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銀狼と金の姫  作者: ひなせ由香
金の王国編
6/41

穏やかな日々

昨日はめまぐるしい一夜だった。

カイが初めて新入りを村に迎えに行ったと思ったら、金の王の来訪。そしてあの佳奈という少女の謎の力の発現。


確かに金の姫の再来かと信じたくなるのも分かる気はするが、どちらかといえば危険なものだとジーンは考えていた。

まるで、あの忌まわしい金の王と同様の。


隙なく周囲の気配に気を配りながら考えに耽っていたジーンだが、まさか件の人物の方からやってくるとは思いもよらなかった。




「ジーンさん!お昼ですよー。」


にこやかに持っている包みを抱えて駆け寄ってきた佳奈を見て、ジーンは知らぬ間に眉間の皺を深くした。





「いっぱい食べて下さいねー。と言っても、作ったのはスミさん達ですけど。」



きっとスミに使いを頼まれただけで、昼食を渡したら帰るだろう、という予想は、残念ながら外れたようだ。


現に彼女は少し離れたところに座りこんで、にこにこしながらあれこれと話しかけてくる。正直苦手なタイプだ。

いつも美味しいスミの食事だが、あまり味が分からない。



「…昼食は食べたのか?」


相手は子供、ましてや少女だ。下手に強く言って泣かれでもしたら非常に困る。

ジーンとしては精一杯の、食べていないなら戻れという意思表示だったのだが。


「はい!さっき頂きました!」


ダメだった。



こうなれば、早く食べてしまうに限る。手持ち無沙汰になれば戻るだろう。もしかしたら、妙な使命感で食べ終わるまで見届けたいだけなのかもしれない。


もともと食事は食べられる時に手早く済ませる方だったが、それと気づかれないように普段より早いペースで口に詰め込む。


そんなジーンに気づいてか、佳奈がまた話し始めた。



「あの、ジーンさん、昨日は本当にありがとうございました!」


「…?礼なら昨日聞いたが。」


「そうなんですけど、それでもちゃんとお礼を言っておきたくて。ほら、あの金の王が来た時も庇ってくれたでしょう?」


「お前は一番の新入りで、まだ不安定だ。狙われているなら当然のことだ。それに…」


相手はあの金の王だったしな。

その言葉だけは、とても苦く響いた。



「もういいだろう、お前は戻れ。」


誤魔化すように追いやる。どうにか昼食は摂り終えたし、もういいだろう。

すると意外にもすんなりと立ち上がった。服の裾をぱたぱたとはたき、にっこりと笑って、


「はい!それではまた明日!」


とんでもない爆弾を落として坂道を駆け上がって行った。小さいのによく動く。いや、そうではなく。


「なんなんだ、一体…」


思わず声に出してしまったのを、誰が咎められよう。






ジーンの願いも虚しく、それから佳奈は毎日昼食を届けにやってきた。



ジーンがどれだけ強く言っても、食べ終わるまで決してその場を動かない。

自分が今最も危険な人物に狙われている自覚がないのか、村の入り口は危険だと言ってもどこ吹く風だ。


ジーンとしては不本意だが、村長に進言もしてみた。が、こちらも緩く笑って受け流されてしまった。


当然ジーンの眉間の皺はどんどん深くなり、その意に反してジーンと仲良く昼食を摂っている(様に見える)風景は、村人達の格好の噂の元となり和みとなってしまった。


始めはあまりにも強烈な第一印象だけに、村人達も遠巻きにこわごわ眺めていたが、もともととても人懐こい佳奈だ。あっという間に村に馴染んでしまった。


そんな佳奈が、村で一番人を寄せ付けないジーンに構うのは、とても興味深く見えた。

現にスミは完全に面白がっている。

ただ、カイだけは少し不満そうに、


「カナのやつ、先輩のオレを差し置いてジーンさんに懐くとか、どういうことだよ…。」


などとぼやいていた。折角出来た後輩に先輩風を吹かせずにいるのが面白くないようだ。

そんなカイの心情には全く気付かずに、今日も佳奈はジーンの元に昼食を届けに行くのだった。



今日もとてもいい天気だ。村と森とを隔てる川は、相変わらず急流だが太陽を反射して水面がキラキラ光る。

初めて村へ来た時は冷たく感じたこの流れも、今では自分達を守ってくれる心強いものに映る。


隣では、ジーンが黙々と食事を摂っている。

佳奈が何を言われても頑なに通うのを辞めないので、すっかり諦めたらしい。


その代わり、ささやかな抵抗なのかすっかりだんまりだ。

だが、佳奈はこの沈黙も嫌いではなかった。

不思議と落ち着く気がする。


流れる水音に耳を澄ませ、風に香る木々の匂いを嗅いでいると、とてもゆったりした気分になる。

こんな穏やかな日々は初めてだった。



「…何故だ。」


食事を摂る手をふと止めて、ジーンが問う。

視線は佳奈同様、川の辺りのままだ。

彼の方を振り返った佳奈に、


「何故俺に構う。」


更に重ねて問われる。

それは佳奈を拒絶しているというより、心底分からないという戸惑いが見て取れた。


「スミさんに聞いたんです。」


その一言で、ジーンの体が僅かに強張ったのに気づいたが、素知らぬふりで続ける。


「ジーンさん、いつもお昼は一人で食べてるって。」


「…は?」


何を言われるのか身構えていたのだろうが、予想もつかない言葉が返ってきたのだろう。

思わず、という感じで、ジーンは佳奈を振り返った。

普段仏頂面が多い彼にしては珍しい、虚を衝かれた表情。


それがとても珍しく、なんだか可愛らしく見えて、佳奈は思わずクスリと笑ってしまった。


ジーンは、気まずそうにまた眉間に皺を寄せた。視線もまた川の方へ戻ってしまう。


「ご飯は一人で食べちゃダメです!美味しくないですし、寂しいです。」


「…それがお前の家の方針か?」


「そんなようなもんです。家というか施設ですけど。」


今度こそジーンは心底驚いて佳奈を見た。

こんな他人に愛されて育ったような少女が孤児?

佳奈の方は慣れているのか、穏やかな表情のままだ。その笑顔が、少し苦笑気味になる。


「そこでいつも言われてたんです。『ご飯は決して一人で食べてはいけない。美味しくなくなってしまうし健康にも良くない。』って。」


まぁいつも大人数で食べてたから、一人で食べることの方が難しかったですけど…と笑う。

ばつの悪い顔をして、ジーンがまた川岸へと視線を戻す。

それでも気になって仕方ない様子で、恐る恐る問いかけた。


「…両親は?」


「分からないです。小さい頃施設に預けられてそれっきりなので。なんか『こんな気持ち悪い子は育てられない』って言ってたらしいです。」


「そんなことを言われたのか?」


「らしいですよ。最も施設の人が話してるのを、たまたま聞いちゃっただけなんですけど。」


こんなに明るくて優しい良い子なのに、あの子のご両親はどうしてあんなことを…。


そんな風に話していた先生達を思い出すと、今でも胸の奥がチクリと痛む。

しばらくは悲しくて悲しくて、布団に入るたびに泣いてしまっていた。


施設のみんなはどうしているだろう。

突然いなくなって心配しているか、それとも…。



不思議と戻りたいと思わないのは、この村がとても居心地がいいからなのか。

勿論、施設の皆もとても良くしてくれたが、ここには同族の場所に戻れた、という安心感があるのだ。


思えば、あの夢の話をしても理解されないたびに、自分の居場所はここではないと思っていたのかもしれない。


「…妙なことを聞いてすまなかったな。」


「いえ、別に隠してることでもないですし。それに私今凄く幸せだから、」


だから大丈夫です、と、ジーンの方を見てにっこり笑う。

今度は視線を逸らされなかった。


いつの間にか食事はなくなっていた。

初日とはまた違う意味で、味は分からなかった。



ちょっと暗くなった空気を振り払う様に、さて、と佳奈は勢いよく立ち上がる。


「そろそろスミさんのお手伝い行って来なきゃ!私もう戻りますね。」


「…あぁ。」


「…なんか変な話しちゃってごめんなさい。私のちょっとしたお節介なんですけど。」


「確かにお節介だな。」


「あはは、すみません。でもお仕事の邪魔はしませんから。」


じゃ、また明日!と坂道を登りかけた佳奈だが、ジーンから呼び止められて振り返った。


(遂にもう来るなって言われちゃうかな…。うっかり余計な事まで話しすぎちゃったかも…。)


キツい言葉を覚悟して待っていた佳奈だったが、聞こえて来たのは予想外の言葉だった。


「…お前はいつもどこで昼食をとっている?」


「え?えーっと、スミさん達と準備して、一足先に頂いちゃってます。」


「…そうか。」


そこで言葉を切ったきり、そっぽを向いてしまった。珍しくどこか落ち着きがない。


しばらく沈黙が続き、そろそろ佳奈の頭が疑問符でいっぱいになった頃。



「…それならここで食べればいい。」



思ってもみなかった言葉がやってきた。


びっくりして佳奈が固まっていると、慌てた様子で更に続ける。


「どうせ来るなと言っても来るんだろう。それならここで食べた方が効率がいい。」


佳奈が満面の笑みで元気よく頷いたのは言うまでもない。

ようやく分厚い壁の中へ一歩踏み出せた、そんな気がした。




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