第六話 会いたくないと思っている人ほど会ってしまうのです
自転車通学者は書類を提出した上、駐輪場の番号と鍵を渡されます。
指定された場所に自転車を止めて、備え付けの鍵をかけるのです。
指定された場所の鍵が壊れていて新しく別な場所に換えて貰ったため、放課後にその鍵を受け取りに職員室に行きました。
担任の西福 悟先生が鍵を渡してくれます。
「だいぶ慣れたか?」
「はい、先生」
「何か困った事があったら、いつでも言いに来るんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
先生の顔をしている悟さんを見ると少し笑いたくなりました。
悟さんのイメージと言えば、いつも酔っ払いです。
我が家に遊びに来る時はいつも父と飲んでいるので、そういうイメージになってしまいました。
陽気に飲んでいる姿がいつもなので、真面目な顔を見ると笑いそうになるのです。
「何かおかしいか?」
「いえ。何でもありません」
「気をつけて帰れよ」
「はい、では失礼します」
礼をして職員室を出ると、廊下から見える桜に目を奪われました。
今年は遅咲きだそうで、今頃満開になっています。
夕暮れの紅に染まる桜は、昼間見るのとはまた違った美しさでした。
そう。
とっても油断していたのです。
桜に見惚れながら廊下を歩いていてしまいました。
集中すると物事を忘れるたちなので、気をつけなさいと華さんにも言われています。
だからせめて立ち止まって見るべきでした。
そうして、前方に注意を払わないまま歩いて。私は廊下の曲がり角で誰かとぶつかったのです。
予想外でしたので、私は後ろに倒れそうになったのですが、ぶつかった人物が支えてくれました。
「あっ、すみません!」
一瞬閉じてしまった目を慌てて開けてみると、胸のあたりが見えたので私よりとても背が高い男子のようでした。
制服の裾を見ると金のラインが入っていたので三年生の先輩です。
でも、今までみたことのないボタンレスの白い学ランを着ています。
この学園はブレザーでは? と思いつつ顔をあげました。
「大丈夫か?」
この時、本当に数分前の自分を叱りたい気分でいっぱいになりました。
整った顔立ち。柔らかそうな短髪で、少し不機嫌そうな顔をしています。
もっとも関わり合いたくない、「イケメン」という言葉さえ裸足で逃げ出しそうな麗しさでした。
綺麗な物も人も好きです。でもできれば近くではごめんこうむりたいのです。
近くだと色々面倒な事があるのです。
溜息をつきたい気分でしたが、こらえました。
一応助けていただきましたので、失礼になります。
「余所見をしながら歩いていました、申し訳ありません。ありがとうございました」
礼をしたかったのですが、肩を掴まれていますので動けません。
「あの…手を離していただけますか」
「あ、あぁ」
「ありがとうございました。これからは気をつけて歩きます。それでは失礼します」
今度こそ頭を下げて、私は歩き出しました。競歩に近い早さで歩きましたとも!
あたりを見ましたが、目撃者はいなかったようです。
私はほっとして、そのまま教室へ戻りました。
そのボタンレスの制服をきた人が、生徒会長であることを知ったのは次の日のことでした。
どちらも桜に見惚れてぶつかるの図です