第百八十九話 父の気持ちside龍矢
「陽向っ」
ぎゅっと抱きしめられて、嗚咽をもらしながら陽向は学を見た。
「お父さ…っ」
「大好きだよ、嫌いになんて絶対なるもんか」
「お父さんっ」
「何でも聞くよ、どんなことを聞いたって嫌いにならない。陽向がイヤだっていっても、絶対嫌いにならない」
「お父さんっ、あのね、あのね」
「うん」
「一緒に走りたかった」
「うん」
「手を繋いで、ゴールしたかった」
「うんっ」
「お父さんとっ、一緒に走りたかったのっ」
「僕もだよ、僕も陽向と一緒に走りたかった」
陽向が驚いたように学を見つめる。
「お父…さんも?」
「あぁ、一緒に走りたかった。先生と手を繋いでゴールしている映像を見て、悔しかった」
「お父さん」
「何で、ここに僕はいられないだろうって。卒業式も入学式も運動会も学芸会も。どうして僕は…」
「お父さんも? お父さんも寂しかったの?」
「寂しかったよ。いつも行事に参加している龍矢を羨ましいと…思ってた」
学がこちらをちらりと見て、苦笑して見せた。
本当は自分が行きたいという気持ちを抑えている学を見てきた俺は、少し分かるような気がした。
「でも、感謝の方が大きいかな。陽向をひとりぼっちにしないですんだ」
学の言葉に隣にいた華も頷く。
だから、俺は笑って口を開いた。
「俺が、もっと早く華に求婚していれば良かったんだろう?」
俺の言葉に全員がキョトンとした顔をした。
先生や看護師まで、そういう顔をしたので笑い出しそうになるの堪えるのが少し辛かった。
「陽向が小学生の時に俺が華と結婚していれば、陽向と一緒に走れたんだ。つまりは、俺のふがいなさが悪いってことだ」
キョトンとした顔のまま固まっていた陽向が、数回瞬きをした後、目を見開く。
「りゅ、龍矢さ…」
「はぁ、すまないな。陽向。俺のせいで寂しい思いをさせて」
「龍矢さん、ちがっ」
陽向は首を勢いよく横に振って、軽い目眩を覚えたらしく学に支えられている。
「あの時の俺はだな、色々とうじうじ悩んでいて」
「いや、龍矢、それは…」
学が半分呆れたような顔をした。
だが、隣の華は小さく笑っている。
「ふがいない大人たちですまん、陽向。だが、俺たちは陽向を愛している。榊家は陽向を自分の子供に欲しいくらいだ」
「だ、だめだぞ! 陽向は僕の子供だっ」
俺たちのやりとりに、先生が口を押さえて笑い出した。
「先生っ!?」
「し、失礼しました。でも、陽向ちゃんが笑っているので」
「えっ」
「陽向」
「ありがとう、龍矢さん。龍矢さんとも走りたかった。華さんとも手繋いで走りたかった」
華が泣きながら頷く。
「先生、ベッドから降りてもいいですか」
「うん、いいよ。手をかそう」
「ありがとうございます」
学と先生に支えられてベッドを降りた陽向は、俺たち夫婦の前に立った。
「お父さんお母さん、ありがとう」
二人まとめてぎゅっと抱きついてくる。
「ひ、陽向? お父さんは僕だよね?」
「龍矢さんの方がずっとお父さんらしいことしてくれたよね」
「陽向っ」
「冗談、冗談よ。パパ」
パパと言う言葉に固まる学。
「あれ? ずっとそう呼んで欲しかったんじゃなかったっけ?」
「呼んで欲しかったけど…えっ、龍矢がお父さんで僕がパパ?」
「うん、今日だけ。今日だけ…そう呼ばせて」
俺たち夫婦は陽向を抱きしめた。
「ずっと呼んでくれてかまわないぞ」
「龍矢!」
学が慌てたように叫ぶ。
「そんなことより…」
華が言うと、学が「そんなことよりってひどい」と言い病室の隅にいってうずくまった。
そろそろ、その癖やめないか、学。
「陽向、敬語がなくなってる」
「「「あ」」」
今頃俺たちは気が付いた。
小学生のいつからか、ずっと貫き通していた敬語がなくなった。
「陽向」
「ありがとう、そしてごめんなさい」
「謝ることないのよ」
幼い頃に、もっと早くに。
気づいていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
だが、今だから。
今だったから。
そういう風にも思う。
傷が無くなったわけじゃない。
でも、それを俺たちは支えていける。
それを許されたのだと思う。
家族なんだと。
それが身にしみて、柄にもなく涙が出た。
ご都合主義でしょうかね?
でも、父親も同じ思いだったということが
陽向の一番の薬でした
相手にも感情があるという認識は
理解していても、なかなかわかっていないのかもしれません。
次回から陽向視点に戻ります。