第百五十三話 面倒なので…
「す、すす…む。今の、知り合い!?」
駆け寄った佐藤君に助けられているあたり、彼女が康子さんなのでしょう。目が血走ってますけど、大丈夫でしょうか。
「水崎さんの知り合い」
「水崎さん?」
「こちらが水崎さん。気づいているとは思うけど、こいつがさっき話に出てた康子。太田康子」
「こんにちは、水崎陽向です」
「ちょっ、何あれ、高級車じゃない。紹介してよ!」
「おまえ、挨拶もなしかよ」
江本君が呆れたようにいうと、康子さんが私の服をつかんで引っ張ろうとしたので、もちろん避けました。
よろめいてまた転んでしまった康子さんを今度は佐木君が助けています。
私はその間に三宅会長にアドレスを教えました。
「ここに送ると生徒会に直接届きます。芹先輩に高校名を伝えておくので、件名に高校の名前を書くの忘れないでくださいね」
「ラジャ」
敬礼をして答えたので笑っていると、康子さんが私の服の裾をひっぱりました。
「ちょっと、無視しないでよ」
「挨拶ならしましたが」
「さっきの誰。どういう関係!?」
「江本君。私、このまま帰っても良いでしょうか」
「えっ?」
私は康子さんが服を離そうとしない手を軽くひねりました。痛みが残らない程度です。
「いたっ」
離したところで距離をとりました。
「どういう関係かはこちらの三宅会長が知っていらっしゃいますから、そちらに聞いてください」
迎えに来てもらおうとメールを送った後、江本君を見ました。
「公園楽しかったです。三宅会長もありがとうございました。由香ちゃんもありがとう」
由香ちゃんと言うのは三宅会長の妹さんの名前です。
「お姉ちゃん帰っちゃうの?」
「ややこしいことになる前に帰りたいと思います。皆さんお元気で」
軽く頭を下げて皆さんから離れようとしましたら、余程懲りない性格なのか再び服をつかむ康子さん。
「ちょっと、私に暴力ふるっておいて逃げる気!?」
「康子!」
佐藤君が窘めるように声を上げましたが、まったく分かっていないようでした。
「あんたも、さっきの人狙ってるわけ!?」
私の方が康子さんより背が高いのですが、まるで見下したかのようにこちらを見ます。
「だから紹介したくないんでしょ」
まったくの見当違いも甚だしいとはこのことでしょうか。
とっても面倒。説明するのも億劫。
こういうことは投げ出すに限ります。
私は携帯を取り出して静先輩にかけました。
「もしもし先輩ですか? お忙しいところ大変申し訳なく思うのですが。お時間ありますでしょうか。…え? はい。いえ。…そうです。どなたかの番号を送信しますので、そちらの方にお話を聞いてください。私ですか? 私は面倒なので丸投げさせていただきます。…私にだって投げ出したくなる時はありますよ、もちろん。…はい、それでは。ごきげんよう」
こちらに集中する視線を気にしないようにして。
三宅会長の電話番号を聞き出しました。
「非通知でかかってくると思いますけど、よろしくお願いしますね。私はこれで失礼します」
「あ、送るよ」
慌てたように江本君が言いましたがご辞退申し上げました。
「父にメールを送りましたから迎えが来ますので大丈夫です。皆さんでそのままどうぞ」
ニッコリ笑って見せた後、康子さんの手を再び服からはずして背を見せて歩き出しました。
雪の歩道は歩きづらいことこの上なし。
さっそうと去りたいのですが進まないですね。
途中で迎えに来てくれた車に乗ると、運転は香矢さん、助手席に龍矢さんが乗っていました。
「あ、ご心配をおかけしました?」
「念のためみたいなものだ。大丈夫か?」
「はい、少しつかれましたけど」
後部座席に乗ると、何だか疲れがどっと出ます。
あぁ、手袋のお礼をもう一度言うのを忘れていましたね。
お隣さんに伝言でもお願いして帰るとしましょうか。
途中まで楽しかったのに…。
とても残念な気持ちで、車に揺られていました。