第六十五話 写真です
「お腹が空きました」
「学食行こうか陽向ちゃん」
芹先輩がそう言ったので頷いてその場を後にします。
振り返ると、静先輩だけがその場に立っているのが見えました。
「静先輩は置いてくのですか」
「もう、自分でなんとかしてもらわないとね」
「遅いくらいだろう。そうだ、陽向。すまんがお前の父親の写真が流出するのを止められなかった」
「あぁ、そうですか…」
「消去するように通達はしたが、全部は無理だろうな。またしばらく風紀委員をつける」
「いえ、写真なので大丈夫だと思います」
「………本物はもっとすごいのか」
「ええ、自分の父親ですけど、もはや災害です」
「…災害…」
「ハーメルンの笛吹のごとく、女性を引き寄せます。気づいたら女性の列ができていたことがありますから」
あの列を見たときはさすがにギョッとしました。
実はその日、雨に降られまして。
いわゆる“水も滴るいい男”状態でした。
ジャケットを私の頭にかけてくれたがゆえに、父の着ていた白いシャツは肌に張り付き…濡れた髪をかきあげて私に微笑んだのです。
間近で雨宿りしていたお姉さんが数名、側にあった椅子に倒れ込み。顔を真っ赤にしたお姉さんが彼氏置き去りで雨の中に飛び出して行き。
ウェイトレスのお姉さんがトレーごとお客さんの膝の上に落として阿鼻叫喚。
これはいけないと、場所を移動しているときに後ろを振り返ると目をハートにした女性の列ができていたのでした。
お姉さまがたを撒くのに苦労した覚えがあります。
無駄に白いシャツとか似合うんです。
「いくつなんだ?」
「三十五歳です」
「……なるほど、若いな」
「そうですよねえ。まだまだ再婚できると思うんですけど」
「いや、そうじゃなくて。さっきの写真をみる限りとても三十五には見えない。二十代っていっても良いんじゃないか?」
「そうですか?」
「白いシャツが好きなの?」
Tシャツはあまり着ないのです。
どうしてかと尋ねたことがあるのですが、父曰く「はだけられないから」だそうです。
「今、携帯に他の写真あるか?」
「ありますけど…」
私と頬を寄せて写っている写真です。
あまり、人様に見せるのは…。
「みせろ」
「…はぁ」
仕方なく写真を開いて、まず晃先輩に見せました。
「いつも無駄に恋人みたいだよな」
「チューしてないだけマシかも?」
さすがにそれは断固拒否します。
「これは…もしかして伯母さん?」
次の写真が出てしまったようで、龍矢さんと写っている華さんでした。
「はい」
「うわー姉弟そろって美形なんだ? すごいね」
「これは…」
貴雅先輩の眉がぴくりと動きました。
「既婚者ですからね、貴雅先輩」
「あ、ああ。わかっているよ」
華さんの写真に真琴と真由ちゃんが目を丸くして見ています。
「綺麗な人だね」
身内が褒められるとうれしいものです。
「うん、綺麗だし優しいの。伯母さんっていうよりお姉さんみたいな感じかな」
華さんみたいになりたいと思うのですが、現実は厳しいものです。せめてもう少し身長が欲しいですね。
「皆さんの写真、見てみたいです」
携帯に入っている写真を見せてもらったのですが、意外と家族写真ってないんですね。
真由ちゃんと真琴の携帯に私との写真があって、嬉しくなりました。
「今度生徒会全員の写真…撮ろうか」
芹先輩が楽しそうに笑って私たちを見回します。
そう言えば、一枚も持っていませんね。
「俺様をのけ者にしないだろうな? 一条」
「もちろんですよ」
修斗先輩の携帯には一枚も写真が入っていませんでした。
「普段、何も写さないんですか?」
修斗先輩は頷いて、私から自分の携帯を受け取ると「笑って陽向」と言いました。
「え?」
パシャっと音がしてどうやら私の写真を撮ったようでした。
「綺麗に撮れた」
見せてくれた写真の中の私はきょとんとした顔で写っています。
「あっ、修斗ずるい! ボクも撮らせて!」
パシャリ。
「じゃあ俺様も」
「僕も撮らせてもらおうかな」
パシャリパシャリ。
「私も」
「ぼくもいいかな」
何故か撮影会になってます。
その後、静先輩が学食の個室に来るまでそれぞれの写真やご飯の写真を撮ったりして、ドアを開けて入ってきた静先輩を「激写」と言って全員で撮ったりしました。
全員、妙なテンションだったんです。
フォルダにはおかしな写真が沢山集まりました。
そのまま。
消さずに残して置こうと思います