第九十六話 四百メートル走です
顔見知りの風紀委員の方やクラスの生徒にご褒美をねだられ、キャラメルが全部なくなってしまいました。
皆さん脚早いですね。
四百メートル走が始まるというのでスタート地点を見ますと、速水君の数列後ろに修斗先輩がいました。
「修斗先輩四百メートル走に出るんですね」
「うん、あとリレーにもでるんだって」
リレーは俊足の人が選ばれて走るいわば花形の競技です。
あ、速水君がスタートするようです。
パンッと音がしてあっという間にテント前を通過していきました。
速水君は一番内側だったので遅れているように見えました。
しかしカーブあたりでぐんぐんと抜いていき、一位でゴールテープを切りました。
ちなみに修斗先輩はぶっちぎちで一位です。
さすがとしか言いようがありません。
あまりの差に二位以下の方がかわいそうなくらいでした。
オリンピックとか出れそうじゃないですか。
練習しているときにそう言うと修斗先輩は芹先輩の様に首を傾げました。
「世界記録に比べたら遅い」
それはそうでしょうけど。
「陽向ちゃん」
速見君がテントに来ました。
「見てた?」
「はい、見てましたよ。一位おめでとうと言いたいところですが、速見君は二組なので紅組で敵ですよ!」
「ええええ?」
「何て冗談です。でもご褒美のキャラメルぜんぶなくなっちゃったんですよ。どうしましょう」
そこへ何故か和宮先輩がいつの間にか近くに来ていて、ニヤニヤ笑いながら言ったのです。
「ご褒美といえばキスでしょう」
「はぁ、何処にですか?」
私がそう言うと、何故か速水君が慌て出しました。
「いや、陽向ちゃん。そこは拒否するとこじゃない?」
「まさか速水君、靴にとか言いませんよね」
「そんなこと言わないっていうかさせないよ!」
「何々、なんか楽しそうなことやってるね」
芹先輩が近くに来て、私に袋を渡してくれました。
「はい、陽向ちゃん。キャラメル買ってきたよ。あとこっちがコーヒーの飴で、これが陽向ちゃんの好きなヨーグルト味」
「ありがとうございます」
受け取ってさっそく袋を開けて、コーヒー飴を速水君に渡しました。
「ふふふ、速水。ちょっと期待したでしょ」
和宮先輩がニヤニヤして言いました。
「し、してません」
速水君はコーヒー飴を受け取り損ねて落としてしまい、慌てて拾っていました。
「キャラメルの方が良かったですか?」
「キスのほうが良かったんじゃない?」
芹先輩がニヤニヤして言いました。
そしてニヤニヤしている二人は顔を見合わせてさらにニヤニヤしたのです。
「へえ。一条っていい性格してるんだね」
「かわいいとは良く言われるよ」
「もっと早くに話しかけていれば良かったかな」
「そうだねえ。ボクも和宮さんがそこまでとは知らなかったな」
ふふふと笑っている二人が何故か怖いです。
「ちなみに陽向ちゃんは、速水君がキスがいいと言ったら何処にするつもりだった?」
「勝利のキスって確か額だったと思うんですけど」
すると言った訳ではないのに、何故か額を押さえる速水君。
「速水君って余裕があるようにみえたけど、意外に純情なんだねえ」
「いいねえ、純情」
芹先輩と和宮先輩がうんうんと頷いていると、晃先輩がやってきました。
「俺様の大事な風紀委員をイジメているのは誰だ?」
「やだなあ晃先輩、和気藹々と話をしていただけですよ」
「おお、風紀委員長様を間近で見られるとは。眼福眼福」
とんとんと肩を叩かれて振り返ると、修斗先輩が立っていました。
「あ、修斗先輩」
無言で手を差し出すので笑ってキャラメルを渡しました。
「一位おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
とてもいい笑顔で受け取ってくれました。
「修斗って、いつも良いとこ持って行ってるような気がする」
芹先輩が口を尖らせて言いましたが、修斗先輩はそれに対して何もいわずにキャラメルを口に入れました。
「おいしい」
「はい。購買で売ってる中でイチオシのキャラメルなんですよ」
嬉しくてそう言うと、修斗先輩は目を細めて頭を撫でてくれました。
「何だ、どうしたみんな固まって」
静先輩が疲れた顔をしてテントに戻ってきました。
「あ、お疲れさまです静会長。どうでしたか?」
「ああ。準備万端だそうだ」
もう少しで応援団の応援合戦が始まります。
「ものすごい気合いの入り様だったぞ。ところでおまえ等いつまで固まってるんだ?」
はっとしたように皆さん動き出しました。
「そ、それじゃ僕は風紀委員の仕事に行きます」
速水君が私に手を振ってテントを出て行きました。
「更科はなかなか侮れないね」
和宮先輩が腕を組んでうなりました。
「最近修斗はいいとこどりなんだよ。いいよねえ」
「ふむ。生徒会はなかなか面白い」
「でしょう?」
「一条、色々情報交換しない?」
「いいね。そっちも面白いのありそう」
ニヤニヤしながら赤外線通信をするお二人。
そんな二人を見て静先輩が盛大にため息をついていました。