第九十三話 体育祭当日の朝です
悔しいくらいに晴れた空が広がっていました。
準備していた者の一人としましては雨が降って順延にならなかったことは嬉しいのですが、今日自分が参加する種目を思い出すとため息がでるのです。
着替えを鞄に入れて、私は重い足取りのまま家を出ました。
外部からの観客は入れないので父に玄関で応援されましたが、自転車のペダルは軽くはなりません。
いつも通り門を通って駐輪場に行くと、隣の場所を使っている生徒が丁度鍵をかけているところでした。
「おはようございます」
「ん? あ、おはよう水崎さん。いよいよ体育祭だね」
彼女は陸上部に所属する二年三組の和宮 七越さんです。
名前からいつも男子に間違われてしまうのだとか。
本人も気にしているらしく、髪を肩まで伸ばしています。
泉都門にはめずらしい、内部生なのに外から自転車通学をする方なんです。
「それにしても、良い天気だね。暑くなりそう」
「そうですね」
救護班に連絡して水と冷やすものを多めに追加してもらわないといけないかもしれませんね。
この時間だともう生徒会室にいるはずなので、静会長にメールをしました。
すぐに返事が帰ってきて、すでに支持を終えたとのこと。
さすがは静会長です。
「水崎さんは何の種目に出るの?」
「…借り物競争です」
「へぇそうなんだ? 何でそんなに暗い顔なの」
「今回、芹先輩が悪乗りしてしまいまして。書かれてる物を持っている人も一緒に連れてゴールしないといけないんです」
「んー? それのどこが…」
「手をつないでです」
「……あぁ。ええと…。女子だと良いね」
それが生徒だろうと教師だろうと手を繋がなくてはいけないというルールとなっております。
「借り物は簡単なものだよ。参加する生徒にちょっとしたキッカケをって思ってね」
芹先輩がそう言っていました。
ワタシハキッカケイラナイデス。
「私が持ってそうなものだったら言ってよ。一緒に走るから」
「ありがとうございます」
少し気が楽になりました。
本当は真琴や真由ちゃんにお願いしようかとも思っていたのですが、何しろ生徒会は忙しいので、その時仕事をしているとお願いできません。
「和宮先輩は何の種目に?」
「私は百メートル走」
「あぁ、短距離が得意なのでしたね」
「うん、そう。あとは部活別のリレーかな」
「陸上部の圧勝じゃないですか」
「あはは、でも運動部がそろってる組で走るし、白線をひく…あれなんて言ったっけ」
「ライン引きですか?」
「あー、そんな名前だっけ? 中身は空だけどあれを持って走るんだ。男子はハードルを抱えるみたい」
「なるほど」
「卓球部だけ文化部と同じ組なんだよね」
「どうしてです?」
「文化部の参加が少ないのとラケットの上にボールを乗せたまま走るから」
「……厳しいですね」
「厳しいね」
二人で頷いていると、速水君が自転車を押してやってきました。
「おはよう、二人でなに唸ってるんです?」
「あ、おはようございます速水君」
「おはよう、速水」
自転車を置いて鍵をかけている速水君を見て、自分の自転車に鍵をかけるのを忘れていました。
慌ててかけて鍵をしまうと三人で生徒玄関へと向かいます。
「速水君は何の種目に出るんですか」
「僕は四百メートル走だよ」
「速水は足が速いんだってね。男子陸上部が欲しがってた」
和宮先輩がニヤニヤしながら言いました。
「そうなんですか」
「走るのは好きだけどね。風紀委員やってるから部活は入るつもりはないよ」
風紀委員は生徒会と同じでやたらと忙しいですもんね。
「陽向ちゃんは何に出るの?」
「それが…借り物競争なんです」
「あぁ…うん。がんばって」
たぶん晃先輩から聞いているのでしょう。
私の肩をポンポンと軽く叩きました。
「もし女子で持っている人がいなかったら速水君にお願いしますね」
「えっ?」
「だって親しくない人と手を繋ぎづらいですもの」
私と速水君を見ていた和宮先輩が何故か笑いました。
「へぇ、速水となら手が繋げるんだ?」
「え、だって何度か助けてもらったときに繋いだことありますし」
「ほうほう。それはやはり速水氏から握ったということですかな」
「和宮先輩、遊ばないでください!」
何故か真っ赤になった速水君が私たちに背を向けて先に歩いて行ってしまいます。
それを追いかけて走って行った和宮先輩は速水君を捕まえて何かを言ったようです。
小声だったので聞こえませんでしたが。
すぐに和宮先輩の笑い声が聞こえて、私が追いつくまでそこで待っていてくれました。
「楽しみだねえ、借り物競争」
ニヤニヤしたまま、和宮先輩は私の横で歩いていました。
速水君は背中を見せたままでしたが、私たちを置いて先に行くことはやめたようで、一定の速度で歩いています。
「和宮先輩、速水君に何を言ったんですか?」
「ひみつー。いやー体育祭って楽しいね」
まだ、始まってませんよ?
陽向の中で、速水君は良い人ポジション(笑)