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蒼穹  作者: 白乃
第1話 光の名前
3/23

02

※挿絵に血表現(返り血)有りです。

苦手な方は非表示でお願いします。

「な、なんだよコレ!!」


辺りは真っ赤に染まっていた。

炎が村を包み、バキバキと家が倒壊していく。

何が起こったのかは理解ができない。しかしとにかくリクヤは村の中に走っていって村人を探し始める。

怪我人は当然いるだろう。もしかしたら死人も…。しかし助けられる人がいるかもしれないと思って炎の中、身体も喉も熱くなるが気にせずに走った。


「…え?」


少し走って奇妙な事に気付く。


誰一人いなかったのだ。

怪我人、死人どころか、人間が誰一人としていない。

人がいた痕跡はあるのに、人間だけが綺麗にいなくなっている。


「どういうことだよ!おい!!」


ますます混乱して叫ぶが、リクヤに聞えるのは燃えて崩れる音だけだった。


その様子を、レイファはただ静かに見ていた。唇を噛んでみていることしか出来なかった。

何かに耐えるようにしてぎゅっと自分の身体を抱いている。


レイファには…心当たりがあったのだ。



(……これは…やっぱり…)


レイファが顔面蒼白で心当たりを考え始めた時だった。

リクヤがレイファに駆け寄っていった。


建物が炎に包まれながらどんどん倒壊していくこの場所にとどまるのは危険だと判断したリクヤは、まだ村人を探したい気持ちがあったが、自分一人だけで突っ込むならまだしもレイファまで巻き込めないと思い、逃げようと思ったのだ。

顔面蒼白なレイファを見て、まだまだ大人とは言えない十代の子供にはショックが大きすぎたかとリクヤは舌打ちしながら、優しくレイファの肩を抱く。


「炎が…勢いが酷いっ。だが大丈夫だぞレイファ。一度離れたところに行こう。お前だけでも逃げておけ!俺はみんなを―…」


リクヤが村の外に、レイファをつれて歩き始めた時だった。


「レイファ?」


静かに、しかしはっきりと聞こえた声。

まるで時が止まったようだった。


似ているがレイファの声ではない、第三者の声。

聞いたことのない声に、リクヤはゆっくりと振り返る。


まだ倒壊していない屋根の上にその人物はいた。


一言で言うなら、白。

来ている服も髪も肌もどこまでも白く、炎の色が綺麗にうつっていた。

音もなくその人物は降りてリクヤに近づいてくる。


その人物が手が届くくらいまで近づいてきても、リクヤは動けなかった。

時間が止まったかのように瞬きもせずにその人物を見ていた。


否、動けなかった。

炎の色が移っていたと思われた赤は、見間違えるはずがない、赤い、赤い血。

そして、その人物はまるで………


「れ、いふぁ…?」




挿絵(By みてみん)




別人だ。

レイファは今、自分が肩を抱いている…リクヤはそう思うのに、目の前の人物がレイファなのではないかと錯覚してしまいそうだった。

それほどよく似ていた。


しかし違う人物だ。

それを表すように目の前のレイファに似た人物は、レイファより色はかなり薄い雪色をした髪の色であったし、長さもレイファよりも長くて足元まで長い。

瞳の色はレイファは深い青い海の色をしているのに対して、目の前の人物はこの世界には珍しい紫。

纏う雰囲気もレイファのような可愛らしさはなく、無表情なのもあって本能的に恐怖を感じるような恐ろしさがあった。


こいつが村の皆を?


違うかもしれない。しかしレイファ似の人物が纏う雰囲気や、体中の血痕を見てはそう思わざるを得ない。


そう…思うのにリクヤはその人物の容姿がレイファに似ているのと、本能的な恐怖により、問いただす事も出来ずに立っていることしか出来なかった。


先に次の言葉を発したのは、レイファ似の人物だ。



「…ソレ」


ゆったりとした手つきで、レイファ似の人物が指をさす。


リクヤがおそるおそる視線を向けると、レイファが立っている。

レイファもまた、レイファ似の人物が恐ろしいのか、または別の理由か、顔面蒼白のまままるで恐ろしいものを見たかとでもいうような表情で固まっている。


「名前?…はっ…暢気なことで」


大きくもない声だ。咎めているような声でもない。

だが、一つ一つの言葉が恐ろしい。

奥歯がかちかちなりそうなのをぐっと噛み締めて我慢すると、リクヤはその人物を見た。そしてようやく口を開く。


「お、前が!みんなを…!!」

「…?これ?」


その人物が首を傾げて片手をあげる。村を指しているのだとわかれば、リクヤはこくり…と頷こうとした、そのときだった。


「リーヴァン!なんてことを…!殺したの!?」


先ほどまで突っ立っていたレイファがリクヤを守るようにして間に割って入った。

レイファの顔色は依然として蒼白だが、少し色が戻っているように見える。

リクヤはリーヴァン?と首を傾げた。もしかして…レイファ似の人物の名前だろうかと思った。


リーヴァンと呼ばれたレイファ似の人物は目を丸くしてレイファを見つめると、今までの無表情を崩し僅かに口角を上げる。


「オレが?ハハッ…んなわけねーだろ?…やったのは黒天使だ」

「貴方の指示でしょう!…何て、ことを!!」

「ちょっと待てレイファ!今何ていった!?」


一言も口を挟まず静かに聞いていたリクヤだが、レイファの「貴方の指示」という言葉に反応して、気付けばレイファの肩を掴んでいた。

リクヤがレイファの顔を覗き込むと、顔色は悪いまま、レイファは目をあわさずに、リクヤに言おうとしなかった…おそらく倒れていた理由につながる話をぽつりぽつりと話し始める。


「…彼は…リーヴァン…。きっと僕を連れ戻しに来た…協会の能力者…。黒天使っていうのは…大半が実験で犠牲になった能力者の成れの果て…意思も気持ちも…感情がなくなった彼らは…指示されなきゃ何もしない…者たち…」

「きょう、かい…!?」


リクヤでも知っている。


協会…正式名称を『特殊能力者研究協会』という。

協会は特殊な能力を持った者達を集めているという、本当にあるのかないのか都市伝説となっている組織だった。

どんな組織なのかは都市伝説になるくらい存在の信憑性がないのだから、リクヤには全く分からない。


だが実際能力者はいた。

ただものすごく数が少なく、リクヤは会った事がない。

そこから、来たというレイファとリーヴァン。彼らがその能力者というものなのだろうか?


考えたところで、リーヴァンの声が響いた。


「…勘違いするな…。黒天使とオレにお前を連れ戻すよう…邪魔になるもの、またそうなりそうなものを破壊しつくせって言ったのは…クェルダン…いや、それもまた命令されたからか…」

「そうだとしても!止めなかったの!?」

「…こうなったら…お前は出てくるだろうと…マザー・システムに狂いはない…オレにはそれを止める権限もな…」

「てめえ!!」


リーヴァンの話を途中まで静かに聞いていたリクヤは、その言葉を遮るようにリーヴァンに斬りかかった。


『こうなったらお前は出てくるだろうと』


理由はわからないがつまり、レイファをおびき出すためだけに村は狙われたのか…そう思ったら、リクヤは恐怖など忘れてリーヴァンに斬りかかっていた。


リーヴァンはそれをひょいっとかわして数歩下がる。

リクヤは剣を構えなおしてリーヴァンを睨み付けた。


「何…?」

「それだけの理由で!村を…!!」

「…勘違いしてないか、お前」

「…!?」


一瞬だった。

一瞬でリーヴァンは間合いを詰め、素手で剣先を下しリクヤの顔を覗き込んだ。


「あいつが…お前が『レイファ』と呼んでるやつが何者なのか知っているか?」

「…っ」

「あいつは教会のトップ。協会で一番の能力者。…そして、協会から逃げ出した脱走者。あいつが逃げなければそもそもこうはなってなかった」

「…っるっせえ!」


リクヤはリーヴァンの言葉を無理やり否定して剣をふるう。

少し肉を切った感触がしたが、わずかにリーヴァンの手が切れただけだった。


リーヴァンは地を踏み、くるりと一回転して静かに地に降りる。

ぽたり、と血が垂れているが痛みに顔をゆがめるでもなくリクヤに視線を向ける。


「お前みたいなのがいるから!レイファが逃げ出したんだろ!そう、仕向けたのはお前たちだ!」


リクヤはレイファとほんの少ししか一緒にいない。

けれど、その短時間でもリクヤはレイファをとてもいいやつだと思っていた。


最初にレイファは言った。

自分にかかわるな、と。その理由が…おそらくこれなのだとリクヤは思う。

協会で一番の能力者だった自分と一緒にいるのは危険だと。


そんな一番の能力者だったはずのレイファが逃げ出したいほどの理由はわからないけれど、それでも、レイファ自身はリクヤから見れば本当に良いやつなのだ。


「…なんだと」


睨み付けるリクヤの言葉に、ピクリ、とリーヴァンが反応する。

リクヤは続けた。


「協会だか何だかしらねーが…ゆるさねえ!お前みたいな奴にレイファを渡してたまるかよ!」


不思議と震えはもう無かった。リクヤはただリーヴァンという名の敵を見ていた。


「……にが…」

「…?」

「お前に何が…わかる!!」

「…っ!!」


一瞬にしてあたりの空気が変わった。人が変わったのでは?と思うくらいに、リーヴァンは取り乱したように叫んだ。


リクヤは背中に嫌な汗を確かに感じて息を呑んだ。

気を抜けば呼吸さえままならないような、凄まじい殺気を感じる。


今、初めて、リーヴァンが声を荒げた。


「何も…何も知らないくせに…!」


リクヤが瞬きをした瞬間、次に目に入ったのはリーヴァンが長剣を持つ姿だった。


「!?」


いつの間に剣を取り出したのか、と思う暇も無かった。

音もなくリーヴァンがリクヤとの間合いをつめる。


「…くっ」


リクヤは剣術が好きだった。毎日稽古をして、村では一番の強さだった。

だからだろうか、僅かにリーヴァンの剣を目で追えた。

逆を言えば、僅かにしか、目で追えなかった。


リーヴァンは剣を大きく振り上げると、間もおかずに振り下ろした。

辛うじて振り下ろされたリーヴァンの剣を受け止める。


(重い…っつか…速過ぎだろっ…!)


一見、レイファ同様華奢な少女であるリーヴァンの身体のどこにそんな力があったのか。

大きな町に出ても、リクヤに勝てる相手は多くは無かった。

リクヤは決して弱いわけではない。

しかしリーヴァンの動きは速過ぎた。


先ほどの攻撃も、感情任せに動いただけあってなんの捻りもないただ振り上げて降ろすだけの読みやすい軌道。

しかしそんな欠点もリーヴァンの速さと正確さ、そして一撃の重さが帳消しにしている。


剣を受け止められたと気付くや否やリーヴァンはぐっと手に力を込めると、力任せにリクヤごと剣を横に凪いだ。


「うっわ…!!」


いとも簡単にリクヤが吹っ飛ばされる。

思わぬ力技にリクヤは対応しきれずに地面に叩きつけられた。

隙を見逃さないリーヴァンが追う。振り上げられた剣にリクヤは一瞬死を覚悟したが、


「……やめて!」

「………」

「レ、イファ!何してんだ!逃げろ!」


今までリクヤとリーヴァンを診ているだけだったレイファが走ってきた。

レイファはリクヤの前に立つと、両手を広げてリクヤを庇うようにしてリーヴァンと対峙する。

リーヴァンの剣はレイファの前で静止した。まるでそこに見えない壁があるように。


リクヤがレイファに逃げろと言うが、レイファは頑なに首を振る。小さく舌打ちをして仕方ない、とリーヴァンに改めて目を向けると、思わず目を見開いて息をするのも忘れた。


リーヴァンは明らかに動揺していたのだ。

彼の手は震え、視線は不安げに揺らいでいる。

最初の恐怖感と今の殺気を向けられた後で見れば信じられなかった。

リクヤはそのまま固まる。


リーヴァンは震えた小さな声で言った。


「…お、前…そいつを庇うのか…!」

「殺すつもりだったの!そんなこと許さない!約束を忘―…」

「忘れてない!」


レイファの言葉をリーヴァンが否定する。

リクヤには意味が分からない会話だったが、リーヴァンにとってはさらに動揺する言葉だったらしい。

何かを言い返すこともできず、ただ首を振って否定するだけで逃げるように数歩後ろに下がり、剣を地面に突き刺した。


「オレは…っ守ろうとしただけだっ!外がどんなところかお前は知らないから!」


そして、口を開く。

まるで駄々を捏ねる子供のようだとリクヤは思った。


「リーヴァン…?」

委員会(あいつら)に保護されるなら良い。けれど、半端な機関に捕まってみろ…どうなるか、想像出来ない訳じゃねえだろ!」


レイファはリーヴァンの言葉に詰まった。


協会の能力者であるレイファが、リーヴァンの言うことを知らないわけではなかった。


協会では能力者を集めている。

能力者は文字通りある特殊な能力を持っている。個人差はあるが、大体は普通の人間よりも強い力を持っている。それこそ魔法とでも呼べる不思議な力だ。

そんな能力者を集めるのもまた、能力者だった。


任務と称して、協会の能力者は協会を出て任務…つまり、他の能力者を捕えに行くことがある。

しかし、稀に外に出た能力者が、能力に興味がある下手に力のある研究所に捕まるという事件が起こっていた。


その末路は悲惨なものだった。

生きて帰れれば五体満足でなくても記憶や感情がなくたっていてもいい方なくらいだった。


大抵は、発狂して死ぬか化け物になった。


能力を無理に調べようとした結果である。

能力とは繊細なもので、下手な調べ方をすれば死に至るのだ。


そういう人たちを、レイファは見たことはない。

けれど、何となく想像することはできた。




(あいつら…?)


近くでリーヴァンの言葉を聞いていたリクヤはリーヴァンが言う半端な機関よりもそっちが気になった。

レイファとリーヴァンのことどころか、能力のことさえ詳しく知らないから、分かることしか気にならなかったともいえるが。


しかしその思考はレイファの声に止められた。


「知ってるよ。知ってる。けれど、それでも僕は…帰れないの。…帰れない理由がある…けれど、リーヴァン。君に言えない。ごめん、だからここは帰って!」

「…そんなことで…オレが納得すると思うのか」


驚くほど落ち着いた低い声だった。

リーヴァンは俯いていて表情は見えない。

ただ、静かな怒気が含まれているようなそんな声だ。


リーヴァンと対峙していたレイファが一歩後ずさる。


「…ごめんっリクヤ。リーヴァンを怒らせた…」

「は?」

「彼、協会の第二位。といっても一位の僕と力は互角」

「えっと」


急にレイファが真顔で冗談を言うような場違いな声で言ってくるので、リクヤは何を言われたのか一瞬わからなかった。


レイファは振り向いてへにゃっと笑う。

笑っているけれど、目が笑っていない、マジだった。


「一応守るけど、死なないように逃げて!」


「なっなっなっ…!!!」


とりあえずどこから突っ込めば良いのかわからない。


ただ確実に言えるのは、何もしなければ死ぬ…そんな状況になってしまったことだった。

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