第六十一話 囚人たちとこれからと
どれくらいの時間が経ったであろうか。
ロイは額に薄らと汗をかきながらも、ラグスに自然治癒力を上昇させるスキルを使い続けていた。そのひた向きさは、聖職者もかくやというほどであった。それを視界に収めながら周囲の警戒を怠らないザグンとディックは、しばらく一言も発していない。
問題は彼らに賽が振られ、どんな目が出るかであった。どう考えてもラグスは意識不明の重体であり、即座に怪我が治るわけでもない。六のゾロ目でもでればいいがその確率は、三十六分の一、言い換えれば、たった二.八パーセントである。
こんな状態でそんな目を引くほどの天運があれば、こんな場所に彼らはいないであろう。彼らの思考に流れるのはつまりはそういうことである。
悲観的観測しかできないような現状に、彼らの顔が厳めしくなっていることも頷けよう。
ザグンは、悲観的な思考にうんざりしたかのようにラグスとロイを視界から外し、白い植物を見つめる。無表情に白い植物を見つめていたかと思うと、何かを思い出したかのように一瞬眉を顰める。
そして何か言葉を発しようとしたのか、口を開きかけるが、いまだラグスにスキルを使っているが視界に入り、開きかけた口を閉じる。まるで、それは今聞くことではないと自制しているようであった。
言葉を吐き出さないようにしているのかザグンはへの字口をしながら、ロイからまた視界を外す。
一方、ディックはといえば、視点の定まらない様子でぼんやりと周囲を見ていた。その様子はまるで深い思索に落ちているかのようであった。ディックの態勢は結跏趺坐のようであり、定まってはいないがその視線は、やや下方に向かっていた。
そんな三人を後目に時間だけが静かに流れていく。幸いなことにモンスターの襲撃もなかったが、いつ何時それが起こるとも限らない。
しかも、ロイ曰く、この白い植物がある場所は、魔力だまりであり身体的に必ずしも良いとは言えない。そんな場所での駐留によって、どんな賽の目がふられるのであろうか。
苦痛に耐えるラグスの額にはびっしりと汗をかき、流れ落ちていく。当初よりも幾分かマシになったといえるような、いえないような、一進一退であった。それを必死に維持するロイの息はすでに荒くなっており、これ以上維持し続けるのも難しい様子である。
ディックが一瞬顔を上げ、ラグスに視点を合わせる。しかし、現状維持を確認したのかまた定まらない視線に戻る。
全員が全員、その時自分のできる最良のことを行っていた。そのさまは、天命が傾くのを祈っている僧侶のようであった。
斯くして、無為のような時間は、それぞれの想いとともに過ぎ去っていく。
それからしばらくして、不意にロイがラグスに向かって崩れ落ちた。
ザグンとディックは、その音によってロイの状態に気が付く。
「ロイ!」
そういって駆け寄ったザグンが、ロイを抱き起し、ラグスの隣に横たえる。ディックも上げかけていた腰を完全に上げ、ザグンの横に立ち、深い長い溜息をつく。
ザグンが一瞬うろんげな視線をディックに向けるが、ディックの顔には悲しみがにじみ出ていたのを確認し、視線をロイに戻す。
「どうなるんだろうな」
ディックが不意にそんな言葉を発した。
「ふむ、なるようにしかなるまい」
あまりにも悲観的な言葉にディックが目を向きながらザグンに迫る。
「運命のいいなりかよ」
静かに深い怒りが篭っている声がザグンに浴びせかけた。
怒りに晒されたザグンは不快感も露わに、
「どうすればいい!どうしようもないだろう!」
「運命に抗わずして何に抗うっていうんだよ。今がそのときじゃねぇか!」
鬱屈としたものを吐き出すかのように叩き付けられた言葉は、子供の戯言のようにも聞こえる。なぜならそれは手段がないにも関わらず、理想を追いかけようとしての言葉であり、駄々をこねているだけであったからだ。それに対しザグンも言い返す。
「愛も希望も夢もすべて手に入れようとすれば手に入れられる。しかしだ、憎しみも絶望も現も勝手に飛び込んでくるものだ。対処したいのはわかるが、どうしようもない場合もあることはわかっているだろう。それともなにか、貴様には何か手があるとでもいうのか。あるなら今すぐにでも教えろ。なにがなんでもやってやるぞ!」
その怒声は、迷宮に響き渡るかのように大きなものであった。その大きさはザグンの怒りに比例しているかのようである。
「ねぇよ。ねぇが、諦めたくねぇじゃねぇか!」
その言葉をきっかけに二人ともラグスとロイを見つめ黙り込む。行き場のない怒りに二人ともが奥歯をかみしめる音が重なる。その時であった。
「……なにをそんなに怒鳴ってるんだよ」
呑気な声がその沈黙を遮る。それを聞いたザグンとディックが同時に
「ラグス!?」
ラグスは、起きるために左手を地面についてしまった。
「あがっ!?」
左手を地面についてしまったために、未だ損傷している部分に激痛が走り、あまり聞いたこともないような声を発する。
「む、無理をするな」
とっさにラグスを心配し、言葉を掛けるザグンと体を支えるディック。二人とも視線はラグスに集まっていた。
「な、なんなの? そんな熱い目で見られても……というか、ここはどこ?」
痛みに耐えながらラグスは周囲を見回す。すると真横に横たえられたロイに気が付いたようで、さらに疑問を口にする。
「ロイは、どうしたの?」
ラグスの様子に、ザイードの影響はなくなったと踏んだ二人はほっと溜息をつきつつ、ザグンが答える。
「ラグスの治療に力尽きたのだ」
「えっ!?」
ラグスは、驚きの声を上げたが、そこまで尽力してくれたことに嬉しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
そんなラグスの肩を軽くこぶしで叩き、ディックがいう。
「あとでお礼いっとけよ」
ラグスは、ロイの顔を見ながら頷いた。
ザグンは、ディックの肩を軽くたたき、目礼をした。その眼は、わだかまりのないすっきりとしたものであった。ディックはそれに対し目礼を返した。その眼は……。
それからまた幾分かの時間が経過し、ロイも目覚める。
その瞬間、状況を理解したのか起き上がり周囲を見渡すと隣に座っていたザグンが目に入る。その顔は不意の出来事に驚いたようにそこでロイは喘ぐように言った。
「ラグス!ラグスさんは!?」
ザグンは微笑みを浮かべたまま、親指を立てある方向を指し示す。その方向に視線を向けるとそこには手をひらひらと動かしているラグスがいた。その傍らにはディックの姿も見える。
ロイは深い溜息をついた。それは安堵の溜息であった。ラグスはひらひらと手を動かしていたのを止めると親指を立てて残りの指を握りこむ。その動作にロイは笑みを浮かべながら、起こした体をまた倒した。そして小さく、横にいるザグンにもかすかに聞こえる程度の声で呟いた。
「よかった。本当に……けど、あれがなぜ、ここに」
そのつぶやきを耳にしたザグンは、口を開きかけるがその口が音を発することはなかった。
第一章 完




