第百七十一話 本当のこと(2)
「馴れ初めを聞きたいのは山々なのですが、できれば先に結論を言ってほしいと思うのです」
「あぁ、ごめん。陽向は間違いなく僕と奏の子だよ」
「本当に?」
「うん、親戚連中が煩いからDNA鑑定だってしたんだから」
「そ、そうだったんですか」
後見人だった伯父夫婦も反対していたけれど、さすがにおなかに子供がいると分かって、しぶしぶ了承したのだとか。
「でも、どうして血が繋がっていないと言われてたのでしょうか」
「どこにでも余計なことをする人ってのがいてね。ママの以前つきあっていた人を調べてきたんだ」
「え?」
「その人の子供だろうって言われた」
まだ私が生まれていないので、その時は何度言葉で説明しても理解してもらえなかったそうです。
「陽向には辛い思いをさせてしまったね。でもね、僕らはまったく似ていないわけじゃないんだよ」
「似ているところありますか?」
「もちろん。耳がね、そっくりなんだって」
楽しそうに笑って父は耳をひっぱりました。
「耳ですか」
「うん、写真を見て」
携帯のフォルダに入っている自分の写真と、隣にいる父の耳を見比べてみました。
「あ…」
「ね?」
「………はい」
今まで顔の造形ばかり比べていたので、気づきませんでした。
「陽向は僕の子供だよ」
「うん」
よしよしと撫でてくれて、思わず涙が出ました。
「ただ、育児に関しては、ほとんど姉さんに育ててもらったような気もする」
母は私が生まれて少ししてから亡くなってしまったので、そうなのかもしれません。
幼稚園に上がるまで一緒に暮らしていたので、父がいないときは華さんが面倒を見てくれていたのです。
「少しホッとしました」
「少し?」
「どちらだったとしても、お父さんは私のお父さんですし」
「うん…ありがとう」
「お母さんってどんな人でしたか」
「儚げで…でも強い人だった。こうと決めたら譲らないところとか…陽向は良く似ていると思うよ」
「そうですか」
写真はあまりありません。
結婚して出産して亡くなるまでに二年ほどしかなかったうえに後半は病院に入院していたのですから。
「お父さん」
「ん?」
「再婚しないんですか」
「ここで聞くー?」
父はのけぞりました。
「だって…お母さんと二年しか過ごせなかったのでしょう?」
「…そうだね」
「この前デートした方は?」
「……つきあうまでにいたりませんでした」
「何故に」
「視線に耐えられないって」
「なるほど」
はふぅとため息をつくと、父は笑いました。
「好きな人ができたら言ってくださいね」
「うん、陽向もね」
「う」
「口を出すつもりは…ないと言いたいけど」
「出さないでください」
「陽向が幸せになるなら」
「それはずるいです」
「だって、陽向は家事全部できるし、いつでもお嫁にいけちゃうから」
「まだ行きません」
「うん、まだ僕の陽向でいて」
「そういうのは彼女に言うように」
人差し指で鼻頭を軽く押すと、父はくすっと笑いました。
「彼女ができたって、陽向が可愛いことには変わりない」
「それはどうもありがとうございます」
「棒読みだよ」
「見目麗しき方に可愛いと言われてもあんまり嬉しくないものなのです」
「可愛いよ、可愛すぎて手放したくない。まだそばにいて」
「いますよ。まだまだ」
「うん」
「お父さん」
「なに?」
「ありがとう」
後見人がいたとはいえ、まだ学生だった父が結婚して子供を育てるのは大変だったことと思います。
母が亡くなってしまって、私を里親に出した方がいいと言った人がいることを知っています。
それでも私を手元に置いて育ててくれました。
華さんと、途中で龍矢さんも加わって。
ここまで見守ってくれました。
「大好きです、お父さん」