第百八十話 バレンタインです
用意したチョコレートを朝、出かける前に父に渡しました。龍矢さんはお仕事だし、そもそも一緒に住んでいるわけではないので、前日に華さんにお願いして今日渡してもらえるようにしました。
今日帰ってきてから渡す元気がないからです。
鏡の前で自分の顔をジッと見た後、軽く頬を叩いて喝を入れます。
決めたことです。
誠実にお答えするのが、正しいはずです。
自分自身に頷いて、鞄を持つと家を出ました。
登校してみて、晃先輩の言葉が本当だったことがわかりました。
登校日では無いのに、三年生がほぼ全員登校していたからです。
三年生のフロアにて晃先輩を捜すのを諦め、自分のクラスに行きました。
朝のホームルーム後、担任の西福先生とクラスの男子全員…とは言いましても三名ですが、女子からチョコレートをプレゼントされました。
嬉しそうに受け取った男子たちが「ありがとう」と言うときに頬を染めていたのが印象的でしたよ。
お昼休みには学食の生徒会専用個室にて、芹先輩と修斗先輩に私たち女子三人からチョコを渡しました。
静先輩と貴雅先輩は後から生徒会室で会えるとのことでした。
朝から晃先輩の影が見えませんね。
引き延ばすのはあまり好きではありませんが、放課後に会った方が良いことはわかっています。
いつも通りに昼食をとって、用事があるので先に一人で個室を出ると数名の女子が立っているのが目に入りました。
「あ、あの。一条様は中にいらっしゃいます?」
「はい。お呼びしましょうか?」
「い、いえ。出て来られるまでお待ちしています」
「そうですか」
胸にチョコレートを抱えていますけれど。
溶けませんかそれ…。
目が合って、私の視線に気づいたのか慌てたように持ち直しました。
ええ、その方がよろしいかと思います。
職員室に行って、生徒会顧問の先生にもチョコレートを渡した後、二年生のフロアに行きました。
甲田先輩が教室にいましたので、応援団の皆さんにという名目で渡しました。
「良いんだね?」
「はい、皆さんにですから」
「うん、了解」
晃先輩がいれば、また甘いと言われることでしょう。
「もう計画は終わっちゃったけど、またカフェでお茶飲もうね」
「はい」
パフェとベーグルサンドが私を待っています。
「応援団にチョコレートありがとう」
「どういたしまして」
手を振って甲田先輩と別れた後、自分の教室に戻りました。
午後の授業に集中しようと試みましたが、できるはずもありません。
後で真琴にノートを見せてもらいましょう。
はぁ…とため息をつくと真琴が肩を優しく叩いてくれました。
「大丈夫?」
「なんとか…」
自分がバレンタインデーにそわそわすることになろうとは、思ってもみませんでした。
携帯を見ると華さんからメールが届いていて、晩ご飯は作らなくて良いと書いてありました。
そうですね、きっと作れる状況じゃないと思います。
ありがとうございますと返信して、時計を見ました。
後、一つ授業が終われば放課後になります。
目を閉じて深呼吸をしていると、授業の始まりを知らせるメロディが流れました。
焦らすつもりじゃないのですが…
次回、晃先輩ときちんと会います