第九話 囚人たちと装飾の謎
誤字及び表現を若干修正(2013/3/3)
ラグスが何度も壁を触ってみてもすり抜けはしない。完全な一方通行の罠である。ディックがいまだ見上げている天井を見ると、隠蔽術式よりも複雑な術式が刻み込んであった。
「致し方ない。先に進むしかないだろう」
ザグンが提案する。全員が首肯を返し歩き始める。歩き始めた矢先に、何かが移動し石が擦れるような音がしはじめた。全員が腰を落とし辺りを伺う。しばらくすると音が鳴り止み、最後にガチリと音がした。先ほどスイッチを押した時にしたような音であった。
「あのスイッチに何か関係してるのか?」
そうザグンが誰に聞くともなしに聞く。いくつかの可能性が全員の頭をよぎる。
一つはあのスイッチが開けたであろうドアが時限式で閉まった。またはその逆で、閉めたであろうドアが時限式で開いた。もう一つは、誰かがスイッチを押してラグスたちが開けたであろうドアが閉まってしまった。またはその逆で閉めたであろうドアが開いてしまった。最後に誰かが別のスイッチを押して別のドアが閉まった。どの可能性も肯定も否定もできる要因がない。まずは少しでも情報を集めるのが先決ということになり、先を急ぐ。
暫くすると真っ直ぐに進む道と右に曲がる道に差し掛かり、右のほうをみると明かりが見える。
「もしかして入口に戻ってきたのかな?」
「うむ、どうもそうらしいな。まだ迷宮に入ってそこまで時間は経っていない。もう少し探索するか?」
実際、迷宮探索を始めてまだ一刻程度しか経過していない。
先ほどの音も気になることから、一行はそのまま探索を続けることにした。
スイッチのある部屋へ通じる隠し扉の前まで移動する。先ほど進まなかった道――隠し扉から出て右の道――を行く。十五メータル程進むとT字路に出た。
右は真っ直ぐ進んでおり、左に進むと装飾の施された石の門扉が存在した。一行はその門扉のもとへとたどり着く。
門扉は閉まっており、装飾がよく見える。門扉の左側には、この世界の神の一柱である赤の主神の偶像が描かれており、右側には、もう一柱である青の主神の偶像が描かれていた。
「あれ……この装飾おかしくないですか? なんで相剋関係の赤の主神と青の主神が同時に描かれてるんだろ。普通は左に赤の主神が描かれれば右側は相生関係の黄の主神が描かれるはず……」
この世界は、万色の長と呼ばれる主神及び主神を補佐する神である赤の主、青の主、黄の主と緑の主の四柱が作ったとされる。これらの神々を信仰するものをラディクラーゼ教と呼び、この世界すべての人々が信仰している。ただし、ラディクラーゼ自身は眠っているとされており、主に四色神が世界を調整しているといわれる。そのため、ラディクラーゼ教の中にも、各色のどれを信仰するかによってメリディート教派、ロズィード教派、ミリテリリ教派、クシュツゥムス教派と分かれている。当然ラディクラーゼを絶対主としているラディクラーゼ教派も存在する。
各教派に分かれ、すでに千年以上経過しており、その教義にも多少の差異が存在している。また各色神は相剋の関係があるために、対立関係にある教派もあり、それゆえの小競り合いも発生している。
このことから、一般的に相剋関係にある神は描かないとされているのである。それを敢えて描いていることに違和感をロイは抱いたのである。
「ふむ、たしかに……何か意味があるのかもしれんな」
そうザグンが答え、考え込む。ディックが門扉の下方の一点を見ている。
「なぁ……」
ラグスがディックに近づき、何かあるのかと視線を追う。他の二人も近づいたところでディックが門扉の下を見ながら、顎をしゃくる。
「ここ……」
床を見ると門扉と床との間に隙間があった。しかもそれが壁まで続いている。まるで門がこれ以上、ラグスたちの方に進まないようにしているかのようだった。ふとディックが何かに気が付いたかのように目を閉じ、
「一度、あのスイッチを押してここに戻ってみるのがいいんじゃねぇかな」
そう提案する。全員が了承し、一行は隠し扉まで戻りスイッチを押すと石を擦る音とガキンという音が聞こえた。先ほどの門のところに戻る。はたして門扉は奥側に開いていた。門扉は開いていたが、十二メータル先に門があり門扉が閉まっていた。そちらの方には特に装飾もない。
「正解だったけど、また問題が発生したね……」
開いた門扉と閉じた門扉の間でラグスがそうつぶやく。ロイはぶつぶつと呟きながら開いた門扉を調べている。ザグンも辺りをキョロキョロと見回し、ディックは閉まった門扉に近づき、しゃがみ込んでいる。ラグスもそれらをみてそれらしく辺りを伺うが特に変化はないように思えた。
暫くそうやって一行は辺りをそれぞれに調べていると、ディックの体が二、三回淡く光る。その後、床の方を指差し、なにかを辿る様に指を移動させていき、ある一点で止まる。また一度体を淡く光らせた後、頷く。
「ここに何かある」
ディックの行動を怪訝そうにみていたラグスがすぐに反応し、何かを問おうとし口を開きかけた瞬間、ディックが、
「たぶん、門扉の開閉スイッチだ」
と告げた。ラグスが口を堅く結び、ディックが指差している壁に近づいて見てもまわりとさして違いがないように思え、軽く首をひねる。ラグスの顔のすぐ横から壁に手をつくディック。壁の一部がガコンとへこむ。するとロイが調べていた門扉が閉まり始め、閉まっていた門扉が開き始め、石を擦るような音が盛大に響き始める。
「うおっ、本当だ! しかもうるさい!」
ラグスが盛大に文句を言いながら耳を手で押さえる。閉まっていた門扉が完全に開き、開いていた門扉が完全にしまった。その後、ガキンと上方から音がした。
「ふむ、一方が開くと、もう一方が閉まるようになっているのか」
そう開いた門扉を見ながらザグンが一人ごちる。開いた門扉の左右には、両方とも緑の主神の偶像が描かれていた。
「こっちは両方、緑の主神……」
ロイが疑問の声を上げる。
各色神の関係は、緑は赤を、赤は黄を、黄は青を、青は緑をそれぞれ補佐している。これを相生関係という。しかし、青と赤、黄と緑の主はそれぞれ仲が悪い。これを相剋関係という。
この世界は、神の採っている行動に左右されている部分が多大にある。相生関係にある教派ではそこまで大きな争いは起こしていないが、相剋関係にある教派が原因で引き起こされた戦争が、かつて三度あった。それを相剋戦争と言う。直近にあった相剋戦争は約十年前である。未だその戦禍が癒えていない地域も存在する。
「ふむ、これで進めるな」
そう言ってザグンが歩を進め、それに合わせて三人も歩み始める。ロイは何度も後ろを振り返っていたが……。
少し進むと右の壁に上にあがったレバーがあった。レバーを下げると先ほどの門扉が閉まることを確認し、レバーを元に戻して進み始める一行。
前方にT字路が見えた。道が左右に伸びており、右側は鉄格子が降りている。鉄格子の下の方は槍のような形状になっていた。鉄格子の向こう側の左の壁に不自然な出っ張りがみえるが、ここからではどう足掻いても押せそうにない。
仕方なく左に進む。
右左右左と角を曲がり、長い直線の道をひたすら歩く。
五十メータル程前進すると、ラグスが声を上げる。
「あ、階段……」
少し嬉しげな声が迷宮に響いた。
はてさて、漸く階段がお目見えしました。
こんな感じで物語は続いていきます。
皆様が楽しめていればいいのですが……。