第百四十五話 側にいる人
お店を出ると、何故か人だかりができていました。
あぁ、これは少々面倒なことになるかもとため息が出た時。
「華」
低い声が響きました。
人混みをかき分けてこちらへ来るのは龍矢さんです。
「龍矢」
華さんは龍矢さんの顔を見るとホッと息をつきます。
「迎えにきた」
香矢さんの家に車は一台です。
そしてタクシーを使ったとは思えない、真冬の北海道で汗をかく龍矢さん。
もしかして走ってきましたか。
「遠かったでしょう」
「運動がてらだ、気にするな」
ふっと笑って龍矢さんが華さんの肩に手を回しました。
周りから漏れるため息と小さな悲鳴。
「穏便に帰れそうね」
千歌さんが笑って私の肩を叩きます。
「はい、さすが龍矢さんです」
そして私は、はっきりと見ました。
集まっている男性諸君を睨みひとつで畏怖の表情をさせる龍矢さんの鋭い目を。
モーゼの十戒のように人垣が二手に分かれて道をつくります。
「千歌さん」
「何かしら」
「あの後ろについて行った方がいいのでしょうか」
「そうね。その方がいいと思うわ。龍矢も、ほら」
龍矢さんがこちらを見て待っていました。
目立つのは好きじゃないんですが、仕方ありません。
「千歌さんが連絡したんですか?」
「いいえ」
華さんが連絡した様子も見られませんでした。
「これは愛の力ですかね?」
何てちょっと言ってみましたら、千歌さんがあっさりと頷きました。
「予測していたのだろうけど、束縛したくないって思っているのでしょう。だけど、心配で来てしまったというところかしら」
「束縛ですか? 龍矢さんが? そんな風には見えませんけど」
「今度龍矢に聞いてごらんなさい」
「龍矢さん、教えてくれます?」
「陽向ちゃんになら、教えてくれると思うわよ」
「そうですか」
龍矢さんの背中を見ながら、何でも束縛する龍矢さんを想像してみようと試みました。
うーん。
むむむ。
だめですね。
「心配も束縛ですか?」
「度合いによるかしら?」
「うーん、華さんが一人で出かけるのを心配するのは私も同じですし」
「そうね」
「四六時中一緒に居たいと思うのが夫婦とか恋人なんじゃないですか?」
私がそういうと、千歌さんが何故か意味ありげに笑いました。
「陽向ちゃんは、好きな人いるかしら」
「好きな人…ですか」
「家族以外よ?」
「いませんね」
「いやにきっぱり言うのね」
「恋愛感情という意味ではいません」
龍矢さんたちに追いついて後ろを歩いていると、龍矢
さんが笑った声が聞こえました。
「陽向に恋人ができたら、学が大変そうだな」
華さんと千歌さんが一緒に笑って、私を見ました。
「恋人ができても変わらないと思いますけど」
「いやいや、今みたいにハグとかできなくなるだろう?」
「何でですか?」
何故か三人がピタリと立ち止まって私を見つめるので、居心地が悪くなって先を歩きます。
「恋人ができても父親とハグするのか?」
「え? だって家族ですよ?」
「それは…そうだけど」
振り返ると三人とも困った顔をしていました。
何故でしょう。
「陽向の恋人になる奴は、相当苦労するな」
「そういう雰囲気になるのが、まず難しいわよ」
華さんの言葉に千歌さんと龍矢さんがため息をつきました。
「ダダ漏れのやつが四六時中側にいるんだもんな」
それは難しいと三人が何やら頷いていますけど。
今のところ欲しいとか思わないので、ほっといてください。