03
「ターゲット確認」
とある森。
大きな木の上に、燃え盛る村を眺めている人物がいた。
「ターゲットR、ターゲットLと接触」
リーヴァンとレイファに目を向けながら幾分高い声で淡々と話していく。
「只今より、任務を遂行します」
感情の無い瞳を向けられていることに二人はまだ気付かない。
音もなく、視界からリーヴァンが消える。
瞬きする間もなくリーヴァンはレイファに斬りかかっていた。
リクヤには全く目で終えなかったが、レイファには見えていたらしい、どうにかしてリーヴァンの剣を受け止めていたが、
「え、何で…?」
リクヤは思わず呟いていた。
レイファが何かを持っている様子は無い。しかしレイファは顔を守るようにして腕で庇ってはいるが、その手には何ももたれていない。
それなのにリーヴァンの剣はまるで何かに阻まれているように静止していた。
「はっ!」
「くっ……」
レイファがリーヴァンをなぎ払い、前方に振り飛ばす。
空中で体勢を立て直し、着地しようとしたところにレイファが走って向かい、また何も持っていないと見えるのにその手をリーヴァンに振り下ろした。
「…っ!?」
着地する直前の出来事で対応できなかったらしいリーヴァンがレイファの持つなんらかのものに切りつけられたらしい。
左肩に当たったらしく、傷は浅そうだが鮮血が飛び散りリーヴァンの白い服をさらに赤く染め上げた。
「くっ……う、」
「リーヴァン…寝てないでしょ。動きがいつもより全然遅い。剣にキレも無いし…そんな状態で能力ももう使えないでしょう?…大人しく…帰って!」
片膝をつくリーヴァンに少し離れたところからレイファがそう言い聞かせた。
その様子を見ていたリクヤははっとしてレイファの手を凝視した。
「…え?」
そこには柄が少し短い薙刀が見えた。
思わず目をこすってもう一度見てみる。
(見える…)
先ほどまで何も見えなかった筈なのにうっすらとだが確かにそれが見える。
「レイファ…その薙刀…」
「え!?リ、クヤ、見えるの!?」
リクヤは無意識に呟いていた。その言葉にレイファが酷く狼狽する。
その一瞬の隙を突いてリーヴァンが体勢を立て直した。
「…こんな、傷の痛みでオレの能力を封じられたと思うな!戦いを厭うお前に実戦経験が劣るとは思わない!」
リーヴァンはそういうと切られた左肩に右手を当てる。その手がどかされる時には傷は綺麗に塞がっていた。
「え…!?傷が…?」
「…あっ…。詰めが甘かった…。リクヤ聞いて。あれがリーヴァンの能力」
「…治癒能力?」
「違う…。それは応用だね。彼の能力は破壊できるものならば例外なく…人でさえも…跡形もなく壊すことの出来る力」
「…!?」
「そして…破壊されたものを元の状態に再生させる力。この二つがリーヴァンの能力」
「…滅茶苦茶じゃねえか!」
リクヤは頭をがしがしかいた。
レイファの言葉通りなら、いつでもリーヴァンはリクヤ自身とレイファを殺せることになる。
そして、村の参上も理解できた。
おそらく、村人はリーヴァンに壊されたのだ。
「まって、続きがあるの!」
レイファの言葉を遮るようにリーヴァンが襲い掛かった。
レイファを庇うようにして前に出たリクヤがリーヴァンの剣を受け止める。
「お前の相手は…俺だ!」
「………」
「リクヤ、下がってて!あまりリーヴァンに近づかないで!」
「え?」
レイファが薙刀をぎゅっと握り、リーヴァンに斬りかかる。
それをギリギリのところで避けられるがレイファは引かずにすぐに薙刀を持ち替えて下から上に薙ぎ払った。
リーヴァンの服に掠りはしたがこれまた避けられた。
チッと舌打ちしたリーヴァンはレイファから距離をとった。接近戦は自分の攻撃が読まれていて不利と悟ったらしい。
その場から動かずに様子を伺う。
レイファはリーヴァンに意識を集中させつつ、少し後ろにいるリクヤに向かって話しかけた。
「リーヴァンに破壊できるものは限られる!リーヴァンは破壊するものを何で出来ているのか正確に把握しなくちゃいけない。その解析が終了するまでは能力は発動できないの!遠くのものより近いもののほうがものを観察しやすいのと同じ!あまり近づくと解析が早く終わる…なるべくリーヴァンの視界に入らないで!腕とか足とか消されても良いの!?」
(怖…!!……だからレイファはリーヴァンから少し離れて話していたのか…)
「…僕たちの能力の属性は無、なんだけど…この属性は人を殺せないという縛りがある。だから直接殺されることは無いんだけど…」
「…え?縛り…?」
(ちょっと待て、無属性は殺せない?あいつが殺したんじゃない?だったら誰が村のみんなを…?)
「無属性の力が強すぎるからかなあ…理由はわからないけど能力で人を殺すと発狂して死ぬ結果が出てる。…でもね、リーヴァンの能力は厄介で…例えばもしもこの地面を壊されてしまったら?」
「…落ちるな…」
小さな落とし穴程度なら良い。しかし深く穴をあけられてしまったらひとたまりも無いだろう。
そしてもしもその上に土とか被せられてしまったら、他にも水や木、武器など放り込まれたらと考えるとぞっとする。
「つまりそういうこと。無属性は能力で人を殺せないけど人を殺すこと自体ができないわけじゃない。僕は多分殺されないけど…殺されかけはするかもしれない…けれどリクヤは…そうじゃない。きっと彼の中で邪魔な人物だって思われてるから…。リーヴァンいつも寝てばかりいてボケてるけど…あれで戦闘中はキレやすいから…本当に、注意して」
「ははは…」
乾いた笑いしか出なかった。
最も、リクヤにとってリーヴァンとやらも、好ましい人物だとは思えない。
寧ろ、村の敵討ちが出来るならしているところだ。
(情けねえ…)
能力というイレギュラーな強い力の前にリクヤは無力だった。
これが、能力者と能力者でないものの違いか、とリクヤが自嘲気味に笑ったときだった。
リーヴァンが剣を捨て、何事か呟いた。
「…何を…?」
「…!リクヤ、下がってて!」
「え?」
リクヤが聞き返すも答えずに、レイファも何事かを呟いた。
直後、ゴウ!という音を立てて何かがリクヤ達の方に向かって来た。
それはリクヤの目には映らなかった。
けれど、それがとても危険なものであるということはリクヤにもわかった。
見えないそれは恐怖そのものだった。
無意識のうちに後ずさる。
喉がからからに渇いて、身体が震えそうになるのを必至に耐えた。
レイファが両腕をそれに向かって伸ばす。
リクヤには、レイファの手の前に、うっすらと盾のようなものが見えた。
「な、んだよ…こ、れ…!」
「…っわか、る?」
レイファが苦しそうな顔でちらりとリクヤの顔を伺った。額に薄ら汗をかいている。
「…純粋な、破壊…の能力を…こっちに向けて発動した…の。流石にっ…予想外!」
こんなの向けられたら僕だって死んじゃうよ、と小さく笑うとレイファはリーヴァンに向き直った。
「リーヴァン!どういうつもり!本気なの…!?」
「………お前なら。この程度なんとも無いはずだ。疲れはするだろうけどな。………オレはお前を連れて帰らなくちゃいけない。恨まれてもいいから、帰さなくちゃ」
「ほんっと頑固もの!リーヴァンの馬鹿っ!本当馬鹿じゃないの!?」
「……!?」
「なんともなくても!こんなの向けられたら怒るに決まってるでしょうが!!」
レイファはそう叫ぶと盾ごとその能力をリーヴァンの方に向かって投げ飛ばすように押し返した。
再びゴウ!という音を立ててリーヴァンにその力が向かう。
「……!!」
リーヴァンが咄嗟に腕を伸ばすと、呆気なくその力はパン!と弾き飛んだ。が、
「ぐあっ!!」
ガン!
大きな音を立ててリーヴァンが後方に吹っ飛んだ。
それはレイファの盾が当たった音だった。
リクヤは思わず「え…?」と呟いていた。まさかあたるとは思っていなかった。当然避けると思っていたのだ。
しかし、見事クリーンヒットし、吹っ飛ばされたリーヴァンは額を押さえながら蹲っている。
レイファは当然、というようにふん鼻を鳴らすと、スタスタとリーヴァンの方に向かって歩いて行った。
ふっと暗くなった視界にリーヴァンは顔を上げると、レイファが仁王立ちで立っていた。
「わかってないのはお前の方だ!」
「ぐっ…」
レイファがばし!とリーヴァンの頭を叩いた。
「協会が何を考えているか、わかってる?計画の存在を知ってる?」
「………」
「だから、僕は逃げたの。あの計画は…実行させちゃいけない!だから僕は逃げて…中央委員会に助けを求めるつもりだった!」
「……!!」
リーヴァンが顔を上げる。
中央委員会、それはリクヤにも聞き覚えがあった。
中央委員会とは世界各国が作り上げたものである。
世界の平和と繁栄を願って作られたものだ。
貧しい地域に支援をしたり、迫害で苦しむ者を保護したりしているという。
(あ、確か…)
中央委員会は能力者も保護しているということを聞いたことがある。
(そんだけ協会がひでーところだってことか…)
「……わかった」
リーヴァンがすくっと立ち上がる。
リクヤは一瞬何て言ったのかわからずにぽかんとリーヴァンを見た。なんとあっさり引き下がるものだと思ったのである。
彼の様子からしてレイファを気絶させて自分を殺してでも連れ戻そうとすると思っていたからである。
レイファがほっと息をついた。ここで連れ戻されるわけにはいかないのだ。
「だけど…頼る人間は選べ」
「…え?」
「………」
それだけ言うと踵を返し、去っていった。
「……レイファ…?」
「り、リクヤ…」
「えっと……あいつの言った事って…」
「ごめんなさい!」
リクヤが何かを言いかける前にレイファが謝った。
「レイファ!?」
「巻き込むつもりは無かった!やっぱりあの時、気絶させてでも僕は離れるべきだった…っ。そうすれば今頃っ!」
「ちょちょ、ちょっと待て!何を言ってるんだかさっぱりわかんねえ!」
レイファがいきなり何度も何度も深く頭を下げて叫ぶように謝り続ける。
リクヤには全く意味がわからなかった。
まずは一先ず落ち着け、とレイファの背中を撫でる。
レイファはゆっくりと下げていた頭を上げてリクヤを見た。
その瞳はどこか不安げに揺れていて、身体も小刻みに震えている気がした。
「とりあえず落ち着けって」
「…うん…」
「で、何でレイファが謝る必要があるんだ」
「…この村がこうなったのは…僕のせいだ…」
「……!?」
「僕がここに逃げてしまったからっ…まさか村があるなんて思わなかったなんて…言い訳でしょう!」
「………」
「だからっリクヤに見つかったときリクヤを気絶させてでもその場から早く離れるべきだったんだ…なのに…僕は…」
リクヤの手をとってしまった。
心のどこかで、誰かを頼りたいと思ってしまっていたのかもしれない。
そんな甘さが招いた悲劇。
謝っても謝っても許されないとは思っていたし、許されることではないとレイファは思う。けれど、謝ることしか出来なかった。
「本当はっ…ここでけじめをつけて…敵討ちでもなんでもしてって言いたい…でも僕は今は…今はまだ死ぬわけには―…」
べちん
「うあ!?」
「ばーか、何言ってるんだ」
何とも物騒なことを言い始めたレイファの言葉を遮るようにリクヤがレイファの両頬を包むように叩いた。
そのまま自分に目線を合わせてリクヤはレイファの瞳を覗き込む。
「確かに。お前を狙って協会の人間が来た。お前が村に潜伏してると思われて村は壊滅した。でもお前を恨むようなことはねーよ」
「…な、んで…」
「お前を見ていればわかる」
レイファは人を進んで傷つけるような人間じゃない。
寧ろ守るために人の傷を自分で負うような奴だ。
短い時間しかいないけれどリクヤはそう感じていた。
レイファはリクヤに対して物凄い罪悪感を抱いている。
死んで詫びるのは当然と思うくらいに。
けれどリクヤはレイファの所為だとは本当に思っていなかった。
レイファが言うように彼がここに来たから村はこうなってしまったのかもしれない。
しかしレイファは震えていた。レイファ自身は気付いていないが身体が物語っている。まだ15歳もいっていないであろう子供がだ。
協会がどんなところかはリクヤにはわからない。
でもリクヤには到底叶わないような戦闘力を持っているレイファでさえ気付かないうちに震えてしまうほど危険な場所であったのだ。
リクヤにはレイファが巻き込んではいけないと思っていても無意識に人を頼ってしまうのは理解できた。
リクヤだって、そんな極限の状態で頼れそうな人がいたらレイファのように言葉だけではあるとはいえ、断るようなことなんてできるとは思えなかった。
恥ずかしい話だがリクヤ自身、自分がそんな強靭な精神力を持っているとは思っていない。
「…確かにな、許せねーよ、村をこんなにしたやつ。でもお前は…ただ逃げてきただけなんだ。お前のせいじゃない。お前は被害者で加害者はリーヴァンとかいう奴とそれを命令した協会だ」
「ちがっ…リクヤ!」
「…レイファ?」
「…彼を責めないで…っ」
「……?」
「し、信じらんないかもしれないけど!態度も悪いし口も悪いけど…彼は平気で人を殺せる人間じゃない…でも協会の…命令は絶対で、えっと…」
何ていったらいいかレイファは頭でまとまらないらしい。
なんどもああでもないこうでもないと言っている。
「リーヴァンだって…したくなかった筈なんだ…。僕が逃げなければ。外に出れないにしろ、人を傷つけるようなことは無かったっ…」
レイファはぎゅっと手を握り、目を瞑ると俯いた。
声が、そして肩が微かに震えている。
「レ、イファ…」
リクヤは素直にしまった、と思った。どうしてこいつはなんでもかんでも背負い込もうとするんだ!と心の中で叫びながらどうしようかリクヤは焦る。
ポタ、とレイファの目から涙が零れている。
「…!!す、すまねえ!オレっ…」
「彼は…僕の一番の親友なの…」
「…!?」
「あの…教会の中で、彼が僕を理解してくれたから僕は発狂しないで済んだ…」
そう語るレイファの声は酷く落ち着いていた。
過去を思い出しているのだろうか。
レイファに震えは見られない。それほどまでにレイファがリーヴァンを心の拠り所にしていることは真実のようだ。
「僕に言う権利はないけど…でも…彼を…殺さないで欲しいっ…」
正直、リーヴァンを恨んでいないと言い切れない。
リーヴァンが村人を殺していない可能性があったとしても、襲撃したのは事実だ。
レイファの所為ではないとはいえても、リーヴァンの所為ではないといえるほど、リクヤは大人になれなかった。
だから、
ぽこん。
リクヤはレイファの頭を軽く叩いた。
「…は?」
レイファはきょとんと顔を上げてリクヤを覗き込んだ。
「今、オレはレイファを殴った。お前の罪はこれでチャラだ。…だから、リーヴァンも一発殴る。それで…水に流す」
「リクヤ…」
「でも、協会はぜってー許さねえ」
リクヤは一呼吸置いて、続ける。
「ぶっ潰してなくしてやる…!」
能力も持たない青年が出来るとは到底思えないこと。
けれど、この時リクヤは本気でそう決意した。