第十六話 そもそもの話です
その記憶は小学生の時です。
その以前からあったのかもしれませんが、きちんと記憶として残っているのは小学生の・・・それも三年生の頃からでした。
こう言ってはなんですが、私の父は大変モテます。
幼い頃は気づかなかったのですが、父は色気がダダ漏れな残念な男です。
暑がりなのでシャツを、はだけていることが多く余計に色気が出ているようです。ちなみに夏は自宅ではパン一ですよ。
その記憶は小学三年生の夏のことでした。
夏休みの中盤。
忙しい父がプールにつれて行ってくれると言いました。
喜び勇んで付いていけば、見たこともない女性が一緒でした。
女性のあからさまな態度。
顔がついてくんじゃねぇよと言っています。
私としましては、デートだと言ってくれれば付いてこなかったのです。
そう言えば付いてこないことを知っていた父は黙って私を連れてきたのでした。
さらに、デートなのだから私のことをほったらかしにしておけばいいのに、私にかかりきりです。
女性の視線が痛い痛い。
さらに、普通に遊びにきていた女性たちの視線が熱い熱い。
私がお手洗いに行って戻ってきたら、父は囲まれてました。
デート相手の女性が私のところへ来て「ちょっと、あれどうにかしてよ」というくらいでした。
その女性はこのデートの後、二度と会いませんでしたけど。
次の記憶はその年のクリスマスでした。
着飾ってホテルのレストランに出かけたのですが、そこでも知らない女性が一緒でした。
食事中、睨まれる私。
横でニコニコしながら私に話しかける父。
女性がため息を付きましたが、ため息を付きたいのはこっちです!
そんなことが小学校六年生くらいまで続きました。
中学生になって、多少身長も伸びた頃。
父とショッピングに出かけた日のことでした。
新しい服を買いにお店に入る直前。
「その女、誰よ!?」
と声がしました。
そして私はいきなり突き飛ばされたのです。
お店のドアに思いっきりぶつかりました。
ガラスが割れなかった事が驚くくらいの衝撃です。
びっくりして父を見ると、珍しく怒っていました。
そうなんです。
こんな感じの出来事が中学生活に頻繁にありました。
娘だと説明しても。
「嘘つくんじゃないわよ! ぜんぜん似てないじゃない!」
いや、こんな色気ダダ漏れな父に似たくないですけど。
あぁ、天国のお母様。
あなたは何故この人を選んだのでしょう。
なんて現実逃避すること数分。
「このロリコン!」
バシッと痛い音がします。
父を見上げると、頬が赤くなっていました。
「今月何回目?」
「・・・五回目かな」
そんなやりとりがあるくらいです。
突き飛ばされて以降、父は私をかばってくれるようになったので被害を被ることは少なくなりました。
一番怖いのは父がいないところで待ち伏せされたことでしょう。
逃げ回ることで足が速くなりました。
隠れるのもうまくなりました。
ええ、別に忍者になりたいわけではないです。
一人だけ再婚するかもと思った人はいました。
でも、私の知らない間にその方と別れていたのです。
父にしては珍しく一年以上もつき合ったのに、あっさりと別れてしまったので驚いて理由を聞きましたが、教えてくれませんでした。
私が知っているのはリビングの凹んだ壁と父の腫れた手だけです。
それ以降は、また短い期間しかお付き合いできていないようでした。
実のところ、昨日も修羅場に立ち会ってしまったので、余計に平穏を感じたい気持ちがあったのです。