分に驚く。
「しばらくは、一人で森を彷徨っていた。その時、村長に声をかけられたんだ。」
始めは、ほんの数人だった。
それが、いつしかちゃんと村と呼べるほどの人数になった。
もっとも、それだけ金の王の被害者がいたということだが…。
「シイロ様や、スミさんもなんですか…?」
「あぁ。あいつは村長だった兄を亡くして落ち延びたと言っていた…。スミは旦那と幼い子供を失った、と。」
情けない話なんですが。そう自嘲したシイロの表情を思い出す。
明るい笑顔で村を切り盛りするスミが、ここへ来た当初はぼんやりと座りこんで涙していたなど、今は想像もつかないだろう。
「村に迎えられた時、やっと居場所が出来たと思った。帰れる場所だと。だからもう失わないように強くなろうとした。」
だから、と続けようとして、ジーンはぎょっとした。佳奈が泣いていたからだ。
「な、泣くな。というか、何故泣く。」
らしくなく慌てるジーンをよそに、一旦流れ始めた涙はなかなか止まってはくれない。
「皆さん金の王に酷い目にあったのに、私が来たからまた、狙われることに、なっちゃって…。」
「違う、俺が言いたかったのはそんなことじゃない。」
とうとう俯いてしゃくり上げ始めてしまった佳奈は、その言葉で恐る恐るジーンを見る。
「俺達は一度金の王の手から逃れた者ばかりで、元々目をつけられていたんだ。お前が来たからじゃない。それに…。」
「お前ももう立派に村の一員だ。だから、俺がちゃんと守る。」
頼むからもう泣くな、と、控え目に頭を撫でられる。
その優しい手が嬉しくて余計泣いてしまい、ますますジーンを困らせてしまったのは言うまでもない。
「もう泣き止んだか?」
「はい…すみませんでした。」
ようやく佳奈の涙が止まった頃、太陽の光はすっかり橙色に染まっていた。
森も空も夕暮れ色に様変わりしている。
「ジーンさん、あの、ごめんなさい。すっかり遅くなっちゃって…。」
「構わん。まさか泣かれるとは思わなかったが…。」
妙な話をしてすまなかった、と頭を軽く叩かれる。ぎこちないその動作が、なんだかとても嬉しい。
「いえ、お話聞けて良かったです。村の人達のこと、もっともっと好きになれそうです!」
「それなら良かった。」
「私、頑張ります!本当に金の姫の力があるかは分からないけど、立派な村の一員になれるように頑張ります!」
「お前は十分良くやってると思うが…。」
頑張るぞ、おー!と一人で気合いを入れ出した佳奈を見て苦笑する。
一時はどうなるかと思ったが、結果的に元気が出たのならそれでいい。
「すっかり遅くなったな。戻るか。」
「そうですね!私スミさんのお夕飯の手伝いしなきゃ!」
行きと同様に狼の姿になったジーンの背中に乗せて貰い、川を越える。
対岸に渡った後、ジーンは僅かな異変に気付いた。
「…何か聞こえないか?」
「え?私は何も聞こえませんけど…。」
川の流れる音が大きくて、佳奈には特に何も聞こえない。
だがジーンは違った様だ。狼の姿のまま、鼻をひくひくさせる。
「それに、この臭い…。」
そう言うなり、凄い勢いで走り出した。
当然、人間の姿の佳奈では追いつけない。
「ま、待って下さいよジーンさん!」
慌てて佳奈も追いかける。ジーンは真っ直ぐ村の方へと駆けて行く。
村へと続く坂道へと差し掛かった頃、ようやく佳奈もはっきりと異変を感じた。
妙に暑い。そして焦げ臭い。
頭に浮かぶ最悪の予感を信じたくなくて、息を切らしながら全速力で坂を駆け登る。
そこは、一面の紅蓮だった。