第百五十五話 私の三学期が始まりました
やっと登校できるようになったのは、始業式から二日たってからでした。
数日間とはいえ臥せっていたので体力が落ちているだろうから無理をしないように言われて、本日の生徒会のお仕事は少しだけになっています。
お見舞いのお礼に北海道名物某クッキーを持ってきました。
北海道からのメールが届いていたと芹先輩に教えてもらい、読んでみると…やたらと長く読みづらくはありましたが熱意は伝わりました、一応。
後半には私への謝罪が書かれていまして、さらにその謝罪が江本君からのものであることも書いてありました。
江本君のお祖母さんに伝言を頼みましたけど、届いたでしょうか。
「それで、芹先輩。交流するのでしょうか」
「うん、特に問題はないし。北海道との交流ってあまりないから良いかなと思って」
「そうですか」
良かったですね三宅会長。
「ねぇねぇところで陽向ちゃん」
はい、来るとは思ってました。
「この江本君って誰?」
「親戚のお宅の、お隣さんのお孫さんです」
「ふむふむ。それで何でこの謝罪?」
「はぁ…まぁ。色々ありまして」
どこから説明しようかと思っていましたら、静先輩が生徒会室に入ってきました。
「あ、静先輩。こんにちは」
「あぁ、ここにいたか陽向。元気そうで良かった」
「ありがとうございます、お見舞い有難うございました」
「いや、それより例の件で話があるんだが」
「例の件ですか?」
首を傾げると、珍しく私が座っていたソファの隣に座りました。
「例の彼女の件だ」
「あぁ、はい」
ちらりと静先輩が芹先輩を見ました。
「メールの謝罪の話ですから芹先輩も聞きたいでしょうし、そのまま話してください」
丁度生徒会室には三人しかいませんし。
「そうか。まぁいい」
「これから話そうとしていたところだったので、ぜひ静先輩からどうぞ」
「俺が全部か?」
「何しろ私は病み上がりなもので」
わざとらしく咳をしてみましたら、二人が笑いました。
仕方ないなと言って静先輩の口から北海道で偶然会ったところからの話がされました。
「へ~。すごいねー。それで? どうなったの」
「あの時点で具合が悪かったんだな? 陽向は」
「どうやらそうみたいですね」
補足しつつ話を進めて、いよいよ私の知らない話へとうつります。
「陽向から連絡を受けた後、彼に電話をかけた。それで色々用事はあったのだが、合間の時間に会うことになってな。指定された場所に行ったら六人の人がいた」
「六人? 五人ではなく?」
「あぁ。まず電話の三宅に江本佐木太田に佐藤だったかな」
佐藤っていう人は知りませんね。誰でしょう。
「告白したいっていうのに、何故こんなに人がいるんだ? と聞いたら恥ずかしいからと太田が答えた」
「はぁ」
「意味が分からんと言っておいたがな。それでいつ言うのかと待っていたら学校の話やら自分の趣味の話やらで一向に進まん。時間があまりないことを事前に伝えておいたはずなんだが、三十分くらいは勝手に話していたな」
静先輩はテーブルに置いてあったクッキーを口に入れて咀嚼した後、小さくため息をついてまた話はじめました。
「もうそろそろ時間だからと言うとようやく告白めいたことを言ってきたので、婚約者がいるので無理だと答えた」
「え…静先輩、婚約者がいるのですか!?」
「実際はいないがな。ああいう時は、大抵そう答えることにしている」
少し苦笑いをしてクッキーを口に入れました。
「がっかりした顔をして、何も言わずに去って行った。周りにいた奴らが代わりに俺に謝罪していったな。何をしたかったのかが分からん」
告白でしょうと言うと、静先輩は首を振りました。
「初めて会った男にか?」
「車に一目ぼれ?」
芹先輩が黒い靄を背負って言います。
怖い怖い。
「メールの謝罪はそれかぁ」
芹先輩は頷きながらクッキーを二ついっぺんに口に入れます。
「ほれっへはぁ、ほふはふほは」
「食べ終わってから言え」
静先輩に言われて芹先輩が紅茶で流し込むと、おかわりを要求されたのでカップに注ぎます。
「うん、ぬるい」
そういいながらごくごくと飲みました。
「ま、今回は静先輩で良かったよね。僕だったら…ふふふふふふ」
その笑顔怖いですってば芹先輩。
「まぁ、メールの様子から見て、三宅君がこの件を蒸し返すことはないと思うし。交流には問題ないと思うけど」
あの時いたメンバーの中で三宅君だけが生徒会だったようですし、私も大丈夫だとは思います。
「さて、そろそろ陽向ちゃんは帰った方がいいかも」
時計をみると帰る時間になっていました。
「明日様子をみて、明後日あたりから通常に戻そうか」
「はい」
「それなら、俺が送っていこう」
「いえいえ、大丈夫です」
「どうせこれから空港だ。向かう方向は同じなんだから、良いだろう」
そういって我が家に電話をしてしまいました。
芹先輩に帰りの挨拶をして生徒会室を静先輩と出ました。
「また北海道に?」
歩きながら尋ねると。
「あぁ、札幌だな」
まさかわざわざ帰って来てくれたりとかしたわけではありませんよね?
…ね?
「どうした? 陽向」
「いえ…」
「無理をするなよ、ぶり返しては意味がない」
「はい、有難うございます」
「無理をするなら、芹じゃないが修斗に運ばせるぞ」
「無理はしませんっ!」
大勢の目の前でのお姫様だっこは嫌です。
「それでいい」
目を細めて笑う静先輩は、何だか疲れた顔をしているように見えました。
見上げているからでしょうか?
「静先輩も無理しないでくださいね」
「あぁ、ありがとう」
あの時丸投げしなかった方が良かったでしょうか。
少し申し訳ないような気持になりました。




