第四十九話 慰労会一日目終わりです
花火は大変盛り上がりました。
如月会長が時々走り回っているのが見えましたが、花火を持ったままではないので特に言うこともありません。
私は真由ちゃんと真琴と三人で楽しんでいました。
花火が終わると自由時間で、露天風呂に行く人や部屋に戻ってゲームをする人など予定は色々です。
真琴と真由ちゃんと私は同室なので、部屋にある家族風呂に入りました。
離れには全室、露天の家族風呂があるようです。
大浴場の方の露天風呂も行ってきましたが、家族風呂もなかなかです。
夏休みの予定の話をしたりして、明日のこともあるので十時に就寝となりました。
他の部屋の子たちは知りませんけど。
夜中に目が覚めて、私は中庭へと出ることにしました。
夏とはいえ山中の宿です。
シンとしていて木々のざわめく音がずっと近くに感じられました。
空を見上げると星が綺麗です。
父や華さんも連れて来たかったなと思いました。
小さく足音が聞こえて、振り向くと浴衣の上にショールのようなものを羽織った一条先輩が立っていました。
「陽向ちゃん? 何やってるのかな、こんな時間に」
「目が覚めてしまったので散歩です」
「ふうん」
ゆっくり近づいて来て私の一メートル前で止まりました。
「ねえ、陽向ちゃん」
「はい?」
「君は今、何を考える?」
「……何…とは」
「中庭に、ボクと二人きりだ」
「そうですね」
「君は、何も思わないの?」
「何を思えば良いのでしょうか」
「確かに君は護身術をある程度知ってるし、今、僕が君の腕を掴んでも逃げられると思ってる」
「一条先輩は私の腕を掴んだりしないでしょう?」
「ボクはね陽向ちゃん。君はとても危険だと思っているよ」
「え?」
「護身術を知ってるだけにね、逆に危険だ。君の側には優しい男性しかいなかった。襲ってきたのは女性ばかりだものね。だから、怖さを知らない。意味わかる?」
「…わかりません」
「知らない男に腕を掴まれたら、速攻で逃げ出せるよね? でも、知り合いだとそれが弱まる」
「まぁ、怪我をさせたくありませんし」
「君はそこをつけ込まれる可能性があるよ」
「…っ」
一条先輩が一歩近づきました。
「ボクが一人でここへ来ると思う?」
「え?」
「ボクはいつも修斗と一緒だ」
「そうですね」
「だから、今も修斗が見えないからといって、本当にボクは一人だと思う?」
「………」
「陽向ちゃん。ボク一人なら君は逃げられるだろうね。でも修斗がいたらどうだろう? 二人がかりなら君が逃げ出せる確率は低くなるね」
「大声を上げたら誰かが来ますし、ホイッスルも持ってますよ」
「うん。でも、君はボクと修斗を知っているがゆえに初期動作が遅れる。その時に両方封じられたらどうするの?」
「それは…」
「ボクが学園の先輩だから。知ってる人だから、何もしないって思ってる?」
一条先輩はもう一歩近づいて、ショールを自分の肩から取り私にかけてくれようとします。
「夏とはいえそんな格好で出てきたらダメだよ」
ショールを掛けた後、自然に私の腕をとりました。
掴むというほど強い力ではありません。
「ほら、簡単に捕まった」
「強く捕まれてはいません」
「いつでもできるよ」
「先輩は何が言いたいんですか」
「君は危機感が足りない。男性に対して」
「そんなことないです」
「それじゃ、何でボクの手を振り払わないの?」
「それは!」
「ボクが先輩だから? でもね、それじゃダメなんだよ陽向ちゃん」
グッと一条先輩の手に力が加わりました。
「君はあえてそう言うことを考えないようにしている節がある。自分をそういうことから除外しようとしている。でも、もうダメだよ陽向ちゃん。君は見つけられた」
「一条先輩…?」
目が合ったまま離せませんでした。
真剣な表情の先輩の目が細められた時でした。
「何をしている」
静かな声がして、一条先輩の手が離れました。
廊下に龍矢さんが立っています。
「こんな時間に女の子独りでいたので、注意してたところですー」
にこっといつもの一条先輩に戻りました。
「陽向」
「あ、はい。注意されてました」
「はい、陽向ちゃん、お部屋に戻ってね。榊さん、お願いできますか?」
「もちろん」
「それじゃね」
一条先輩はそのまま中庭の突っ切って行くようでした。
「大丈夫か陽向」
「あ、はい」
「行こう」
お部屋の前まで送ってもらいました。
着くまで無言だったので少し怖かったです。
「陽向」
「わ、わかってます。独りでもう出ません」
はあ…と深いため息をつかれてしまいました。
「無防備すぎる。よく考えなさい」
「はい…ごめんなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
私が部屋へきちんと入るまで見送られました。
ショールをそのまま持ってきてしまったことに気づきましたが、明日返すことにして畳みました。
布団に入って横になったものの。
一条先輩の目を思い出してしばらくは眠れなかったのです。