第百六十七話 突然の…
全員がそろったところで、ようやく帰宅とあいなりました。
精神的に疲れましたよ、とっても。
皆さんが寮へ戻られるので私はいつも通りに生徒玄関で別れて駐輪場へ向かおうとしました。
「陽向、途中まで一緒に行こうか」
「晃先輩?」
「今日は自宅の方へ帰るんだ」
「そうなんですか」
三年生はそろそろ寮を出る準備をする頃ですもんね。
自転車を持って来て、途中まで一緒に帰ることになりました。
「お部屋はもう決まったんですか?」
「あぁ、三月には入ることになっている」
「卒業式当日からですか」
「たぶん、他の一部のやつらも同じだと思うぞ」
「卒業祝いに引っ越し祝いで大変ですね。あれ? でも晃先輩は自宅から通える距離ですよね?」
「まぁそうなんだがな。一人暮らしを経験しておけと言われた」
なるほど。可愛い子には旅をさせろみたいなものでしょうか。
「静と貴雅は自宅からだな。警護の問題があるんだろう」
「大変なんですねえ」
「大学部に入れば、それぞれ家業に力を入れる時期になってくるからな。学園に入ってしまえば危険は格段に減るが」
「今まで、そういう家の方だということをあまり考えませんでしたけど」
「そんなに変わらんだろう? 育った環境は違うが同じ人間だからな」
「相容れない部分はあると思いますけど」
「立場が違うという点ではな。だがそれで排除するのは違うだろう?」
「……何ですか。お説教でしょうか」
「いや。今まで自分で見てきたことを思い出せばいい。立場が違うというだけで、排除しないで欲しいというのが俺様からの友人としての願いだな」
ぽんぽんと軽く私の頭を叩いて、晃先輩は笑いました。
「選ぶ権利はあちらにあるのでは?」
「権利ときたか。友人を選ぶ権利ね。損得で友情を決めるのか?」
「それは…その。一部の方はそうでしょう」
「……。陽向は真由や真琴がお金持ちだから友達になったのか?」
「違いますよ」
「だったらそれで良いじゃないか」
「……簡単に言いますね」
「簡単なことだよ」
「そんな」
「簡単なことだ。真由も真琴も、陽向が庶民だから友達になったわけじゃない」
「それは…」
「学園を卒業すれば、接点がなくなると思っているだろう?」
「……。先輩」
「それも、お前からじゃなく向こうから切られるとでも思っているのか?」
「……私は」
「陽向。何を怖がっている?」
「晃先輩」
「どこか一枚壁を隔てているように感じるの、俺様の勘違いか?」
何も。
何も返す言葉がありませんでした。
「わ、私は…」
「陽向。少なくとも俺様は、大学部に行っても陽向に会いに来るし、大学部を卒業したって会いに行く」
「晃先輩…」
「もう少し踏み込んでも良いんじゃないか?」
「…壊れるとしても?」
「壊れるのが怖いのか?」
「怖いです。晃先輩は怖くないんですか」
「…怖いな」
「だったら」
「だが、壊さなかったら陽向は壁の向こうのままだ」
「…っ」
「新たな壁ができるのだとしても。今の壁を壊さなくては何も始まらない。そうだろう?」
「でも」
「今日。言うつもりはなかった。だが、壊すことを怖がるのなら。俺様から壊してやろう。陽向」
晃先輩が立ち止まったので一緒に立ち止まりました。晃先輩が私の自転車のスタンドを立てて倒れないようにします。
人通りの少ない交差点で、私はこのまま真っ直ぐ進み、晃先輩は左へ曲がると家へと続く道です。
晃先輩は私の両肩に手を載せました。
「先輩?」
少しの間があった後、晃先輩の口が開きました。
「俺様の借りる部屋は大学部の大門の真ん前にあるぞ、良いだろう」
「えっ」
「理事長権限を使った」
「ずるいですね」
「ずるいだろう?」
突然の話の転換に驚いてしまいました。
さっきまでの空気はなんだったのでしょう。
「いつでも遊びに来ていいぞ」
「皆さんと遊びに行きますね」
「部屋が二つあるんだ」
「はあ」
「陽向が泉都門学園の大学部に進むなら、ルームシェアしてもいいぞ」
「……。自宅から通いますので」
「大門真ん前だぞ」
「…そうですね」
「すぐ…そこだ」
「……二年間物置にするつもりですか」
「三月から一緒に住みたいというアピールか?」
「あの、高校生なのですけど」
「そうだな」
「女性ならまだしも、男性の先輩というのは父の許可が下りないと思います」
「俺様に女装しろというのか」
「あのですね。からかって遊ぶのもいい加減にしてくださいね」
「まぁ。まだ二年あるからな。いつでも言ってくれ」
「自宅から通います!」
「大門前なんだがなぁ」
「それは分かりましたっ! さようなら!」
「なぁ陽向」
「何ですか」
「好きだ」
「えっ」
「それじゃあな」
それ以上何も言わず。
晃先輩は歩いて行ってしまいました。
晃君も、何だかんだ言って勇気を出すのに少し時間が必要だったようです。