06
レイファの相手は藤色のセミロングの髪を揺らすレイファよりも背が低い少女だった。
顔は幼いがどこか大人びていて不思議な印象を受ける。
無表情に口を閉じて、茶色の眼がレイファを静かに睨んでいる。
(この子…どこかで…)
見たことはないはずの少女だった。しかしどこかで会ったような不思議な感情にとらわれる。
少女を観察してみる。少女は杖のような棒にとげのある、拳よりも一回りほど大きな石がついた武器を手にしていた。
対してレイファは軽く振り回すのに支障がない剣を借りていた。
レイファにとって武器は何でもよかった。ただ振り回すのに支障がないくらいに軽く、使い勝手の良いものであれば。
(まあ、今は関係ないか…この剣に…時間を凝縮して…一気にやる…!)
レイファは一つ深く呼吸すると自分の相手を見つめた。
「それでは両者前へ!」
その言葉を受けて同時に少女とレイファが歩き出す。
「レイファ対カズホ、試合開始!」
先に動いたのはカズホと呼ばれた少女だった。
地を蹴ったように見えたが音もなく間合いを詰める。
その姿はとても早く、戦いの経験のある者なら目で追えるだろうがそうでない一般の民には大凡見えないであろうと思われるほどだった。
レイファには当然その姿を確認できた。目をそらすこともなく見据え続け、ギリギリまで引き寄せると軽く身を引いて大きく下から上に切りつけるようにして振り上げられたそれを避けた。
「わあ!危ない!」
「よく見ろ、シャウア。レイファはちゃんと見切ってる」
「え?」
「…ギリギリまで引き寄せて避けてる。体の芯はブレてねーし…効率的な避け方だよ」
「…す、ごい…見えて…るの?」
「俺も負けてられねーな」
二階席の手すりに肘をついて見下ろしていたリクヤは小さく笑うと、レイファの相手の動きを自分でも終えるだろうかと神経を集中し始めた。
(攻撃は…見切れる。けどこの能力の気配…もしかして…)
レイファはカズホから距離を取ってふと首を傾げた。
カズホに接近して気が付いた。
この不思議な感覚の正体は彼女が能力者だったからだった。
能力者であるレイファは同じ能力者であるものの気配を探ることができる。
能力者とそうでないものの気配は能力者からしてみれば一発でわかるものである。特にレイファは協会トップの実力を持つ。その察知する能力も強い。
レイファが感じたのは無属性によく似た能力の気配だった。
レイファは一度感じた能力者の気配を忘れることはない。
彼は自身の能力を強化しようと能力者を狙う能力者に狙われやすかった。
修行や訓練である程度能力は強化されるが手っ取り早く能力を強くするには別属性の能力者を殺してその能力者の能力の基本値を奪うことが一番である。
レイファは襲われても追い払うだけだった。だから何度も同じ能力者に襲われることはよくあることなのである。
故に一度感じた気配は忘れないで次に感じたら攻撃を仕掛けられる前に逃げるか警戒することが身にしみついた。
(だから…僕は会ったことがあるような気がしていた…?)
無属性は能力の基本値が高いが稀有な存在のため、人数が少なく気配が追いやすい。
レイファがこの気配を感じたのは覚えている限りでは一度だけ。しかもたまたま通りがかった部屋に誰かいるなーと感じた程度だ。
攻撃もされていないため忘れかけていたのも無理はない。
(…うん、協会にいたことは確か…でもなんで外に…!)
協会から逃げることはまず不可能だ。
レイファが逃げられたことが奇跡なのだ。
自分の他に脱走者がいるなんで俄かには信じることはできなかった。
「けど、今はどうでもいっか」
そうである。レイファには優先しなくてはいけないことがあるのである。
「野宿は嫌ー!!」
「そんな掛け声で向かうなぁー!」
レイファの耳にそんな突っ込みの幻聴が聞こえた気がしたが気にしない。
レイファは剣を握りなおしてカズホに攻撃を仕掛けに間合いを詰めた。
この試合に勝利したのはレイファだった。
カズホは結局能力を使わないままにレイファに敗北した。
「リクヤー」
「おーおつかれ」
レイファがリクヤたちのいる二階に戻ってくる。
「見事だったな。さすが」
「えへへーありがとう」
リクヤがぐりぐりレイファの頭を撫でた。やさしいものではなかったが心地よい。
と、そこにシャウアが声をかけた。
丁度ドリンクを何か頼んでいるところだったらしい。
「レイファは何にする?」
「僕はねー…」
「…私…いちご…みるく…」
「スィーアはかわいいなあもう!じゃあ僕も同じで!」
「はい、じゃあ私はコーヒーでも…」
「俺は…」
「あれ?リクヤはもうそろそろ試合じゃないの?」
「ええ!?」
リクヤは頼もうとしたときのレイファの言葉でハッとして対戦表を確認した。確かにもうそろそろ準備に行かなくてはいけない頃合いだった。
「ゆっくりしてる間ないわね…頑張ってね」
「くそー、じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
「いって…らっしゃい…」
三人に見送られながら、リクヤは試合場の入口へ走って行った。
リクヤの相手はまだ小さな少年だった。
フードつきのマントで身を包んでいてあまり顔は見えなかったが声が少年のそれだ。
「あんたが俺の相手か、楽勝や」
どこかなまりのある声変わり前の少し高めの少年の言葉がリクヤの耳に届く。どこまでも無邪気で明るい声だが、その内容はリクヤの顳に青筋を浮かび上がらせるには十分だった。
リクヤは面倒見がよく人に慕われる。十分に優しい人と言える。しかし、17歳という年齢相応に喧嘩っ早くやんちゃな面もある。
つまりは短気なのだ。喧嘩を売りはしないが買うなら喜んで買うだろう。しかもこのような存分に暴れても文句が出ない場では。
「ははははは後悔させてやるぜ?」
「そん言葉まるまる返しちゃる」
「リクヤ対ブラフ、試合開始!」
リクヤの相手、ブラフと呼ばれた少年の手には何も武器と思われるものはなかった。リクヤは持参した剣を構えている。
(素手か…いや、その可能性は低いな…)
頭一つ分以上小さいことから10代前半であろう少年の力ではどんなに訓練しても力はたかが知れている。
ということは自然と能力者であろうことは予想がついた。
ならば無闇に突っ込むのは賢い選択とは言えない。どんな能力なのか知るためにもリクヤは相手の攻撃を静かに待った。
それを知ってか知らずかブラフと呼ばれた少年が先に動いた。動きがとても素早い。気を抜けば見失いそうになった。
能力で攻撃をしてくるかと身構えるリクヤを余所にブラフは単純に素手で攻撃を仕掛けてきた。
グローブも何もつけていない血色よさそうな肌色をした少年の手が何の躊躇もなしにリクヤ目掛けて飛んでくる。
剣ではじくことも躊躇われたリクヤは後ろに跳んで避けた。
リクヤが下がって避けるたびにブラフは一歩踏み出して拳を振り回す。やがて端まで追い詰められたリクヤは繰り出された拳をとっさに剣で斬りつけようとした。
威嚇のつもりだったが、直後リクヤはぎょっと目を見開いた。
「こんなん怖くもないわ!」
ブラフはそう叫んで拳が剣に触れる直前開いた手で剣を握って受け止めたのである。当然鋭利な刃はブラフの掌に沈むように斬り、少ないとは言えない真っ赤な血が滴った。
リクヤが驚いている隙にブラフはさらに強く握ると力任せにリクヤを宙へ放り投げた。
「はっ…?」
リクヤが宙に投げられたと理解した時には眼前に地面は迫っていた。とっさに受け身を取り地を転がって体勢を立て直す。
(ウソだろ!?)
小さな体で自分を投げ飛ばしたとは俄かには信じがたかったが事実だ。
ブラフの顔は見えないが驚きを隠せないリクヤを見てにんまり笑ったのが分かった。
「武器に頼りすぎや」
「………そういうお前は能力には頼らないのか」
「…へえ、俺が能力者と?アンタ能力者やなくても分かると?」
「勘だな」
「すごか勘…なら期待に沿ったる」
ブラフはそういうとフードを掴むと思いっきりそれを上に放り投げた。
ブラフの素顔が晒される。その行動にも驚いたが、一番リクヤが驚いたのは彼の頭だった。
そこには、スィーアよりも少し細長い茶色の耳がピンと立っていた。
「なっ…」
「隙だらけ」
一言耳に届くのと同時に、リクヤの鳩尾に衝撃が走る。
「…っ!」
驚きすぎて試合だと言うことも忘れていたなんてリクヤ自身笑うしかなかった。情けねえと心の中で自分に悪態をつくと体勢を立て直した。
「お前、俺がどういうもんか知っとる?」
「…どういう?」
「知らん?…完全部外者?……たく、あれは何考えてるん…」
「ちょっと待てお前、何を言って…」
「なら仕方ないわな。だるいけど気絶だけで済ましたる」
ブラフは勝手に自問自答するとそれ以上話す気はないらしく攻撃に集中してきた。
素早く、的確に隙を作りだし、つこうとしてくるブラフの攻撃にリクヤは何とか避けて剣で攻撃を捌く。
いつもなら完璧に避けられる攻撃も何度か腕や体を掠っていった。
しかしこんなことで動揺している場合じゃないとなんとか自分を落ちつけたリクヤは反撃に出た。
流れるように繰り出された拳を冷静に受け流すと、隙ができたブラフの腹に剣を下から斜めに降り飛ばすように振るった。もちろん峰打ちだ。
「…!!ようやっとやる気になったんね!」
決して軽く剣で薙ぎ払ったわけではなかったが、華麗に一回転して地面に着地したブラフの声はどこか嬉しそうだった。
痛みを感じていないのか呻き声すらあげなかった。
(子供なのにすげーな)
自分なら絶対咽る、とリクヤは思いながらどうやってブラフを倒そうか考え始めた。能力が使われたら厄介だ。使われる前に倒したい。しかし、敵と戦っているわけではないこの状況で子供を斬りつけるのはなんとなく忍びない。相手は能力者であろうが武器も持っていない丸腰である事が余計にリクヤにそう感じさせていた。
リクヤがそう、もんもんと考えているうちにブラフは次の行動に入っていた。
「そろそろお披露目するけ、よう見とけー!!」
リクヤが考えているうちにブラフは能力を発動させていた。後悔しても遅い。
「ほらようっと!」
ブラフが手を頭上に掲げると、黒いボウリングの玉くらいの大きさの玉が浮かび上がった。綺麗な球のその中には黒い煙のようなものが入っているように見える。ぐるぐるとうねっていてまるで息づいているかのようだ。
リクヤが警戒して身構えているとブラフは軽く腕を前に振った。
黒い玉はその腕の動きに合わせるように、しかしとても速いスピードでリクヤに向かってきた。
リクヤはとっさに右に避けたが、それ一つではなかったらしい。一つなくなればまたもくもくと黒い玉が現れてはリクヤに飛んでくる。
「くっ…」
避け続けるのにも限界が来たとき、剣で斬り裂くと割れた球の中からは煙ではなく、真っ黒な人の手のようなものが十本くらいリクヤめがけて伸びてきた。
リクヤはそのホラーな光景に思わず悲鳴を上げかけたがぐっとこらえると冷静にその手を斬っていく。斬られた腕はビタン!バタン!という音を立てて地面に打ち付けられ、まるで切られたトカゲの尻尾のようにしばらくバタバタ動いていたあと、動かなくなっていく。
その姿は気色悪いとしか言いようがない光景であった。
「へえ…腕見て失神せんかったんはあんただけやな」
「まあ…な…」
冷静に考えれば村で魔物を狩りスプラッタに耐性があるリクヤにとっては、真っ黒な腕はどこか現実味にかけていたのであった。
「けどそんなことつづけよっても体力がもたん、あんたの負けは確実やけ」
本当にそう思っているらしく、声はとても明るい。
しかしリクヤはただ静かにブラフを見るだけだった。