第百三話 借り物競走狂想曲2
そしていよいよ、晃先輩の番です。
スタートの合図が鳴って、紙を拾った先輩は文字を読んで何故かこちらを見てニヤリと笑いました。
私…というよりは日向先輩を見て笑ったようです。
何だろうと思っていると、こちらへ走ってくる晃先輩。
そしてその紙を日向先輩と私に見せて言いました。
「お題は一年生。一番近くにいる一年生は陽向だ」
そう言うと、いきなり私を抱えあげたのです。お姫様だっこです。
「ちょっ、晃先輩!?」
「掴まってろ、一位取るぞ」
「そうじゃなくて、手を繋いでゴールしないとダメなんですよ」
ちっと舌打ちが聞こえて、いったん下ろされると手を握られました。
「行くぞ」
「はい」
一番近くにいた一年生。
確かに私でしたから、断る理由もありません。
晃先輩の脚の早さについていけずに転びそうになったこともありましたが、何とか一位でゴールできました。
「和泉せんぱーい。困りますよ、出場している生徒を連れて行かれたら」
体育委員の生徒が慌てたように走りよってきました。
「ルールでは禁止となっていないだろうが」
この翌年から出場選手以外とルールが改定されることになるのですが、今までそんなことをする生徒はいなかったのでしょう。
「空気読んでくださいよお」
「指定されてた条件は満たしている」
「それはそうですけどお」
「俺様はこの後、風紀委員の仕事に戻るから、陽向を俺様の一位の所に立たせておけよ」
「えー?」
「いいな」
体育委員の生徒は追しきられるようにして、三年生二組目の一位の所に私を立たせました。
一年生の一組目の場所には日向先輩が立っていて、こちらを見ています。
「晃先輩」
「陽向、話は後だ」
「はあ」
「後でな」
ポンと私の頭を軽く叩いて、走り去って行きます。 キャアという悲鳴が起こり、シャッター音がすごかったのですが、そんなに撮られる意味が分からずにポカンとしてしまいました。
「すげえな」
三年生二組目の二位の方が呟いたので振り返ると、目をまん丸にして驚いていました。
何がすごいのでしょう?
確認が終わってテントへ戻ろうとした時、日向先輩が近づいてきました。
「さっきの風紀委員長だよね」
「はい、和泉晃先輩です」
「ずいぶんと仲がいいんだね」
「そうですか?」
「君に優しい」
「みなさん優しいですよ?」
そう言うと、日向先輩は笑いました。
「そう。それじゃライバルがたくさんいるんだな」
「何のライバルですか。あ、速水君」
「陽向ちゃん。会長が探してたよ」
「ありがとう。そうだ、速水君。新見先輩にキャラメル渡してくれませんか?」
「うん、いいよ」
「テントにあるので一緒に来てください」
「わかった」
「やれやれ、色々対策を立て直さないといけないみたいだから、また後でね水崎さん」
「あ、日向先輩。借り物競争、ありがとうございました」
「不意打ちでくるんだね……途中で奪われたけど、どういたしまして」
軽く手を振って日向先輩が行ってしまうと速水君が隣でため息をついたのが聞こえました。
「速水君?」
「あ、ごめん」
「どうかしました?」
「何でもないよ。陽向ちゃんは…えっと。うん。いいや」
「はい?」
「紅組と白組どっちが勝ってるのかな」
「一応最後までの秘密です」
「そっか」
速水君が明らかに話を変えようとしているのには気づきました。
でも、そのまま乗ってどちらが勝つかに話を持っていきます。
ごめんなさい、速水君。
私は未だ混乱中なので、今聞かれると困るんです。
テントについてキャラメルを渡した後、それとは別にコーヒーの飴を速水君に渡しました。
「え、僕はさっきもらったよ」
「これはお駄賃です」
「あはは、そっか。うん、それじゃ遠慮なく」
「ありがとうございました」
「え?」
「助かりました」
「えっと、何かしたっけ?」
「はい」
速水君が首を傾げていますが、それ以上のことは言わないでおきました。
だって、会長が探しているなんて嘘だったのですから。
テントに会長はいませんでした。
「風紀委員のお仕事頑張ってくださいね」
「うん、ありがとう。それじゃまたね」
「はい」
背中を見送ってテント内の椅子に座るとため息が漏れました。
どっと疲れた感じです。
真琴と真由ちゃんに心配されましたが、説明する元気もありませんでした。