第百七十話 本当のこと(1)
晃先輩に会うこともなく、本日の仕事が終わりまして。
帰りは日向先輩に会うこともなく、一人で帰宅しました。
家に帰ると華さんが出迎えてくれるかと思いきや、すでに父が帰ってきていました。
早く帰るといつもいう時間より、さらに早いです。
「お父さん、早いですね。華さんは?」
「買い物に行った…というか席をはずしてもらった」
二人きりで話がしたいということのなのですね。
わかりました。
「着替えてきますから、待っていてもらえますか」
「うん」
やはりここは落ち着くためにも、手洗いうがいからです。
顔も洗ってすっきりしたところで、部屋に戻って着替えました。
リビングに行くと、父がソファに座って目を閉じています。
「お父さん。お待たせしました」
「うん、ここ座って」
父が隣を指定したので、素直に座りました。
正面に座って話すほど気持ちが固まっていませんでしたから、顔を見ずに話せるのは少し楽でした。
「陽向…告白されたんだってね」
そっち!? そっちが先ですか!?
「ずっとずっと先のことだと思ってたのに…くぅ」
そこで目頭押さえて泣かないでください。
「お嫁に行ってもここは陽向の家だからねっ!」
先走りすぎですよ…。
「あぁぁぁぁぁ、でもやっぱり、陽向がそばにいないと息が吸えないいいい」
「いえ、吸えますって」
「そこ、冷静すぎぃぃぃ」
「あの、お嫁にいくうんぬんは遙か彼方先だと思われますから落ち着いてくださいね。そもそもどちらにもお答えしていませんし」
「え、二人に告白されたの?」
あ、失敗。
「そうだよなあ、陽向は可愛いもんねぇ。うんうん」
「身内びいきはいいです」
「本当のことなのにー」
隣からぎゅっと抱きしめてきて、頬ずりされました。
「あの、お父さん」
「ん?」
「背中を押されなかったら一生言わなかったかもしれないので、そこは晃先輩に感謝しつつお尋ねしたきことがありまする」
「うん、何で後半時代劇チックなの?」
「緊張をごまかすためであります」
「…うん、続きをどうぞ」
私はゴクリと唾を飲み込んで。
父の顔を見ずに話し始めました。
「幼い頃から、ずっと言われ続けてきましたよね。“似ていない”“血がつながっていないんじゃないか”って」
「……」
「悩んで悩んで、中学生の時にどちらでもいいやって考えにいたりました。愛情は過多なくらい注いでもらっていましたし。私もお父さんが大好きですから」
「陽向」
「でも、結局。蓋をしていただけなのかもしれません。現実から目をそらしていただけなのかも」
「それが悪いことだとは思わないよ」
「はい。でも勢いがついてしまったので…お尋ねしたいと思います。きちんと答えてくれますか?」
「うん」
「お父さん。私は……貴方の娘ですか? 血が繋がった子供ですか?」
父が答えるまでの時間がとても長く感じられました。
「どこから…話していいのか分からないけど。まず先に謝っておくね」
「え?」
「陽向にそんな話を聞かせるような親類がいたことを申し訳無く思う」
「お父さん」
「小学生の頃だろう? 言われたのは」
「面と向かって言われたわけじゃありませんよ。偶然聞いたんです。“あれは他の男の子供だろう”って」
私を抱きしめていた父の腕の力がぎゅっと強くなって、痛いくらいでした。
「お父さん」
「あぁ、ごめん。ちょっと昔に戻って暴れたい気分だ」
ため息をついて、父は少し力を緩めてくれました。
「亡くなった人だけど、この怒りどうしてくれるんだ」
現在、近い親戚は誰もいません。
遠縁を探せばもしかしたらいるのかもしれませんけど。
「お父さん」
「あぁ、ごめん。えーとそうだな。陽向のママとの出会いから話そうか」
思い出しているのか、斜め上を見て微笑みます。
「あの日は土砂降りでね…傘を持ってなかったんだけど、追いかけられてたから、そのまま高校から走って帰宅しようとしてたんだ」
「高校生の時に出会ったんですか」
「うん、三年の夏だね」
高校生の父を想像して、なんだかくすぐったいような不思議な感じを覚えました。