第六十四話 終わりにしましょう
この忙しい時に何故か廊下で女子数名に囲まれています。
野次馬さんが大勢いるので誰か生徒会に知らせてくれているといいのですけど。
「何、よそ見してるのよ」
私の真ん前にいる女子は、例の先輩です。
「何のご用でしょうか」
「いったい何人手玉に取れば気が済むのよ」
手玉に取った覚えはないのですが。
「生徒会に無理矢理入ったくせに」
「どんな弱みにつけこんだのよ」
えーと、半ば無理矢理生徒会に入らされたのですが?
先輩達に弱みがあるように見えますか?
どこからの情報でしょうか。
携帯を見たいのですが、動いたら動いたで文句を言われそうです。
「何か言いなさいよ」
何を言っても文句で返って来そうなのでここは沈黙としましょう。
ちらっと野次馬をみると風紀委員の人が手を振っていました。
もうすぐ生徒会の誰かが来そうですね。
「何も言わないっていうなら、言わせますわ」
ふんと荒い鼻息で、例の先輩がずいと一歩前へ出ました。豊臣秀吉みたいですね。戦国武将を言い表すのにホトトギスをつかったアレですよ。
何でしたっけ確か、鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス…とかそれっぽい感じでしたよね?
うん、織田信長タイプじゃなくて良かったです。
今のこの状況。
実は逃げ道があります。
でも、いつまでたっても終わらないので、会えて黙って立っているわけです。
風紀委員もそれをわかっているので、私を助けていないのですよ。
つまりは、あえて守りを手薄にして誘い出す作戦です。
まさか大勢で来るとは思っていなかったのですが、まぁ手間が省けて良いと思いましょう。
てっきり体育館裏とかに呼び出されるのかなと思っていたので廊下で待ち伏せは、少々驚きです。
ですが、他の皆さんの迷惑を考えないのでしょうか。
放課後ならまだしも、今はお昼休み中です。
ここを通りたい生徒は沢山いるでしょうに。
それにしてもお腹が空いてきました。
シンとしているわけではないので、お腹の音が聞こえないことが唯一の救いでしょうか。
「学園以外でも、付き合っている男がいるそうじゃないの。本当、最低な女ね」
例の先輩の言葉に、私は思い当たる節がなかったので首を傾げました。
そもそも、私は誰ともおつき合いをしてません。
「証拠だってあるのよ」
先輩は携帯を取り出して、私に写真を見せます。
「どこからどうみても、貴女ですわよね」
隣に立っている人を見て、私は深い溜息をつきました。
お分かりかとは思います。
そうです、父でした。
こんな大勢の場所で父だと言わなくてはならないのかと思うと頭が痛いです。
ですが、このままだと私も困りますので仕方なく口を開きました。
「それは父です」
「嘘おっしゃい!」
「嘘じゃありません」
「父親と、こんな恋人みたいに手をつなぐわけがないでしょう!」
「うちの父はつなぎたがるんです…」
「そんな嘘がまかり通るとお思い!?」
あぁ、もう面倒くさいです。
そしてふと、なるほどと納得しました。
大勢の場所で、私が最低の人物であると知らしめるための、この場所であったことに。
なるほどなるほど。
生徒会もなめられたものですね。
意味がわかったので、私は力を抜きました。
「陽向!」
声がして振り返ると、生徒会全員が来ているのが見えました。
モーゼのごとく、さーっと道ができていきます。
「静様。ごらんになりますか? 水崎さんは…」
女子の先輩が最後まで言う前に、静先輩が囲んでいた人たちを押し退けて私の前に立ちました。
「それは、間違いなく水崎陽向の父親だ」
「なっ、誤魔化されているのですわ!」
「この人物が誰だか確認もせずに、こんな大勢の前で晒したのか? 何の権限があってのことだ? わかっているのだろうな」
静先輩の睨みに、女子の先輩が口をつぐんで震えました。真っ青になっています。
「理事長なら知っているはずだ。ここへ来てもらおうか?」
晃先輩が携帯電話を片手に言いました。
「今日は学園にいるぞ?」
晃先輩の父親ですから、呼び出せば来てくれる可能性もあります。
真っ青といいますか、真っ白になって女子の先輩はわなわなと震えていました。
「陽向。はっきり言っていい」
「あ、はい。あの、勘違いされているようなので言いますが。私は誰ともおつき合いしてませんし、残念ながらといいますか…これは間違いなく父です。この服装だと、先日のお買い物の時だったと思いますが、近くに夫婦がいましたでしょう? その二人は私の伯母夫婦なんです。家族での買い物でした。ですからデートじゃありません。いい機会ですからお聞きしてもよろしいですか? 会長」
「なんだ?」
「会長に婚約者はいますか?」
「婚約者? いや、いないが?」
私は頷いて溜息をつきました。
「誤解は解けたでしょうか? 忙しいので失礼しますね」
真琴と真由ちゃんが駆け寄ってきて手を握ってくれて、微笑んで頷くと二人とも頷き返してくれました。