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私は急に止まれない。  作者: 桜 夜幾
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第五十四話 二学期の始まりside東雲貴雅



 二学期と言えば学園祭に体育祭。

 僕たち二年生は修学旅行がある。


 生徒会としても行事が目白押しで目眩がしそうだ。


 そんな中、仲の良い女子から不穏な噂を耳にしたと聞いた。

「噂って?」

 抱き寄せて耳元で囁くと、うっとりとした様子で僕にしなだれかかってきた。

「水崎さんにストーカーがいるって」

「ストーカー?」

「噂は二通りあって、女のストーカーと男のストーカーなんです」

「そう。噂…なんだね?」

「私が聞いたのは噂です…」

「二学期が始まって間もないのにね」

「いえ、一学期の終わり頃からありました。二学期に入ってから広がったみたいですけど」

「そう…。具体的なのは聞いた?」

「いいえ。でも今朝のことなら」

「今朝?」

「はい、水崎さん上靴を盗まれたって」

「……そう。まだ聞いてないなそれ」

 思わず眉間にしわが寄って、慌てて表情を直した。

「教えてくれてありがとう。もし他の噂を聞いたらまた教えてくれる?」

「もちろんです」

「嬉しいよ。この後、時間大丈夫かな」

「は、はい…」

「お礼をしなくちゃね?」

 チュと頬にキスをすると真っ赤になった。

 女子の後頭部に手を回しながら、この後のことを思案した。



 生徒会室に行くと陽向がいて、足下をチェックするとスリッパだった。

 どうやら本当らしい。


 芹に視線をやると、僕に気づいて頷いた。

 芹の方でも何か知っていそうだ。

「陽向ちゃん。この書類、顧問の先生に届けてきてもらえる? 修斗もお願い」

「え、これくらいなら一人で持って行けますよ」

「女の子は遠慮しないの。修斗」

「わかった」

 修斗を付けて陽向を生徒会室から出した一条は、ソファに座って溜息をついた。

「貴雅さんも聞いたんだ?」

 陽向がいないところでは芹は僕をそう呼ぶ。

「さっき聞いた。ストーカーというよりイジメじゃないのか?」

 イジメという言葉を聞いて、静が見ていた書類から視線を外して僕たちをみた。

「何の話だ?」

「説明は後でするから」

 にこっと黒い靄を背負って言われて静が黙った。

「それが、イジメじゃないみたいなんだよね。クラスの子にも聞いたけど、あの啖呵を切った時から一目置かれてるし、前みたいに転ばされそうになったり水をかけられそうになるってことは無いみたいなんだ。真琴くんにも聞いたけど、同じだった」

「スリッパ履いてただろう」

「うん。本人いわく、朝、学校に来て靴箱を見たらすでになかったんだって。探して見つからなかったら帰りに購買で上靴買っていくって言ってた」


「上靴が無くなったのか!」


 はっとしたように静が叫ぶと芹が溜息をついた。 

「後で説明するって言ったでしょう、会長?」

「う…っ」


「ストーカーってことは陽向を付け回しているのがいるってことか?」

「実は、女子の方は大方の目星は付いてるんだけど。男子の方がね。まだ分かってない。噂で終わって欲しいけど」

「分かってる女子って?」

「会長の親衛隊」

 静が驚いた顔をしたが、声は出さなかった。


「会長は知らなかったっけ? 非公認だもんね。ちなみに今は会長にしか親衛隊はないよ」

 ボクらは疾うに解散させたからね…と芹が笑う。

 以前、陽向にいやがらせをしていたのは芹や僕の親衛隊の子たちだった。

「親衛隊の子だってことは分かってるんだ。すぐに見つけるけど、あれはストーカーっていうよりは勘違い系だと思う」

「勘違い?」

「うん、会長の婚約者きどりの子」

「……まだいるんだ?」

「ずいぶん減ったけど。会長もそろそろ自分で何とかして欲しいんですけどねえ」

「静は鈍感だから」

 僕と芹が盛大に溜息をついてやると、静が苦虫を噛み潰したような顔をした。

「エスカレートしそうだったら止めるけど。今のところ被害はないみたい。“貴女なんか(静様に)ふさわしくありませんわ!”って叫んで走り去るくらいだね」

「陽向から聞いたの?」

「うん、いきなり物陰から飛び出してきてビシッと人さし指でさして言ったんだって。目撃してた生徒から聞いた話では、陽向ちゃんはポカンとしてたって」

「そりゃそうだ」

 思わず笑うと静がそっぽを向いてふてくされていた。

「問題は男子の方の噂か…」

 僕が腕を組んで溜息混じりに言うと芹もまじめな顔をして頷いた。

「そっちの方が大問題。男子の生徒数は少ないから、見つかると思うんだけど」

「晃に頼んで校内の防犯カメラを見せてもらえないかな」

「うーん。打診してみたけどダメだった。犯罪でも無い限りは無理かな」

「ストーカーは立派な犯罪だろ」

「噂…だからね。今のところ」

 

「風紀委員ってそんなこともしてるのか?」


 静が素っ頓狂なことを言ったので僕は苦笑した。

「晃さんに頼むっていうのは、風紀委員としてではなくて理事長に聞いてくださいってお願いしたってことで・す・よ」

 芹がやれやれといった様子で最後をスタッカートをきかせて言った。

「あ、そうか」

 生徒会の仕事に関してはすごい力を発揮するくせに、時々間抜けなことを静はいう。

 まあ、そういうところが憎めないのだけれど。


「晃さんには今まで以上の見回りをお願いしたし、一年生の風紀委員にもお願いしてきたから、そのうち報告が来ると思う。もし本当なら早急に手を打つ用意をしておこうかと」

「陽向なら、返り討ちにしそうだけどね」

「その考えは危険だよ貴雅さん。どんなに強くても陽向ちゃんは女の子だ」

「……そうだな」

「周りもそうだけど、特に本人がそう思ってるから危ない。生徒会の仕事の時は絶対に一人にさせないように徹底させてもらう。真由ちゃんと真琴くんも危険になっちゃうから、ボクたち男子が必ず付くように」

「しかし…」

 静が何か言い掛けて立ち上がったけど、芹の視線におとなしく座りなおす。

「この学園は女子が多い。ってことは目撃者は女子の確率が高いってことだよね? 近くに男子生徒がいる可能性は他校より少ない。事が起こってからでは遅いんだ。他の女子生徒も巻き込むことになるかもしれない」

「泉都門にストーカーをするような生徒がいるとは思えないんだが」

「ボクもそう思いたいけどね」

 トントンと生徒会室のドアがノックされる音がした。

「帰ってきたかな」

 僕は頷いてのぞき穴から二人を確認してドアを開ける。

「お帰り。ご苦労様」

「ただいま帰りました」

「真由と真琴ももうすぐ帰ってくるし、お茶にしようか」

「良いですね」

 屈託のない笑顔で陽向が言ったので、僕は芹と視線を合わせた。

 

 できれば何も知らせないまま終わらせたい。

 一学期の時のように泣いて欲しくないから。


 たぶん、これは生徒会全員の思いだ。


 だから僕は携帯を取り出してメールを数件送る。

 情報は多い方がいい。


 噂で終わってくれればいい。

 無神論者だけど、この時だけは。


 神に祈った。



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