第百七十九話 もうすぐバレンタインです
チョコレートを贈るというのは存外難しいことでして、義理チョコだから何でも良いというわけには、いかないわけであります。
価値観の違いから手作りの重さも違ってきますし、この日が嫌いという方もいらっしゃるわけです。
お菓子メーカーの策略だの陰謀だのと言いつつも、楽しいことには乗っかっちゃう日本人気質が大好きな私ではありますが、贈る側としましてやはり悩んでしまうわけです。
この時期限定で売られる特別なチョコレートの眩しさについつい足を留め。
誰に贈るかではなく、食べてみたいなと思っている女子が少なくないことを昨今の情報として知っておりますが、手作りキットの増加にやはり男子は手作りが欲しいのだろうかと…それとも手作りで贈りたい女子が増えたのでしょうか。
「陽向、何、唸ってるの?」
華さんがカートを押しながらやってきました。
帽子を目深にかぶりサングラスをかけています。
どこかのモデルさんみたいで格好良いですが、やはり目立っています。
うーむ、帽子とサングラスでも華さんの美しさは隠せない様子ですね。
「手作りにするべきか、既製品にするべきか…それが問題だ…なんて考えてました」
「あはは、うちの二人はどっちでも喜ぶと思うよ」
「そうなんですよねえ」
周りが集まりだしたので、移動しましょうか。
「珍しいわね、まだ用意してなかったんだ?」
「はい、今年は昨年よりも数が増えますし。全部同じにするべきか…個々で変えるべきか…」
昨年は父と龍矢さん、後は友チョコとして和香に。そして華さんとバレンタイン前に美味しそうなチョコを買って一緒に食べました。
「今年は色々忙しくてゆっくり選べていなかったんです」
「本命は」
「いませんので」
「そっか」
「華さん、これとこれ買って良いですか」
シックなラッピングとピンクのラッピングのチョコを指すと、華さんが笑いました。
「食べ比べ?」
「はい」
やはり、自分で食べて美味しいものを贈りたい…しかし問題は私が食べて美味しいものを皆さんが美味しいと感じるか否か。
「難しいこと考えてないで、そのまま贈れば良いのよ」
「でも」
「チョコというよりは贈ってくれるっていう気持ちだからね、バレンタインは。そもそもはチョコじゃなくても良いんだから」
「あぁ、そうですね。でも、何を贈って良いかわからない人には示唆してくれると助かりますから、勝手にとはいえチョコに決めてもらえるのは、良かったのかもしれませんね」
「優柔不断な日本人には良いって?」
「まぁ国民全員が優柔不断だとは思っていませんけど」
もう一つチョコを手に取ると、華さんが笑ってカートに入れてくれました。
「贈るものを決める段階で諦めてしまうよりは、良いかなと」
何やらこっそりと付いてきている人がいるみたいなので、買い物を早く済ませた方が良さそうです。
丁度、カート置き場が近くにありましたし、カゴの中身はそれほど重いものではありませんでしたので、カートを戻してカゴを持つと華さんの手を握りました。
「さぁ、撒きましょう!」
「え?」
後ろから「あっ」と声がしましたが振り返らずに棚を曲がります。
何度か曲がってからレジに並び、向こうがこちらに気づいた時には精算を終えているのでした。
バレンタイン前後は買い物に出ない方が良いですね。
昨年は前日でもバラの花束を持った男性が華さんに近づいていましたから。
一昨年だと「お姉さんに渡して」と私に配達を頼むような人もいましたし。
速攻お返ししましたけど。
いい迷惑ですよ、本当に。
「陽向、眉間にしわ寄ってるよ」
「嫌なことを思い出してしまいまして」
こういう時は美味しいものを食べるに限ります。
帰ったらさっそく食べてみましょう。
さて、今年のチョコレートはどんな味がするでしょうか。