第八十四話 お久しぶりです
「危ない!」
壁に激突しそうになったのを助けてくれたのは、白坂高等学校の文藤理虎先輩でした。
「あっ、ありがとうございます。って文藤先輩? お久しぶりです」
「あ。水崎さん…と一宮さん」
後ろからきた和香を見て、目を丸くしていました。
暗くて忘れていましたが、和香は狼男の格好でした。
「ああ、そうか。一宮さんの友人だったよね」
「はい」
和香が不思議そうな顔をして首を傾げます。
忘れてますね?
「和香。納涼祭でお会いしたでしょう。文藤理虎先輩ですよ白坂高等学校の副会長の」
「あ、ああ」
これは思い出せない時の返事ですね。まったくもう。
「文藤先輩はどうしてこちらに?」
「あぁ、流を探して…」
「大平会長を?」
文藤先輩はとてつもなく重いため息を吐きました。
「流の従兄妹が花時の生徒でね。僕はお目付役として来たんだけど、ちょっと目を離した隙にいなくなったんだ。それで目撃していた生徒に聞いたところによると、雪女の格好をした生徒を追いかけて、どっかに行ってしまったと……はぁ…」
大分お疲れの様です。
「ホールで立食パーティをやっているので、そちらじゃないですか」
和香が地図を文藤先輩に見せていいます。
「そうだと良いが…」
「僕たちもそっちに行くところなので、一緒に行きませんか。近道通りますから」
「あぁ。助かる」
「ところで文藤先輩。いつまで陽向の肩に触ってるんですか」
「あっ…すまない」
和香の言葉に、慌てて手をホールドアップの形にあげたので、少し面白かったです。
「いえ、壁にぶつからずにすみました。ありがとうございます」
こうして三人でホールへ向かうことになりました。
途中で全クリアのご褒美として有名店のチョコレートの箱をもらいました。
「こ、これ。今、予約しても三ヶ月待ちの!」
「花時が一気に注文したからね」
花時学園のせいでしたか!
以前は遅くとも一週間で届いたのですよ。
「華さんの誕生日にと思っていたのに間に合わなかったんです。帰ったら一緒に食べますね」
華さんはこのチョコレートが大好きなので、喜んでくれると思います。怖いのを我慢したかいがありますね。
和香のいう近道を通って、ホールへ行くと大勢の方がすでにいました。
さらっと見たところ、大平会長はいないようです。
「ここじゃなかったか」
深いため息を吐いて、文藤先輩は携帯をみました。
「連絡ないし…。どこ行ったあいつは」
「ちょっと待ってください。探してみますから」
和香はそういうと携帯を出して操作し始めました。
「んー。…………どうやら違う人に標的を変えたみたいですね」
「わかったのか?」
「どうします? 確保してもらいますか」
「いや、教えてもらえれば俺が行く」
「体育館にいるようです。逃げ道塞いでおきますから今のうちに」
「わかった、すまないな。それじゃ」
「はい、ありがとうございました」
もう一度お礼を言うと、笑って手を振ってくれました。
「文藤先輩も大変なんですね」
「まぁ、白坂の大平 流っつったら色々有名だし」
「有名?」
「うん。短期間でつきあう人がコロコロ変わるんだってさ。まぁ二股とかはしないらしいけど」
「そうなんですか」
「もめ事が多いから、文藤先輩が解決にまわってるってことだね」
苦労人ですね。
お疲れさまです。
「泉都門に近い高校ですけど、知りませんでした」
「陽向はそういう話を右耳から左耳を抜けてスルーするからね」
「そ、そんなことは…」
「ま、ともかく大平会長は要注意人物ってこと。花時は女子校だし、そういう情報は大事だからね。人の恋路を邪魔するつもりはないけれど、今までの行動を鑑みるとお勧めできない人だ」
そんなに有名人だったとは。
こんど華さんに聞いてみましょう。
もしかしたら声をかけられたことがあるかもしれません。
それにしても、和香がこうキッパリというのを聞くのは久しぶりですね。
「さて、そっちは文藤先輩に任せて、何か食べようか陽向」
「そうですね。叫んだりしたのでお腹空きました」
「まずは飲み物をもらおう」
「はい」
その後、輿に乗った柳宮会長が現れて会場のボルテージが一気にあがりました。
花時の生徒会の人たちがガードしてますが話しかけようとする人が絶えません。
「和香は行かなくていいのですか?」
「僕の今日の仕事は陽向の警護」
「そうですか?」
パンプキンパイを食べてご満悦の和香は、ちらりと柳宮会長の方に視線をやりましたが、すぐにアップルパイへと移ってしまいました。
その後、文藤先輩にも大平会長にも会わずに帰った私は、その後の騒動など知らずに華さんとチョコレートを味わったのでした。