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銀狼と金の姫  作者: ひなせ由香
金の王国編
2/41

銀狼たちの村

それは、まるで夢の再来だった。



どこまでも駆けてゆける四肢、感じる風の音、何もかも全てがあの夢のままだった。



ただ一つ違うとすれば、これは夢ではないことだった…。





そこからのことを、佳奈は正直良く覚えていなかった。


突然現れたセンパイに付いて走っているうちに、気がつけば四肢全部で地面を駆けていていつの間にか知らない森の中を走っていた。



センパイが言うには、「風の道を通ったから一瞬で遠くまで来た」らしいのだが、

説明を聞いても良くわからない。


分かることといえば、もう多分引き返せないということだけだった…。





それからどのくらい走っていただろうか。



「おし、着いたぜ!」


というカイの声で、佳奈は我にかえった。


運動も勉強も人並みで、長距離を走るなんていうのはどちらかといえば遠慮したい方なのだが、この姿だと全く苦にならない。


むしろ、もっとずっと走っていたい。

そう思えることがとても不思議だった。




カイが立ち止まった場所は、深い森を抜けたところだった。目の前に川が見える。



対岸まで5mぐらいだろうか?豊富な水量を裏付ける様に、ごうごうという音がひっきりなしに聞こえる。



水はとても澄んでいるが流れはかなり早い。

月明かりに飛沫がキラキラ光っている光景はとても幻想的だが、深さもあるのだろう。

澄んだ水とは裏腹に、底はまるで見えない。

それがなんだかとても恐ろしく感じた。



だが、周りに村らしきものは何もない。

カイは着いたと言ったが、近くまで来た、の間違いだったのだろうか?



「あの、先輩?着いたって村にですか?川以外何も見えないんですけど…」


「あぁ、あの川渡ったらすぐなんだ!もう着いたようなもんだぜ!」



新入りを無事に村まで案内するという、大役を果たせる安心感なのだろう。


すっかり気を抜いて安心しきった様子のカイとは逆に、佳奈の気分は急降下した。


(渡る…あの川を…?あんなに流れが速いのに…!?)



この姿ならどこまでも走れそうとは思ったが泳ぐとなると別問題だ。


ましてや、目の前の川はかなり泳ぎに自信がある者でも押し流してしまいそうな急流。

当然、橋などはかかっていない。



(無理無理、絶対にムリだ!)



ふわふわの毛並みは嬉しいが、この姿だと顔色が分かり辛いのがもどかしい。

今きっと佳奈の顔色は真っ青だっただろう。



そして更に不幸なことに、唯一頼りになりそうなセンパイは、そんな後輩の怯えきった様子にまるで気づいていないのだ。



「先輩、無理ですって!私こんな流れが速いとこ泳げません!」


佳奈としては必死に訴えたつもりなのだが、

当のカイはけろりとしていた。


「あぁ、大丈夫だって!泳ぐ訳じゃねぇよ。

ただ風を捕まえるんだ。見てろよ?」


そしておもむろに、本当に無造作に、跳んだ。








顔を覆えるものなら覆っていただろう。

それが出来ないかわりに、佳奈はぎゅっと目を閉じた。

そしてすぐに聞こえるであろう、大きなものが水に落ちる水音を覚悟していたのだが、

まるで何も聞こえない。


恐る恐る目を開けた佳奈の目に飛び込んで来たものは、とても幻想的な光景だった。



カイは確かに川を越えようとしていた。

ただし空中から。



川面から1mぐらい上をふわふわと、しかし確かなスピードで、まっすぐに対岸に飛んでいる。

まるで空中に見えないチューブがあって、そこを運ばれているかのごとく、危なげなくぐんぐん進んでゆく。



これが風を捕まえるということなのだろうか?

確かに、風という見えない腕が銀の獣を助けてくれているようにも見える。



さっきまで怯えていたことも忘れ、佳奈がその不思議な光景に見惚れているうちに、カイはふんわりと対岸に降りたった。

確かに泳ぐ必要はなさそうだ。



「こんな感じだ!カナもやってみろよ!」



前言撤回。やっぱり無理だ。




この姿になったのも初めてなら、どうやってなったのかもわからない有様なのだ。

これでは泳ぐのとどちらが容易いか分からないではないか。



対岸からしきりに声をかけてくれる先輩には申し訳ないが、しばらく佳奈はその場から動けなかった。

いくら銀狼が風の種族だと言われても、まだその自信も確証もない。



しかも目の前の川にばかり気を取られていたが、渡った先には高くそびえる絶壁しか見えない。もちろん村など見えるはずもない。



来るものを拒む様な高い岩肌を見ていると、佳奈は今更ながら帰りたくなってきた。



だが、ここで帰ったらいつまでも夢の内容は謎のままだ。この姿から元に戻れるかも分からない。


何度か逡巡した後、佳奈は遂に思いきって跳ぶことにした。



(大丈夫、先輩の言う通り、風と自分を信じてみよう)



佳奈は体を固くして、川に落ちる衝撃を覚悟したが、幸いにもそれは訪れなかった。



カイよりはたどたどしく、高さも低いものだったが、確かに空を飛んでいた。

風にふんわりと包まれて、運んで貰っている感覚。

自分の足元に急流が見える。


佳奈もカイも幾分かホッとした。

が、それは長く続かなかった。



川を中ほどまで越えたあたりだろうか。

明らかに高度が下がりだした。



もともと大した高さではなかったのだ。

足先はもう水に浸かり始めてしまった。



佳奈も大いに焦ったが、それはカイもだったようだ。

しきりに何か助言らしきものを叫んでくれているが、すっかりパニックに陥った佳奈にはまるで耳に入らない。



もう駄目だ、落ちてしまう。

落ちたら最後、後はひたすら流されるだけだ。一度流されれば、その先は…。

佳奈は初めて足元に迫り来る死をはっきりと意識した、その時。



二人以外の第三者の声が聞こえた。



「力を抜いて風の声を聞け。」



およそこの緊迫した状況にそぐわない、落ち着いた低い男性の声。


あまりに不釣り合いなだけに、かえって佳奈の耳に入った。



(ち、力を抜いて、風の声を聞く…!)



必要以上に力んでいた力が抜けると、落ち着いて周りが見える様になった。

風の声を聞く、というのは良く分からないがさっきよりもはっきりと耳もとの風を意識する。



突き動かされる感情は、死にたくない。

ただそれだけ。




まとう風の勢いが増す。

目の奥がちりちりと熱くなる。

自分自身が風になった様な錯覚をするほど、

速度を増してゆく。



その時初めて、佳奈は対岸にいるカイの隣にもう一人、長身の男性がいるのに気がついた。





相変わらずつま先を水面に擦りながらも、速度が上がった勢いのまま雪崩れ込む様に対岸に降りたった佳奈は、もうヘトヘトだった。

出来ればこのまま眠ってしまいたい。

今なら泥の様に眠れそうだ。




肩で息をしながら、その勢いのまま座り込んだ。全力を出しきったせいなのか、見下ろした自分の体は、人間のそれに戻っていた。



どうにか呼吸が整うと共に、気持ちも落ち着いて来た佳奈は、座り込んだままながらようやっとその第三者を見上げた。



それは、とても美しい男性だった。



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