第百三十話 今すぐ口を閉じなさい side華
陽向の期末テスト前日のこと。
外食しようということになり、四人で出かけることになった。
四人というのは、私、陽向、学、龍矢の四人。
やはり、個室がいいということで居酒屋さんに来ている。お酒は飲まない。誰かが運転して出かける時は、全員が乗まないという我が家のルールだから。
飲むときはタクシーと決まっている。
今日は学の運転だったので全員飲まない。
もちろん、陽向は未成年だからそもそも飲めないけれど。
それぞれが適当に頼んでいると、店員さんが出て行く時に開いたドアから女性がこちらを覗いているのに気づいた。
あぁ、また面倒なことになりそうな予感。
「あ、やっぱり水崎さんだ」
その声にメニューを見ていた学が顔を上げると、女性を見て「こんばんは」と言った。
知り合いかな?
「ご家族でお食事ですか」
「うん、まあね。君は他の子と?」
「あ、はい。深酒はしませんので、明日の仕事はご安心を」
職場の人のようだ。
何人か会ったことはあるけれど、その中にはいなかったと思う。
学は斜め向かいに座ってドアの方をみているので表情は見えなかった。
嫌な予感が大きくなって、小さくため息をつく。
同じ職場の人なら無碍にもできないんだろうけど。
「もしかして噂の娘さんですか?」
「そうだよ。陽向だ」
こう言われて顔を隠しているわけにはいかなくなった陽向が、仕方なくメニューをおいてペコリと頭を下げた。
「こんばんは陽向です。父がお世話になっております」
「わぁ、礼儀正しいんですねぇ。初めまして、宍戸京花です。こちらこそお世話になっております」
その言い方に思わず眉が動いたけれど、睨みつけてしまそうなのでメニューに視線を落とそうかと考えた。
ちらっと視線をやると頭を下げて顔を上げた宍戸さんが、陽向の顔を見てあからさまな顔をしたのに気づいた。
それは今までに幾人もの人がした同じ様な顔。
そして、はっきりと口にした。
「あんまり水崎さんに似てないんですねぇ」
ちっと龍矢の口から舌打ちが漏れた。
全く同じ気分。
余計なことを言うんじゃないよ。
今すぐその口を閉じなさい。
「陽向は母親似なんでね」
「そうなんですかー? 私、水崎さんの娘さんだから、もっとこう…」
「宍戸さんと言ったかしら?」
「えっ、あ、はい…」
「廊下に立っていると他のお客さんにご迷惑ですよ」
さっさと自分がいた場所へ戻れという圧力をかける。
これがわからないようなら、直接的な言葉に変えるけど。
私の声に、その女性は顔をこわばらせて固まった。
この後の陽向の言葉は予想がつく、つきすぎる。
──大丈夫です。いつものことですよ、慣れています──
「お待たせしましたー」
店員さんが料理を運んできたので、私はニッコリと微笑んだ。
「そちらでも料理が来ているのじゃないかしら? 冷めてしまいますよ」
「あ、はい。あの、失礼します」
さっさと行けと目で言って、運ばれてきた料理を陽向の前に置いた。
「華さん、いつものことですから大丈夫ですよ」
そういって健気に笑ってくれちゃう。
「陽向」
「お父さん」
「僕は陽向がお母さんに似てくれてとても嬉しいよ」
学がぎゅっと横から抱きしめていた。
テーブルがなかったら、私だって抱きしめたい。
「大丈夫です。いつものことですから、慣れていますよ」
泣きそうだった顔をごまかせたと思ってる?
陽向。
私たちはあなたを愛している。
私と龍矢はあなたを自分の子供のように愛してるの。
あなたが悲しんだら、その悲しみを取り去ってあげたい。
あなたが泣いたら、慰めてあげたい。
でも、あなたはいつも一人で何とかしようとするわね?
迷惑をかけたくないっていうけれど。
でも、私たちは家族だから。
ずっと家族だから。
「龍矢」
「なんだ」
「止めないでよね」
「止める理由がないな」
「ありがと」
「俺も参加しよう」
「それは助かるわね。北海道のお祖父さんとお祖母さんにもお願いしておこうかしら」
「そうだな、それは俺に任せてくれ」
「うん」
「華さん? 何の話ですか?」
「うんうん、いいのいいの。さぁ食べましょう」
「は、はい」
相手にいやがらせをするなんていう不経済なことはしない。
そんな暇があるならば、私たちは陽向を甘やかす。
甘やかして甘やかしたおして、ほおずりするんだから。