第百九十三話 卒業式です(3)
二階の観客席からホールを見下ろす形で、保護者が徐々に入ってくる様子が見えました。
時々こちらを見上げる保護者の方もいらっしゃいましたが、そういう方は卒業生の方が多いようです。
この中に静先輩や貴雅先輩の親御さんもいらっしゃっているのでしょうか。
晃先輩の親御さんは理事長なので、まだ控え室にいるだろうと思われます。
ホールはいつもより花が多く飾られて、色んな色に溢れております。卒業式というか結婚式じゃないですか、これ…と思うほど花が多いです。
しかもあれ全部生花だそうです。
バラもありますよ。全部でおいくらでしょう…。
そういえば生徒会で卒業式にかかる費用を計算していた真琴が、今年のお花代が少ないけど大丈夫ですかと修斗先輩に聞いていたのを覚えています。
少ない?
これで?
修斗先輩、何て答えていましたでしょうか。
うーんと唸っていると、また心配されてしまいました。一挙一動みられているようです。
「お花のことを考えていただけなんだけど」
「あぁー。今年は卒業生からのお花が多いって聞いたよ」
「あぁ、なるほど」
よく見ると、誰々様と名前が書いてあるようです。
卒業生からのお花でしたか。
「ほら、今年は如月様が卒業されるでしょう? だから、関係のある卒業生とか企業からお花が来てるんだって」
静先輩がらみでしたか。
まぁ、何々様へと書かれないので別にいいのですけど。
「奥にあるあの大きな花は、某有名な華道家がいけたとか」
「…副委員長。情報通だったのね」
「ふふふ、何を隠そう如月様親衛隊にいましたからね」
「………それは初耳…」
「途中で解体…解散したから、後半は個人でおっかけしてたのよ」
そんな団体いましたね、そういえば。
「暴走する先輩たちに困ってたからいいのだけど。それに、うちのクラスには水崎さんと飯塚さんがいたから頻繁にお会いできて、とっても幸せ、うふふふふ」
それはそれは、ようございました。
「あ、ほら。あの方が如月静様のお父上様よ」
保護者席の一番前にまるで用意されたかのように開いていた場所に、綺麗な動作で座った後ろ姿をみました。
「後ろ姿でよくわかったね」
「水崎さんが私を見ている時に、ちらっとこちらを見上げていらしたわよ?」
「それは残念。見逃しちゃった」
やっぱり静先輩に似ているのでしょうか。
正確には静先輩が似ている…になるのですけれども。
「あ、ほら。あちらの背の高い方が東雲様のお父上様よ」
横顔がちらっと見えました。
如月父とは反対側の保護者席の一番前に座りました。
「……本当に?」
「お疑いで?」
「だって、すごく真面目そうに見えるよ…」
「ふふふ、ほら」
副委員長は携帯を操作して写真を見せてくれます。
「……あぁ、正面から見ると似てるけど…やっぱり雰囲気が全然違うね」
貴雅先輩が柔ならお父さんは剛。
似ているのに似ていない。
何とも不思議な親子ですね。
「ところで、どうして副委員長はこんな写真をもっているのか聞いても?」
「園遊会をご存じ?」
「…名前だけ」
「昨年の初秋に如月様の家のお庭で撮られた写真よ」
「……ということは、副委員長も列席した一人なわけね」
「ふふふ。如月様を激写したかったんだけど、この時はお会いすることができなくて」
「…なにゆえ貴雅先輩を撮ったの?」
「実は友人が東雲様のファンなの」
「なるほど」
静先輩のお宅のお庭って大きいんですね。
想像もつかないですけど。
人を沢山呼べるんですから、相当ですよね。
「あ、来賓の方が入って来たわ」
ホールの奥のドアが開いて、数名の大人が理事長と共に入って来るのが見えました。
ということは、いよいよ卒業式が始まります。
司会の先生がマイクスタンドの前に立ったので、観客席の在校生も静かになりました。
「これより、泉都門学園高等部卒業式を開始いたします」
その言葉にドキンと心臓が跳ねて体が震えます。
とうとう、卒業式が始まってしまいました。
私たち一年生は、ホール入り口の上の方の席に座っているので、卒業生が入ってくるところを見れるのは両側にいる二年生と端の一年生です。観客席はU字の形をしています。一組はまさにU字の下の方に席があるので、後ろ姿でしか見えないという残念な席なのです。
「卒業生入場」
入場曲が流れて、ホールの一番大きな扉が開かれた音がしました。