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蒼穹  作者: 白乃
第1話 光の名前
6/23

05






「きょう、かい…」


リクヤは思っていたよりもずっとはやく協会の名を聞いて内心驚いた。

この街には然程頻繁にではないがよく来ていた。しかし、協会が絡んでいるだなんて全く知らなかった。

こんなにもどうどうと街にあったなんて。


そんなことをもんもんと考えていると、ひょこっと青色が見えた。


「うわ!?」

「リクヤ?怖い顔してるよ、どうしたの?」

「え、えっと、考え事してた」

「何?何ー?」

「……宿代足りるかなって」

「ええ!?そんなこと!?って野宿かもしれないの!?」


リクヤはとっさにごまかす。レイファは少し不審そうにリクヤを見たが、ごまかされてくれたらしい。あからさまに答えてくれた。


「え、二人ともこの街の人じゃないのね、旅をしてるの?」

「ええ、そうなんです。今日来たばっかで」

「僕やだよ、野宿」

「本当は宿代足りるはずだったんすけど、ここに来る途中魔物に襲われましてね、ほとんど怪我しなかったんですがこいつの服がダメになって」

「それは…大変だったわね、怪我もあまりないみたいでよかったわ」

「ちょっと、僕がどんくさいみたいな言い方しないでリクヤ」

「んで、服を新調してたらちょっと足りない…いや一人部屋ならギリいけるでしょうけど…やっぱりあれじゃないですか」

「そういえばレイファの服は旅人にしては綺麗ね、布も上等そうだわ」

「そうなんです、自分でダメにしたくせに高いものかいやがって…」

「え!僕のせいなの!?つかリクヤさっき足りるって―…」

「と、いうわけで野宿だぞ、レイファ」


「ねえ!ちょっと酷くない!?ガン無視されたあげく結局野宿だってスィーア!」

「え?」


話をいきなりふられたスィーアはびくっと肩を揺らして振り向いた。

スィーアはスィーアで店の売り物、女の子らしいかわいいアクセサリーを眺めていた。


「………」

「…………え、と…あの……な…んか…ご、めん?…レイ…ファ…」

全く話を聞いていなかったらしいスィーアはいつも以上におどおどと小さな声で言った。


「…いいよ、もう。僕なんて僕なんて」


レイファがいじけた。


途中から楽しくなってシャウアと一緒にいじめてしまったと自覚のあるリクヤは小さくごめんごめんと謝った。


「野宿なんて危ないわよ?」

「…慣れてますんで!街の近くは魔物が出ませんし、火を焚いていればなおさらですよ」

「危ないよ」

レイファはいじけながらそこははっきりという。野宿は凄く嫌らしい。


「そうよ、よかったら私の…」

「そんなに嫌か、レイファ」

シャウアが何かを言いかけた直後、その声を遮るかのようにリクヤがレイファにくるりと振り返った。


「へ?」

突然、今まで存在を無視され続けてきたレイファはきょとんと目をぱちぱちと瞬き、思わず聞き返していた。


「野宿は嫌か、と聞いたんだ」

「嫌だけど、ちょっと待って、今シャウアが…」

「だったら協力してくれるよな?」

「………うん?」


その時のリクヤの顔をレイファは忘れないだろう。

今までずっとやさしくして来てくれて、大切にされていたと自負していた。しかしそこにあったのはやさしすぎるほど華やかな笑みを張り付けた悪魔だった。




有無も言わせて貰えずレイファが連れてこられたのはとある建物だった。

別段変わった建物ではない。少しまわりよりも大きいという印象しか受けない建物の入り口と思われる場所にはたくさんの人であふれかえっていた。市が開催されている大通りとは違った雰囲気の賑わい方である。

そこにいる人たちは大通りを賑わしている人たちとは違っていた。誰もが鎧のようなものを着ていて、剣や槍を持っている人が見受けられる。


決して馬鹿というわけではないレイファは既にこれから起こるであろう事を容易に想像していた。


(…闘技場じゃないの、ここ…)

市は人が集まる。

ならばこうした見世物があってもおかしくはないのだ。


ふと、ぱさりと音を立ててレイファの足に何かが絡みついた。それを酷く緩慢に拾い上げるとそこにはレイファの予想通りの言葉が書かれていた。


腕に自信のある強者よ、集え!とでかでかと書かれた文字の下にこれまた目立つように書かれた賞金の文字。

その額はレイファが買ってもらったシンプルな服を20着くらいは買えるような値段だった。




「いやー、シャウアの店にさ貼ってあったのをたまたま見かけたんだよねー」

「………」

闘技場の受付を終えたリクヤとレイファは、ロビーに備え付けられたカフェの、窓際にあった一つのテーブルに席を取りコーヒーとココアを置いてくつろいでいた。



挿絵(By みてみん)



「こんなん開催されてるなんて…知らなかった。結構な額なのに!知らなかったの後悔するわ」

「リクヤ…」

「ん?なんだよ?」

「………はあ」

「ちょっと待って何その溜息!」


溜息をつきたくもなる。

レイファははめられたのだ。思えばリクヤがレイファをずっと無視していたのも、野宿だと平気で口にしたのもこうしてレイファを参加させるための演技だったに違いない。野宿は当然嫌である。必然お金を稼ぐ必要がある。

シャウアが同乗して泊めてくれるような事を言った瞬間リクヤが提案した。


「…リクヤって狡猾だよね…」

「それ止めろ。オレ悪者みたいじゃんか」

「遠からずってとこじゃない?」

「ははっ手厳しー」


これから開催される闘技は二種類あった。

一つは個人戦。武器は自由で持参しても、主催者側が用意したものを使ってもいい。

もう一つはチーム戦。二人~四人までの人数のパーティを組み戦うと言うもの。こちらも武器は持参しても用意されたものを使ってもいい。


リクヤとレイファは個人戦でエントリーした。

どちらも出場できるが、二人だけだと四人のチームと当たった時に苦しいと判断したのだ。


そう話した時、レイファはけろりとした表情でそんなの気にしなくていいのに。僕一人でもと黒い笑みを浮かべた。確かにレイファは実力ではないとはいえ協会のトップである。その戦闘能力はすさまじいであろう。


「一応さ、能力者歓迎とは書いてあるけど、実際能力者出てくるのかねー」

あまったるいココアにスプーンを差し込み、くるくるとそれを回して遊んでいたレイファが呟く。

リクヤはコーヒーを飲みながらレイファに視線を向けた。反対側に座っているレイファの表情は複雑そうにわずかに歪んでいる。自嘲も含まれたような表情にリクヤが声をかけあぐねていると、レイファが続けた。


「協会がね、普通に暮らしている能力者を強引に連れて行っちゃうこともあるんだよ」

「……!!」

「まあ稀だけどね。協会の施設があるらしいこの街で能力を使うような協会の能力者以外の能力者はいないでしょ」


だったら楽勝なんじゃない?と笑うレイファは、リクヤやレイファ自身思っているよりも乗り気らしかった。




そんな話をしていたのが30分前。

現在、闘技場は満員になり白熱した歓声に包まれている。

試合はトーナメント方式で行われる。今は一回目の試合の途中である。

周りの声がヒートアップしていく中、それを眺めていたリクヤとレイファだけが声をなくしていた。


「なあレイファ」

「言わないで。わかってる」


リクヤとレイファは二階席にいた。眼下には広い正方形のグラウンドのような試合場があった。

天井は今は開けておりさんさんと太陽の光が降り注いで闘技場をさらに熱くしている。


そこで第一試合が繰り広げられていた。

第一試合では、大柄な槍を握った男と、細身で薙刀を持った長身の女が出てきた。

どちらもリーチが長い武器だなと思っていたのもつかの間。武器とは名ばかりの試合が繰り広げられることになる。


どちらも能力者であったのだ。

それが分かったのは試合が開始された直後からである。槍を振り回して男が竜巻をいくつもつくり、女めがけて槍をふるった。

女はその竜巻を抉り、斬るようにして消滅させ、人間離れした脚力でジャンプすると炎を纏って男にめがけて薙刀を振り下ろした。


風属性と、火属性の能力者だろう。


「能力にはね、いくつか属性があるの」

試合を見ながらレイファが言った。


「あの男と女は見た目通り風と火だね。ほかに水と土と闇と光と無かな。僕やリーヴァンなんかは無属性ね」

無属性が一番数が少ないんだよね、と小さく息をつきながら続ける。


「多分彼らの能力は強制だね。元々能力者の人と気配が違う。能力者にさせられたってことは協会の能力者なのかな。協会でしか能力の開花は出来ないし…」

「そうなのか?」

「当たり前だよ。その強制でさえ失敗することも多い。失敗したら意識もない命令だけを遂行する黒天使になるんだけど…そんな恐ろしいことを協会以外が出来ると思う?」

「………そういう恐ろしい事さらっというなよ、レイファ」

「この街に協会と対抗できる組織がある?それとも…」

レイファがぶつぶつと何事かを呟きながら自分の世界に入ってしまった。


リクヤはうーんと唸った。

レイファにこの街は協会と接点があるということを教えたほうがいいだろう。シャウアが協会と繋がりがある研究所があると言っていた。

けれど、リクヤが言おうと思って話しかけても無視してレイファはぶつぶつ呟いている。

そうしたら無理して言わなくてもいいかという気になってくる。そういったら何となくレイファを傷つけてしまうのではないかとも心のどこかで思っていたのもあるだろう。レイファは協会から逃げてきたのだから。


暫くすると、レイファは結局気にしないことにしたらしい。

結論を出すにもまだこの街を知らなさ過ぎるという結果に至ったらしい。


「でもまあ…とりあえず…お前も能力全開でいいんじゃね?」

「リクヤ…全開とか三流だよ」

にやり、とレイファが笑う。笑顔が黒い。


「僕は一応脱走者だからまあてけとーにやるよ。僕もリクヤがどれくらい戦えるのか楽しみにしてるね!」

「…案外乗り気だよな。お前」

「もうこうなっちゃったものは仕方ないし、楽しまなきゃ損でしょう?それに…実戦から遠のくと…嫌でも感覚にぶっちゃうし…」

「お前…」


声のトーンを落としたレイファを気遣ってリクヤが手を伸ばしかけたときだった。

微かに、リクヤとレイファを呼ぶ声が聞こえた。


「…?あれ…この声…」


「リクヤ!レイファ!ここにいたのね!」

「シャウア!?あ!スィーアも来てたの!?」

「ええ!早めにお店を切り上げてきちゃった!スィーアも応援したいっていうし!」

「そうなの!?えへへ、ありがとう、スィーア」


レイファはまたぽえぽえと微笑むとスィーアの手を握る。


「お邪魔だったかしら?」

「はい?」

すすす…と音もなく近寄ってきたシャウアの言葉にリクヤは首を傾げる。

お邪魔、ということはどういうことなのだろう、そうリクヤが頭の中で考えているとシャウアはとんでもない爆弾をリクヤに投下した。


「え、彼女さんといちゃついてたんじゃ…」

「あいつは男ですよ!?」

「僕は男だよ!?」

ぽえぽえと和やかに話していたレイファさえも見事に反応してリクヤとレイファの二人の声が重なった。

リクヤもレイファも面白いくらいに顔をリンゴのように染めて否定する。その様子があまりにも面白くてシャウアは笑いをこらえるのに必死だった。

スィーアにいたってはレイファと話していたのに突然大声を出したものだからとても驚いて開いた口がふさがらなくなっている。


(うん?男…?)

笑いをこらえているシャウアが二人が口にした言葉を反芻する。

二人のぴったりな反応が面白くてその言葉を聞き流していた。しかし、


「え…」


二人が言った意味に気付いたとき、シャウアは愕然とした。

「う、うそおお!?」

気づけば目を思いっきり見開いて叫んでいた。かなり大きな声を出したが、その声は周りの人の大きな歓声に飲み込まれてかすれた。

シャウアは開きっぱなしの口に手を当ててリクヤとレイファを何度も交互に見た。

リクヤはただただ恥ずかしそうに頬を染めて、けどどこか楽しそうに視線を彷徨わせ、レイファは口を結んで頬を膨らませて怒っていた。頬が羞恥で赤いせいで全く怒っているようには見えず、むしろそんな反応も男とは思えなかった。


「ほほほんとだし!!っていうか僕女の子に見える!?」

レイファはシャウアにはっきりきっぱり男だと言うことを主張してから隣のリクヤにすがりついて顔を覗き込んだ。

リクヤの方が10㎝くらい背が高いので必然見上げる形になる。リクヤはわずかにレイファに視線を向けたがすぐにあからさまに顔をそむけて視線を逸らした。


「……………い、いいや?」

「そのすっごーい微妙に長い間は何かな?リクヤ君」

「いやいや、オレも最初女の子だって思ってないからな?レイファ」

「へえ、そう思ってたんだは~つ~み~み~」


レイファはぎゅうううっと力を込めてリクヤの腕を握った。華奢なレイファの細い腕のどこにそんな力があったおか疑問に思うほど強い力だ。

男と考えれば普通のその力の強さに、改めてこいつは男なんだと心の中で感心しつつ、リクヤは後ろめたいような気持ちで嫌な汗が背中を垂れるのを感じた。

真っ黒な笑顔で迫ってくるレイファを視界に入れないようにふらふら当てもなく視線を彷徨わせる。視線を合わせたらそこで何かが終わりを告げると根拠もない不安に駆られていた。




「全くもう…僕に女の子は禁句だからね!?」

無言の攻防はレイファに軍配があがった。げっそりとしながらリクヤが項垂れてレイファの後ろに控えている。

その様子に多少呆れながらも微笑ましく傍観していたシャウアは次の対戦表を見てレイファに、次の対戦がレイファであることを伝えた。

レイファはそれに全く気付いていなかったため、あわててシャウアにお礼をいってぱたぱたと走って行った。


「大変ね」

「ええ、いろいろと…はあ…」

リクヤはリクヤで自分の手には負えないレイファを見送って溜息をつく。そんなリクヤに、まるで弟に彼女ができて喜ぶ姉のようにやさしく微笑みながらシャウアが話しかけた。

スィーアも珍しくいまだにくすくすと笑いながらシャウアと手を繋いでいた。


「スィーアも…ひでーなー…いつまで笑ってるんだよ」

「ご、ごめ、なさ…でも…」

余程スィーアのツボにハマったらしい。いつまで女の子二人に笑われ続けるという恥辱に耐えながらリクヤはレイファの後ろ姿を見送り、再びため息をついた。






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