第百八十三話 手を繋いで
目の前で運動会が繰り広げられていました。
トラックを小学生たちが一生懸命走っています。
見知った顔を見て、あぁこれは私の小学生の時の記憶なんだとわかりました。
音は水の中にいるような感じで歓声や応援の声が籠もって聞こえます。
遠くで自分の参加する種目の選手を呼ぶアナウンスが聞こえました。
誰かと手を繋いでスタート地点に行きます。
横にいる人を見上げて。
私はそれが何の競技だったのかを思い出しました。 父親と参加する競技だったのです。
でも、私の隣には父はいませんでした。
その当時、まだ華さんは龍矢さんと結婚をしていませんでしたので運動会に参加できず、当日来られない父の代わりに私は先生と手を繋いで立っていました。
先生と手を繋いでいたのは私だけで。
がんばろうねと優しく声をかけられた時、スタートの合図が鳴りました。
途中まで一緒に走って、指定された場所に用意されたボールを私たち児童が投げ、数メートル先に走って置いてあるバケツで父親が受け取る。そしてまた手をつないでゴールする…という競技でした。
私と手をつないでいた先生は新任の先生だったのでとても若く、しかもスポーツが得意な先生だったので私と先生が一位になったのです。
バケツからこぼれたボールを追いかける親子が楽しそうに笑いながら、後から手を繋いでゴールする様子が見れました。
一位なのに嬉しくない。
でも、先生にそんな顔をできません。
ありがとうございますと言ったら、とても喜んでくれました。
その話を夏休みに父方の親戚の家へ行った時、何気なく話して、親戚の人に叱られた記憶がありました。
ー世の中には辛い人がたくさんいる。
あんたは恵まれているのに、まだ欲しがるのかー
私はただ、父と一緒に走りたかった。
でも、できないこともわかっていました。
一位を取って誉められましたけど、一位じゃなくてもいい。
お父さん、あなたと手を繋いで走りたかった。
ただ、それだけ。
おまえがいなかったら、あの人と結婚できるのに!
おまえがいなかったら、彼はとっくに結婚しているだろうに。
何度言われたことでしょう。
私がそばにいなければ、お父さんは幸せになれますか?
お父さんに幸せになって欲しいんです。
私が邪魔だというのなら。
私は…。
あの時、何と言ったのでしょうか。
父の悲しそうな顔がありました。
大好きだから。
幸せになって。
お父さん。
強くなるから。
一人でも生きていけるように強くなるから。
だから、せめて。
その時までは。
ソバニイサセテクダサイ。