第百七十六話 作戦開始の前日です
面と向かって言っても引っかからないので、それとなく聞こえるように話す…というのも大変難しい技です。
「そこは…自分に任せてくれると嬉しい」
修斗先輩がふっと微笑んで私の頭を何故か撫でました。
「修斗に任せておけば大丈夫だ」
晃先輩も撫でてきます。
「僕らは日向待ちだね」
そう言って甲田先輩も頭を撫でてきました。
「そうそう、のんびり待とうー」
芹先輩が後ろから抱き着いてきたので、腕を解こうとしましたら他のお三方に剥がされていました。
「芹」
「ちょっとしたスキンシップじゃないですかー」
口を尖らせて言うのは可愛いですけど、抱き着くのはやめてくださいね。
甲田先輩に二人っきりで応援団部室にて相談する…という話を偶然を装って日向先輩の耳に届くようにしてもらうのですが。
甲田先輩のご迷惑になりませんよね?
「んー、まぁ何とかなるよ。でもそれとなーく日向に言ってきたから引っかかると思う」
「言ってきた…って何を…」
「えーとね。陽向ちゃんって可愛いよね談義をしてきた」
「はぁ?」
意味が分からないのですが。
「直接言うとさ、あいつも訝しむから。気になってるよアピールしてきた」
なるほど、そういうことですか。
「それで、これがセリフねー」
「セリフ?」
「そうそう、中を伺っている日向に入って来てもらうには、これを言ってもらわないとね」
紙を渡されたので一応読んでみました。
“陽向:嬉しいです晴来先輩”
「いきなり下の名前ですか」
甲田先輩は甲田晴来がフルネームです。
「それくらいじゃないとびっくりしないでしょう」
“陽向:はい、良いですよ”
「あの、これ私のセリフしかないのですが、甲田先輩のセリフは?」
「うんうん。これは本番じゃないと言えないなぁ」
「打ち合わせしておかないと、難しくないですか? そもそも演技できるかどうかわからないですし」
「大丈夫大丈夫」
「はぁ」
ちらっと生徒会の先輩たちを見ますと、困ったような顔をしていました。
ちょっと嫌な予感です。
「応援団員には窓の外に立ってもらう、これは良いよね?」
「はい」
窓の下に応援団員の方が数名がいてくれるそうです。合図をするまでしゃがんで待機というのも大変ですよね。
すみません。
「生徒会の皆さんは階段下に隠れてもらって、日向が入ったらドア前に待機ですね?」
なるべく日向先輩と二人で話したいのですが、それはダメだと皆さんに言われてしまったので甲田先輩立ち会いで話すことになりました。
「それでは、決行は明日の放課後ってことで」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げた後、顔を上げると皆さん頷いてくださいまして。
修斗先輩がすぐに生徒会室を出て行きました。
「甲田先輩、本当に練習しなくても大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫。このセリフと違っても了承の言葉を言ってくれれば良いから」
「何をさせるつもりですか」
「日向を応援団部室に入らせるためだから、ちょっとしたことをね」
「ちょっとしたことって何ですか」
「当日のお楽しみ」
「困ります」
「それなら、練習する? 言ってみて」
「え、今ですか」
先輩方の視線が集中する中で言うというのも、何とも…恥ずかしいのですが。
「はい、言ってみて」
「“う、嬉しいです晴来先輩”」
「固い固い」
「そんなこと言われましても」
「うまく行ったら、ベーグルサンド奢っちゃおうかな」
「本当ですか! 嬉しいです」
「ほら、それそれ。その感じ」
演技って難しいですね。
その感じと言われても、再現することができません。
俳優さんってすごいなと改めて思いました。
「期間限定パフェもつけちゃおう」
「頑張ります!」
「うんうん、そのいき」
何回も練習して何とか棒読みは回避できましたが、リアルかと聞かれるとほど遠いような気がします。
「心配です」
「大丈夫だって」
甲田先輩がポンポンと肩を軽く叩いてくれまして。
真琴が淹れてくれたお茶を飲んで、少し肩の力を抜きました。
「さて、それじゃ俺はそろそろ帰るね」
「あ、はい。ありがとうございました。明日よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
晃先輩が開けたドアから甲田先輩が出ていく時に、お二人の視線が重なって甲田先輩がニヤッと笑ったのに気づきました。
晃先輩の眉がぴくりと動いていましたよ。
「どうもー」
甲田先輩が出てすぐにドアを閉じた晃先輩は、むっつりと黙って私の隣に座りました。
その後、皆さんがしばらく沈黙のまま動かずに考えていたようで私は明日の事だというのにもう緊張してきました。
本当に大丈夫でしょうか。
日向君一人を捕まえるのに大げさな作戦ですが
そこはそれとして楽しんでいただけると嬉しいです