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銀狼と金の姫  作者: ひなせ由香
金の王国編
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夢よりの使者

それは、まるで銀色の風になったかのようだった。




手足を動かすたびに、景色はどんどん後ろへ流れて見えなくなっていき、風のごうごうという音しか聞こえなくなり、やがて自分も風の一部となるのだ。


動くほどに軽く、強く地面を蹴る四肢。

まるでずっと昔から四つ足であったかの様にしっくりくる。


どこまでも疾く、どこまででも行ける爽快な感覚。果てのない開放感。

深い森、緑の濃い香り。美しい銀色の獣たち。


だけど、その夢を見た後は、決まって少し切なくなるのだ。



それは、今自分がただの人間で、銀色の毛並みも無ければ、風の様に走れる四肢もないことを実感するからかもしれない。







(またあの夢か…久しぶりに見たな…)


篠宮佳奈は、暖かい布団の中でぼんやりと考えた。


思えば、物心つく小さな頃から、同じような夢を何度も見ていた。

16歳の誕生日を迎えた昨日の夜にまで見るとは、なんとも長い付き合いの夢だ。


(こんな妙な夢ばっかり見てるから、本当の両親にも捨てられちゃうのかな…)


佳奈には両親がいない。

正確には何処かにいるのかもしれないが、よく分からない。

小さい頃施設に預けられてそれっきりだ。


束の間暗い思考に支配されかけた佳奈だったが、昨日の誕生日会の大騒ぎを思い出してクスリとし、あっさりと立ち直った。


施設の先生も、いつもは悪戯ばかりの小さい子達も勢揃いで、ささやかながら暖かく祝ってくれた。


(そういえば、あの夢の話も友達に話したけど全然信じて貰えなかったな)



あの、銀色の狼になって、自由に野山を駆け回る夢。



最も、それが狼だと気づいたのはごく最近のことで、幼い頃はずっと犬だと思っていたのだが。



以前は夢の内容が気になって、夢占いの本を読んだり、妖怪や妖精、その他色々な本を読んだりしたものだったが…


(残念ながら満月でもなんともないし…)



そして年齢を重ねるにつれ、ただの自分の願望に過ぎないと諦めだしたのだ。


「って、いけない!もうこんな時間!」


誕生日の翌朝、なんていう時にいつもの夢を見たから、感傷的になってしまったのだ、。


この時、佳奈は間違いなくそう確信していた。


事態が動き出すその時までは。





その日も、いつも通りの日常だった。

いつも通りに高校へ通い、誕生日を祝ってくれる友達にもみくちゃにされ、学校が終わった後にバイトに向かう。


施設を出る高校卒業まではまだ余裕があったが、少しでも施設に恩返しがしたかった。

バイト先の店長も優しいし、仕事はキツくもあったが、充実した時間だった。

ただ、バイトを終えるとつい遅くなってしまうのがたまにキズではあったが。



(うわぁ、今日は満月だったんだ!)


外へ出るなり目に飛び込んで来た柔らかい光に、思わず目を細める。


賑やかな町の明かりの中でも決して霞まない、優しい仄かな輝き。


しばしぼんやりと月光浴をしていた佳奈だったが、その視界に一瞬何か横切るものがあった。


だが、その何かはそちらを向いた時には影も形もなかった。


(気のせいかな?ちょっとバイトで疲れてるのかも…)


それよりもご飯ごはん!と、颯爽と歩き出したはいいが、何処と無く何か違和感がある。


何かにじっと見られているような、じんわりとした薄気味の悪さ。


振り払うかの様に、いつもより歩く速度を早めたが、段々とそれははっきりとしていくようで、遂に佳奈は走り出した。



(きっとお腹を空かせた野良猫か何かだよ、うん!変質者とかじゃない!多分!)



必死に自分に言い訳をしつつ、地元の人間でなければ迷う様な路地裏を駆け抜ける。



走って走って、息も切れた頃、流石に膝に手を当てて立ち止まった。

しばし、自身の荒い呼吸音しか耳に入らない。

目に入るのは、今にもほどけそうな靴紐と、薄汚れたコンクリートの道だけ。



(こ、ここまで来れば大丈夫…!)



もう施設は目と鼻の先だ。暖かいご飯も寝床もすぐそこにある。


すっかり上がった息を整えて、前を向いた時、佳奈はそこにいるものにようやっと気付いた。


野良猫にしてはかなり大きく、犬というには支障がありそうなそのシルエット。


逆光で影にしか見えないはずのそれは、月の光を反射して鈍く銀色に輝いて見えた。

まるで、あの夢の生き物のような。







あまりに驚き過ぎると、人間は思考停止してしまうらしい。


時間にして数秒だっただろうか。

佳奈はあんぐりと口を開けたまま、ただその銀色の影を見つめていた。

影もじっと動かない。



時が動き出したのは、我に返った佳奈がきびすを返そうとした時だった。



「おい、ちょっと待てって!」



もしかしなくても、今の声はこの目の前の獣が喋ったのだろうか?


恐る恐る振り返った佳奈に逃げる気なしと見たか、その銀色の生き物は幾分か安心した様子でゆっくりと話しかけてきた。



「いやー、びっくりしたわー。お前見かけによらず意外と早いのな。」



…色々と言いたいことはたくさんあったが、

努力して飲み込んで、意を決して自分から話しかけた。



「あのぅ、喋れるんですか?というか、あなたは一体?私に何かご用なんですか?」



「おー、ご用ご用。てか、オレはあんたを迎えに来たんだって」



これ以上逃げられなくて良かったわー。などと気楽に笑う様子からは、恐ろしげな気配などまるで感じない。


むしろかえってとても人間らしく見える。


声の感じは十代ぐらいだろうか?佳奈とさして変わらない様に聞こえた。




「オレの名前はカイ。あんたは?」



「わ、私は篠宮佳奈です。あのぅ、迎えに来たって…?」


「カナかー。よろしくな!迎えに来たってのは、そのまんまの意味なんだけど、うーん、どっから説明すっかな…。」



恐らく考え込んでいるんだろう。しきりに首をかしげるその仕草がとても可愛らしく、

佳奈はついその毛並みを撫でたくなる衝動に駆られた。


もちろん、ぐっとこらえたが。



「うーん、つまり…」



どうやら考えがまとまったらしい。





「お前、夢を見てるだろ?オレみたいな姿になる夢を。」





頭から冷水を浴びせられたようだった。



理解して貰えたという喜びと、うっすらとした恐怖。

確かに小さい頃からよく同じ夢を見ていた。

友達や施設の人にも話したことはある。

だが、それを何故この獣が知っているのだろう?


色々な感情がないまぜになって、口から出た言葉はどうして、というありふれたものになった。



「オレも村の中では一番の新入りだからな。難しいことは村長むらおさが説明してくれるさ。オレに任されたのは、お前を村に連れてくることだけだし。」



おっ、ってことは俺も遂に先輩じゃん!遠慮なく先輩って呼んで敬っていいからな!などとお気楽に笑う自称先輩を見ていると、佳奈はなんだか色々考え込んでいるのが馬鹿らしくなってきた。


一度に色々なことが起こりすぎて、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。



「行くってどこに連れてってくれるんですか?“センパイ”。」



ここまで来たら、どうにでもなれだ。

毒食らわば皿まで。


捨て鉢な気持ちももちろんあったが、この異常な事態を見届けたいという好奇心も捨てきれなかった。



その頼りの先輩は、おぉ、先輩呼びっていいな!などとひとしきり感動している最中だったが、本来の任務を思い出したらしく、少し咳払いをして厳めしく告げた。



「決まってるさ。オレたち銀狼の村にだよ!」




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