04
※獣耳注意です。
「…ここでこうしているわけにもいかないな…」
村の炎はもう殆ど消えかかっていた。
焦げた匂いが充満している。
村の家や建物という建物はこれでもかというくらいに燃やされ、柱も何もかも真っ黒になっていた。
触れば簡単に崩れてしまいそうだった。
「…ちょっと待って…」
リクヤがゆっくりと村を後にしようとしたときだった。
レイファが村の方を眺めている。
「レイファ?」
「…………能力を探ってるの」
「…能力を?」
「誰が、何の能力を発動してこんなことをしたのか」
答えると、一歩踏み出して目を瞑る。
リクヤが黙ってみていると、少ししてレイファが振り向いた。
「やっぱり…黒天使がやったみたい…。火の能力を持ってたみたいで、骨まで焼かれてしまったみたい…」
「……そうか…」
リクヤは小さいけれど村の外れに小さな墓を作った。
そこに村の人々はいないが、何もしないということは出来なかった。
静かに手を合わす。隣にレイファもいた。
「ごめんな、こんなことしか出来なくて」
必ず協会を倒してくるとそう心に誓ってリクヤは顔を上げた。
「さて…まずはあそこいくか」
「あそこ?」
「ここから一番近いとこででっかい街があるんだよ、そこでお前の服とか揃えようぜ」
「あ…ごめん…」
ぽこっ
「あいた!」
「もーお前謝るな!」
そう言ってリクヤとレイファは歩き出した。
リクヤとレイファが向かったのは森を抜けてから10キロほど離れたところにある、この地域では一番大きな街だった。
その間、リクヤはレイファから協会の話を聞いた。
「…協会って実のところなんなん?」
「ちょっとまって。知らないでぶっ潰すーとか言ってたの?」
「…だあってよー、俺の村田舎だし都市伝説だと思ってたし…」
正直にリクヤが白状すればレイファは盛大な溜息をついた。寧ろリクヤに聞かせている。いい性格をしてるなこいつとリクヤが心の中で突っ込みをいれておく。
「んー…とりあえずは協会を倒したいならマザー・システムを倒すって覚えとけばいいんじゃないかな」
「マザー・システム…?」
「全ての能力の情報を管理してるって言われてる協会の核みたいな?協会がどこにあるとかわからないように結界張っているのもマザー・システムで、協会では絶対の力を持つだとか能力の母とも呼ばれてる。僕でさえ見たことがないし本当にあるかどうかも分らないんだけど。…けど、協会には能力では説明のつかないもっと怖いものが確かに存在している…それがマザー・システムだと思う」
「ふうん…?」
リクヤにはよくわからなかった。しかし、そのマザー・システムという核がなくならなければ協会の研究者や協会を作った指導者を捕まえても協会はなくならないのだという。
根本的に協会を倒したいのならばマザー・システムを壊すしかない。
出来るだろうか、とリクヤは思案する。
マザー・システムは協会では絶対を誇るらしい。何を基準に何に対してなのかよく分らないが、協会の能力者で第一位であるレイファでさえ見たことがなく、恐ろしいものと言うほどの何か。
情報が少なすぎてどうすれば良いのかさえ分らない。
考えていても分らないものは分らない。そのうちどうにかなるかと前向きに考えることをやめたときだった。
「…リクヤ」
「何?」
急に真顔でレイファが立ち止まってリクヤを見上げた。
いきなり真剣になったレイファにリクヤが戸惑う。
「協会はね、沢山の能力者の犠牲を出して100%じゃないけど無能力者の能力を開花させる方法を編み出した。能力は全ての人間に宿る、違いは強いか弱いかだけという真実を見つけたから」
「…!?」
「実験に参加させられた能力者は皆死んだ。……人体実験が当たり前の、非道な組織。中央委員会でさえ弾圧に動き出すほどの組織に喧嘩を売ろうとしてる……今なら引き返せ…」
「そんなことはしない」
ぴしゃりとリクヤは言い切る。
確かに凄惨な話だ。本当に人をなんだと思っているのだろう。モルモットでもものでもない。
そんな犠牲を生んでまで協会は何がしたいのか想像もつかないしつきたくもない。
中央委員会が追ってもまだ倒せていない協会にリクヤ自身太刀打ちできるとは思えない。しかし、レイファを放っておくことも、協会を野放しにしておくこともできないし、許せないと思った。
「何もやらないで後悔はしたくない。だからって何かして後悔もしたくないけど…やらなかったら後悔するだけだ。お前にとっちゃ俺は邪魔なんだろうけど…」
「そ、そんなことない!」
「レイファ?」
「……協会は…人殺しが日常茶飯事で…ほんと…常識も何も通じない場所だった…気が…狂いそうだった、でも、リクヤは優しくしてくれたよね」
「あ?ああ…」
そりゃあ当然のことだろうとリクヤは続ける。あそこで倒れていたのがレイファではなくともリクヤは助けたはずだ。仕事を抜きにしても、彼はお節介な面がある。剣の腕を抜きにしても村長に信頼され村の見回りを任されているだけのことはある。
「それがね、嬉しかったの!ありがとう、リクヤ」
「………」
リクヤにとっては当然で当たり前のこと。
それがレイファにとっては本当に非現実的で普通ではないことだと思うと心が痛んだ。
まだ、リクヤよりも年下なのに。
「ん?」
「…どうかした?リクヤ?」
「いや…そういえばお前って何歳かなって…?」
ぱっと見幼く見えるが12歳くらいだろうか?流石に10歳ってことはないだろう。
こんな子供に殺しだのなんだのさせるなんて本当に協会は頭がわいてるか狂っている。いや、両方か。
「え?僕は14歳だけど」
「え!?じゅうよん!?」
「あははーねえこれって怒ってもいいパターン?殴っても許されるパターンだよね。さあ歯食いしばれっ!」
「うわーちょーこわーいレイファさーん!」
リクヤが棒読みでずざざっと後ずさる。何かレイファの新しい一面を垣間見た気分である。
笑っているのに黒い。とてつもなく黒い何かが見え隠れしていた。
10歳って言われても納得できそうな幼い顔をしていたからこんなに黒い笑顔、もとい14歳というのは驚きである。
リクヤの村では普通に働いていてもおかしくはない年齢だ。流石に10歳じゃ力もまだないし、村の小さな学校に行っていて家の手伝いどまりだろう。
「そんなに僕ってふけて見えるかなあ…まあ協会はストレスの巣窟だしなあ…」
「………」
加えて天然だ。
その後たあいもない話しをしながら二人は街についた。
乳白色の建物が美しい町並みを作り出しているのが特徴の街で、中央には大きな通りが縦断しており、一年に数回全国各地から様々な店が軒を連ねる市が開催されることで有名だった。
幸運なことにリクヤとレイファが訪れたのは丁度市が開催されている時だった。
「ラッキー、市が開催されてる!そろそろ市のシーズンかなとは思ってたけど!」
「凄い…人だね…」
まだ街に入っていないが街が見えるところまで来ると人の出入りがとても激しいことが見て取れる。
「全国から色んな商人が来るんだぜ。色んなもんが安く手に入るし!」
金あんまもってねーからさ、とリクヤが頼り無さそうに笑った。つられてレイファも笑う。
流石に見た目ぼろぼろのレイファを大通りに連れまわすわけにもいかず、こっそりと街に入って人気の少ない裏道を使って服屋まで進んだ。
店に行って何か勘違いされること(撤廃されつつあるが奴隷制度がまだこの地域にはあり、レイファはそういう勘違いされそうな薄汚れている服を着ていた)もいやだったリクヤは適当にシンプルな服装を一着買って来た。
リクヤはレイファに渡して後ろを向いた。
男同士とはいえ、着替えを眺める趣味は無い。
「あとでちゃんとしたの買うからちっとそれで我慢してくれな」
「え、いやいや全然これでいいよ!」
「いやいやいやそれ…今度ちゃんと洗って寝巻きにでも…」
「っていうか服なら自分で用意できたのに…」
「はあ!?」
リクヤは覆わず振り向いた。
「えっと、ね。僕が能力持ってることは知ってるでしょ」
「あ、ああ…一位だっけ?協会の」
「うん、そう。っていっても実力が必ずしも順位ってわけじゃないんだ、僕の場合」
「へ、へえ…」
「まあそれはおいといて、僕の能力は時間を操る能力なの」
レイファは近くにあった木箱の上に買って来た洋服を置くと、リクヤから少し離れた。
「多分、仮説だけど出来ると思うんだよねー…」
そう、小さく呟いたレイファの声をリクヤがどういう意味か考えた直後だった。
えいっという掛け声と共にぼふんっと音を立ててレイファから煙が出た。
「…!?!?!!?」
「うっわ、なにこの煙!」
(それはこっちのセリフだー!)
リクヤは心の中で突っ込みつつ咳き込みながら煙が消えるまで待つと、そこには。
「は…」
「やっぱりー!できた!」
そこには、おそらく元着ていた服であろう、その服がまるで新品同然になっていた。
ワケがわからない。
「えっとね、僕が着てた服のね、時間を戻したの!」
「へー」
「人間とか…生き物に対してしか時間を操作することしなかったからものに対して時間を戻すことが出来るのか…なんてわからなかったの」
「ほー」
「だから成功するかわからなかったし…でも買ってくれるって言ったから…って聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」
実際は聞き流していたのが本音である。
(だってよう!ただでさえ金ほとんどもってねーのに!のに!)
金欠とは恐ろしいものである。
魔物討伐でもすれば一日で結構な報奨金を得ることが出来るが今はそうもいかない。とりあえず今日の宿を借りなければ野宿しかない今は極力無駄な出費を避けたいのにも関わらず今になって実は服を自分で用意することが出来ました!なんて話を聞きたくなかった。
どうみても買って来たものよりも上等な生地で高そうなものだ。
ワンピースだと思っていたら裾の長いシャツだったようだ。
下には長ズボンを履いている。ズボン、履いていたのか。
足を見てみると流石に靴は履いていなかった。
「…洋服じゃなくて…靴を先に買えばよかったー!!」
「あ!じゃあ怒ってないんだね!良かったぁ、怒られるかと思った!」
リクヤは怒っても良かったらしい。
その後、洋服をレイファに持たせたリクヤはちゃちゃっと靴を買って来た。
裸足でもう歩かせたくなかったのもある。
街の外の道には小石にさえ気をつけていれば危ないものは落ちてない。草の上なんか裸足で歩くと気持ちいいくらいだ。
しかし街には色んなものが落ちている。食べ歩き用の紙皿や、箸などだったらいい。しかし今は市が開催されており、様々なものが売っていて危ないものだって落ちていたりする。消えきっていないたばこの吸い殻、どこでどう割れたのかわからないガラスの破片、木片が落ちていることだってある。
「よし、こんなもんか」
「うん?」
「お前の服も靴もなんとかなったし…市は明日もあるだろうし、ここで宿とるか」
「お金大丈夫?」
「聞くな、レイファよ」
「………」
リクヤは徐に財布を取り出してお金を数え始めた。
そしてぶつぶつなにやら呟き始める。
これなら一日くらいは…、一人部屋なら二日は…とか聞こえる。
レイファは本気で申し訳なくなり、声をかけようとしたときだった。
とん。と腰に衝撃が走る。
「え?」
と呟いたときには、その勢い余ってリクヤに突っ込んでいた。
小銭がー!!
リクヤの悲鳴が響き渡る。
(うん、本当ごめん!)
でも僕の所為じゃないんだ!とレイファは心の中で叫びながらリクヤが落としたお金を拾い始めた。
レイファにぶつかってきたのは、薄緑色のチャイナ服のような服を身に纏い、大きなきのこのような形をした帽子を被った少女だった。
「ごめん…なさい…」
ちりん。
「いや、大丈夫、だよ。君こそ怪我はない?」
こくん、と少女が頷く。
ちりりん。
「えっと…君は…」
リクヤもレイファも正直顔が引きつっていた。
というのも、少女が服や帽子に10個以上大きな鈴をくっつけているという、五月蠅くないの?って思うある種異常な出で立ちだったからではない。
帽子からのぞく大きな獣―猫耳をつけていたからだ。
それだけ見ればそういう趣向の人なのかとも思うのだが、時折その耳は動いた。
彼女が頭を揺らして、ではない。
会話をしていれば一目瞭然。
少女は感情の起伏は乏しかったが感情にあわせて耳がぴんと立ったり、しゅんと項垂れたりするのだ。
「私…スィーア…」
「ん?」
「名前、」
「あ、ああ!僕はレイファ!」
「オレはリクヤだ」
「えっと、本当、ごめんね?僕ぼーっとしちゃってて…」
「…私、…こそ…」
スィーアと名乗った少女はとても静かな子だった。
声も小さくどもったような口調で、注意して聞かなければ全く聞こえないくらいだろう。
ぱっと見10歳くらいの幼い子だった。
親とはぐれたのだろうか?そう聞くと首を振ってきた。
それから少し話をした。
レイファはスィーアと気が合うらしく楽しそうに笑っている。スィーアは照れ臭そうに、でも確かに笑っていた。
そして、スィーアは雑貨屋をしているという友達のところに行くところだったらしく、これも何かの縁ということでリクヤとレイファは、スィーアと共にその店にいくことにした。
スィーアがつれてきた店は、大通りから少し外れた、静かな場所にあった。
人目には付きにくいが、趣味が良い。
然程広くない店の中は思っていたよりもにぎわっていた。
「こ、っち…」
スィーアがそういってレイファの服を引っ張って店の奥へと案内する。
レジの近くまで来ると、店の奥から一人の女性が姿を現した。
「あら、スィーア。来てたの!後ろの人たちは?」
「……あの、」
「あ、僕はレイファって言います!大通りでこの子にあって、あ、こっちはリクヤです」
「おい、ついでにって感じで紹介すんな。どうも、はじめまして」
「え、ええ、はじめまして、はじめまして!私はシャウアよ、よろしくね!」
初めはとても驚いていた様子のシャウアだったが、リクヤとレイファが自己紹介をすると先ほどまでのびっくりした顔が嘘のようにほころんでとても綺麗な笑みを浮かべていた。嬉しそうだ。
店が少しまだ忙しいとのことで、リクヤたちは少し落ち着くまで店のなかをぶらぶらした。
店はいろんなものに溢れていた。
小さなポーチやアクセサリーなどの女性が好みそうなものや、ダンディーな帽子に煙管など男性が好みそうなものなど幅広いものを取り扱っているようだ。
少し奥に行くと、落ち着いた配色とデザインの洋服まで売っていた。
スィーアによると、この店のものは殆どシャウアが作ったものらしい。
確かによく見ると手作り感があふれていてやさしいものばかりだった。
豪快に縫われたバッグもあればみているこっちが目が痛くなるほど繊細に編みこまれたビーズのアクセサリーなどを見ると、シャウアという女性は万能な人物らしい。
同じ種類のものでもひとつひとつ違うものだから見ていて全然飽きることはなかった。
それから少しして客足が落ち着くと、シャウアは休憩時間にした。
スィーアと一緒にリクヤとレイファは店の奥にお邪魔する。
「それにしても驚いたわ。スィーアがお友達を連れてくるなんて!」
「え!お、お友達…!?」
「え、違うの?」
「えっと、あの、」
レイファは困ったような表情をしているがどことなく嬉しそうな様子で視線を彷徨わせてスィーアを見る。
「えっと…友達って思ってくれてるなら、僕嬉しいな」
「うん、…わた、しも…」
ぽやぽやとお花を飛ばしている幻覚を見ながら、リクヤは二人をほほえましく眺めた。
こうしてみると、女友達同士のようだ。
レイファが男だなんて、本当に詐欺だ、そうに違いない。と心の中で考えていると、不意にリクヤの隣から声がした。
「スィーアは…ちょっと変わってるでしょ?」
「え!え、ええ、あの耳、びっくりしました」
「尻尾もあるのよ?……ねえ、この町にでっかい研究所があるのは知っている?」
「い、いいえ?」
「…スィーアはそこに住んでるの」
「は…?」
リクヤは反射的に聞き返していた。
スィーアが研究所に住んでいると言った。
それは普通に考えれば、スィーアは研究所の研究員ではなく、逆の立場だと言える。
あの耳は、そのためだろうか?
リクヤが考え始めると、シャウアは少し悲しそうに続けた。
「あんまり外にも出して貰えないのですって。私…そういう立場が分かるから余計に悲しくて。……ありがとう、あの子の友達になってくれて」
「いえ!こちらこそ!」
「どうして…あんな研究所があるのかしら!協会だかなんだか知らないけど…私たちをなんだと思ってるの!」
静かな声だったが、その声は紛れもなく怒気が感じられた。
リクヤはその言葉に何も言えなかった。
「……きょう、かい…」
シャウアが言った協会言う言葉が、ずっと頭に反響していた。