第五十二話 慰労会二日目夜side更科修斗
修斗くんはなかなか難しかったです
いつもより長めになっております
温泉イコール卓球だと水崎が言った。
どこの世界の常識なのかは知らないが、宿の女将に聞くと、あるという。
自分はまだまだ知らないことがあるのだと、あらためて思った。
「更科先輩は卓球やったことありますか」
水崎がラケットで素振りをして見せながら自分に聞いてくる。
「卓球という球技は知っているが、やったことはない。間近でみるのも初めて。面白いのか?」
「修斗が珍しく長文しゃべったね」
芹にからかわれたりもしたが、実際ラケットを握ったこともがない。
「はい、面白いですよ。私的にですけど。ふふふ、これでも卓球の陽向と呼ばれるくらい得意なのですよ」
確かに素振りをする水崎は、なかなか様になっていた。
「それじゃ、陽向ちゃん。修斗と勝負しない?」
「いいです…けど? 私結構強いですよ?」
「陽向ちゃんが勝ったら、何でも一つお願い事聞くから。でも、修斗が勝ったら…」
「か、勝ったら?」
「ふふふ、まあそこは修斗が勝ったらいうよ。陽向ちゃんは女の子だからハンデつけるね。修斗は十点、陽向ちゃんは五点取ったら勝ちにしよう」
芹がこれでいいかと視線で問うて来たのでうなずいた。初心者だから同じ点で良いと水崎に言われたが、特に問題がないので芹が言った点数でと押し切る。
そう。
芹が勝てと視線でいうなら、自分は勝たなくてはならない。
ラケットの持ち方と簡単なルールを教わって、水崎と卓球台を挟んで向かい合う。
「サーブの練習しますか?」
「いや、いい」
初心者だからとサーブをこちらに譲ってくれた。
卓球の球は思ったより軽い。
数回テレビでみた卓球を思い出しながら、自分はゲームを始めた。
容赦なく球が返ってきて、自分の横を通り過ぎる。
なるほど、予想していたより速い。
「お願い事って何でも良いんですか?」
水崎が余裕で芹に尋ねている。
「うん、何でもいいよ」
芹もニコニコと笑って返す。
水崎に二点…三点と点数が入り、四点。
マッチポイントとなった。
「修斗。そろそろわかってきたかい?」
「問題ない」
「それじゃ。続きどうぞ」
そうして自分の猛攻が始まった。
「う、嘘…」
水崎の顔が青くなる。
あっという間に五点。
あと一点だというのに、水崎が慌てだした。
焦燥はミスを生む。
球がネットにかかってこちらへ来なかったりするようになった。
「ああー」
周りで卓球に興じていた生徒たちがいつの間にか周りに集まって自分と水崎の勝負を見守っていた。
「陽向、あと一点だから落ち着いて!」
飯塚真琴がそう言ったが、自分は負けるつもりはない。
六点七点八点と点数を取って追い込む。
九点。
少しのめり込みすぎた気がして、いったん呼吸を整える。集中するのは良いが、周りが見えなくなるのはよくない。集中しつつも視野は広くなくてはいけないのだ。
水崎を見ると、自分をキッと睨みながらラケットを握りしめていた。
勝負を最後まで諦めないというあの視線は嫌いじゃない。
だが、ここで負けるのは筋違いだ。
なんと言われようと、自分は最大の力を持って最後の球を打った。
「あああー」
水崎は辛うじて打ち返したが卓球台に跳ね返らずに違う方向へと球が飛んでいく。
「おおー!」と拍手があがった。
「修斗の勝ちー」
芹が満足げにうなずいたので、自分の仕事は成功したようだ。
「更科先輩強すぎです…本当に初心者ですか」
「修斗はねー、オールマイティなんだよ」
「ぐっ、そういうことは初めに言ってください」
水崎は悔しそうな顔をしてラケットをおいた。
「最後まで…頑張った」
水崎の肩をポンと叩くと、困ったような顔をした後、ふぅと溜息をついていた。
「久しぶりに熱中しましたよ…ありがとうございました」
自分に頭を下げて顔を上げるとニッコリと笑う。
「こちらこそ、ありがとう。楽しかった」
自分も思わず口元がゆるんだ。
周りでまた「おおー」と声があがって、何だろうと思い芹を見る。
「良かったね修斗」
芹がニコニコ笑っていたので、頷いた。
「修斗の笑顔も見れたし、良い試合だったねー。さて陽向ちゃん。約束覚えてるかな?」
「私は負けたのでお願い事はなしですよね? それで先輩のお願いとは?」
「今日から生徒会メンバーを下の名前で呼んで」
「…はい?」
「真琴くんと真由ちゃんは、すでに呼んでるからいいとして。ボクの名前、覚えてる?」
「え、えーと。一条芹先輩」
「うん。だから?」
「……せ、芹先輩?」
「うん。疑問符なしで言えるようになってね。それで、こっちは?」
芹が自分を指した。
「修斗先輩」
「うん、修斗はボクが散々呼んでるから言いやすいかな? 会長たちにも陽向ちゃんのこと名前で呼ぶように伝えるから。はい、修斗。練習にどうぞ」
芹がにこっと笑って自分を見上げた。
こう言うときは言わないという選択肢は選べない。 少々、面映ゆかったが頷いて名前を言った。
「………陽向」
「はっ、はい」
「うんうん、いいね。このお願いは一生だからね」
「一生!?」
「卒業してもそう呼んでね?」
楽しそうに芹が笑っているので、心の中で陽向陽向陽向…と名前を呼ぶ練習をしてみた。
「陽向」
「は、はい?」
「…呼んでみただけだ」
「はあ」
もともと飯塚の二人のことを名前で呼んでいたのだし、おかしなことはない。
さすがに自分は三年生の二人を名前では呼べないが。
「陽向」
「はい」
「……」
「呼んだだけですか」
「練習」
「えーと…修斗先輩」
「呼び捨てで構わない」
「え、いえいえいえいえいえ。さすがにそれは無理です!」
慌てている陽向をみて思わず、ふっと笑ってしまった。
「いいなあ、ボクも芹って呼んでもらおうっかな」
「無理でーすー!」
周りで僕も私もと手伝いの生徒や風紀委員の生徒たちから声があがって陽向が首を勢いよく横に振っている。
そこに友千鳥の仙恵寺会長たちが加わって陽向が悲鳴をあげながら走って逃げていった。
その様子を見送って芹がのんびりと言った。
「慰労会も今日で終わりだねー」
「ああ」
「夏休み中に一度は実家に帰った方が良いんじゃない? 修斗」
「いや」
「帰らないの?」
「いつも通りだ」
いつも通り。
芹の側にいる。
「そっか」
芹は黙って頷いて遊戯室を出て行く。
自分もそれに付いて一緒に出た。
それが日常。