第百六十四話 先輩の心後輩知らずside飯塚真由
百六十三話の真由ちゃん視点です
お煎餅が美味しくて、ついつい食べてしまってお腹がいっぱいになっちゃった。
晩ご飯食べれるかな? って思いながらソファの背もたれに寄りかかりバレンタインデー当日の入荷予定表を見てます。
「友チョコとか自分チョコも増えてるから、今年も少し多めに入荷予定だって」
苦しくてお腹をさすりながら言うと陽向が少し笑いながら書類をのぞき込んできたの。
「なるほど。バレンタイン限定チョコとかあると、自分で食べたくなるもんね」
今年はどうしようかな。
お父さん食べてくれるかな。
「もちろん、俺様にもくれるんだよな?」
ニヤニヤしながら晃先輩が私と陽向の顔を見ながら言います。
「そうですねぇ。こういう場合は何というのでしょう。義理チョコというのも何だか違うような気もしますが先輩チョコ何て言葉ないですし」
お礼チョコ…だと変な感じかな。
「お世話になってますチョコ?」
首を傾げながら言うと陽向と晃先輩が笑ってくれた。
お仕事でシンとしている生徒会室も好きだけれど、こうして誰かと笑っている時間が大好き。
「名前はどうでもいいから、よこせ」
「わかりました。手作りと既製品とどちらがいいですか」
「どっちでもいいが…何故聞く」
「手作りは重いとか、既製品だと軽いとか。余計なことを言う方もたまにいますので」
誰に言われたの?
「うまいなら、どちらでもいい。なんならチョコじゃなくても良いくらいだ」
「何でも良いんですか」
「もらえるんだろ? 俺様のことを少しでも考えてくれたという結果の物だ。嬉しいに決まっている。さすがに嫌いなものは困るがな」
目を細めて陽向を見ている晃先輩を目の当たりにしてしまって頬が熱くなるのを感じたけど、陽向はぜんぜん気づいてない。
何でかな。
あんなに優しい微笑みを見せるのは陽向だけになのに。
「真由ちゃん?」
「な、なんでもない」
わざとらしく咳をして、書類に視線を移すふりをしつつ、書類の上から陽向を見てため息がでちゃう。
陽向って逆にスゴいなって。
晃先輩は陽向からもらえるなら、何でも良いって言ってるのに。
「二月十四日って三年生は登校日じゃないですよね」
「あぁ。だがほとんどの三年生男子は登校すると思われる」
「……そうですか。寮にいったり配達をしなくてすむのは助かりますけど」
外部生の人が寮に来るのは何だか敷居が高く感じるのだと前に同じクラスの人が言ってた気がする。
別に寮に大きな門があったり、門番さんが立ってたりするわけじゃないのだけど。
「泉都門学園はまだ良いほうだろう。何しろもらえない奴はいないからな。クラスの誰かが必ずくれる。他の学校の男子を考えると何とも言えない寂寥感が…」
そういえば、違う学校に通っている親戚の男子が、チョコをもらえなかったために自分で買ってきて、もらったと言い張るものの、買ったところを見られていたという話を叔父さんたちが、お酒のさかなに話していたのを聞いたことがあったかも。「妻と子供からもらえるだけマシかもなあ」って遠縁の小父さんが言ってたっけ。
「チョコにそこまでの威力が…」
「気にしない奴は気にしないんだがな。やはりもらうと嬉しいものだ」
「そうなんですか」
「白坂高校ではチョコを学校にもってくるのを禁止しようとする動きがあったらしいぞ」
「え」
「生徒の大反対にあって今まで通りになったらしいが」
この騒動の時の生徒会長が女性だったこともあって、白坂高等学校ではバレンタインになると未だに彼女に感謝しながらチョコを渡す風習があると小耳にはさんだの。でも、ちょっとそれ怖い。
「ホワイトデーに何か欲しい物はあるか」
「まだ、バレンタインすら来ていませんが」
「くれるんだろ?」
「ええ」
「だったら良いじゃないか」
「……。晃先輩のさっきのお言葉を借りますけれども、自分を考えてくれた結果でしょうから、晃先輩が考えてくれたもので良いです」
ね? と言うように陽向がこちらをみたけれど。
今はこっちじゃない、こっちじゃないよ陽向。
晃先輩を見て!
その表情レアだよ!
晃先輩が赤くなるなんて、これから先見れるかどうか分からないのに。
陽向って天然なのかな。
ここまで言われて気づかないものなの?
今までの先輩の…というか先輩たちの陽向への行動を見て私や真琴がハラハラしたりドキドキしてるのに。
当の本人は無頓着というか何かもったいないと思っちゃう。
そして気づいてもらえない晃先輩をちらっと見ると、私の視線に気づいたようで苦笑しながら肩をすくめて見せたの。
ねえ、陽向。
気づかないにもほどがあると思うよ。




