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私は急に止まれない。  作者: 桜 夜幾
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第百八十七話 涙 side華



 早朝。

 陽向の病室に行くと、すでに起きていて泣いていた。


「陽向」

「ハナさ…んっ」

「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」

 慌てて駆け寄ると、弱々しく首を横に振った。

「何でもない」

「でも泣いてるよ」

「何でもない」

 後ろから入ってきた龍矢が、濡れタオルを持ってきてくれた。

 優しく拭いて手を握る。

「陽向」

 声をかけると、ふっと気を失うように眠ってしまった。


 先日先生と話をして、昨日からカウンセラーが入っているので、疲れているのかもしれない。

 陽向は、高校生の陽向に戻れるのかしら。

 顔色の良くない陽向の額を撫でて、隣に立っていた龍矢を見上げた。

「大丈夫だ」

 根拠はないけれど、誰かにそう言って欲しかった。

「ありがとう」

「いや…。俺にも責任がある」

「龍矢?」

「側にいたのに気づいてやれなかった」

「違うわ、それは…」

「違わない。俺だって陽向の家族だ、そうだろう?」

「ええ。ええ、もちろん」

「だから、一緒に背負わせてくれ。俺たち家族で陽向を支えていこう」

 

 陽向がこのままだと、休学か退学になるかもしれない。

 学園側の話では、春休みまでなら待てるとのことだった。

 新学期になってしまえば、休学となる。

 

 今日は二月二十日。


 三年生を送る卒業式には間に合わないかもしれない。

 

 目を覚ました後、朝ご飯を食べてまた眠りにつく。

 十時頃、晃君が病室にやってきた。

 面会謝絶と札が下がっているので、許可された人しか通れないため、看護師さんには晃君を通すようにお願いしてある。


 私と龍矢を見て、その場で土下座しようとしたのを龍矢に体を引っ張られて阻止されていた。

「そんなことしても陽向は喜ばないわよ」

「……っ」

「いつも陽向は貴方の話をする時、優しい先輩なんだって言ってた。とても辛いときに、支えてくれたんだと」

「自分も幼い時に母を亡くしていますので、少しは分かってあげられていると思っていました。思い上がりです。同じ境遇でも、決して同じ心情ではない。壁があるのに、温もりを求める傾向にあったので自分の考えを過信していました」

 陽向自身も分かっていなかったのね。

 きっと。


「自分の軽率な行動で、陽向さんの心をこ…」

「壊れてはいないわ。ただ幼少の頃に戻っただけ」

「しかし…」

「今は、陽向の心の声をなるべく沢山たくさん吐き出させないといけないと…先生が言っていたわ」

「吐き出させる…」

「貴方がしたことは、本当は私たちがしなくてはならないことだった。だから、貴方が私たちに頭をさげることはないの」

 壁を壊して陽向の幼い心を抱きしめなければならなかったのは、私たち。

「昨日ね、運動会の話をしてくれたの」

「運動会?」

「親子で参加する競技があってね。それに学と一緒に出たいって。一位じゃなくてもいいから手を繋いで…走りたいって…」

 ぐっとこみ上げてくるものがあって、私はしばらく口を開けなかった。

 何か話せば泣き出してしまいそうだったから。


「小さい頃にあった思いを、そのままずっと抱えていたようなの」

 

 親戚に言われた言葉を聞いたときには、あの頃に戻って怒りたかった。

 今、怒ろうにも、その人は故人なのだ。


 陽向が父親のぬくもりを求めてはいけないなんて可笑しすぎる。

 それでなくても、陽向はずっと戦い続けていた。


 高学年になると龍矢から護身術を習ったり、防犯グッズを自分で調べて教えてくれたりして。

 接近禁止命令を破って陽向に害をなそうとした人がいて、それをたった一人で撃退した。穴の開いた鞄を見たときの恐ろしさを今でも覚えているくらい。

 

 さびしい…でもこわい。


 昨日の最後に呟いた陽向の言葉。

 すべての質問が終わって、先生が帰ろうとした時に呟いた言葉。


 その言葉を聞いた時。

 私は、自らも子供の時に戻ったような感じがした。

 


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