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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
プロローグ
6/66

第六話 囚人たちと囚人たち

台詞回しの表現及びそれに付随する表現部分を若干修正(2013/3/3)

 下位ゴブリンと戦闘後、ロイの自然回復力上昇魔法で治療したラグスたちは、まだその部屋にとどまっていた。ラグスが赤錆びたショートソードと太い棍棒を見比べながら、


「う~ん、どっちがいいかな……」


どちらがいいか悩んでいた。

 <剣術>スキルの適用を受けられるという観点からみれば、赤錆びたショートソード。ダメージ量の観点からみれば、太い棍棒といったところである。


「スキルの熟練度の問題もある。赤錆びたショートソードでいいのではないか?」


 ザグンがラグスの持っている太い棍棒を見ながらいう。それを見たラグスは苦笑を浮かべ、


「ザグンは棍棒がもう一本ほしいから、そういってるんでしょ」


 と言い返す。バレたかと茶目っ気のある笑顔を浮かべながらザグンが言う。


「それもあるが、ラグスの<剣術>、俺の<両手利き>、二人ともスキルが上がるんだぞ。そうしたほうが後々のことを考えればパーティのメリットにもなる」


 先ほどの発言は、ザグンの個人的私欲だけではないことを示す。ディックはどうでもよさそうに聞き流しながら、部屋の中央にある食べ残しを見ている。ロイはそんな食べ残しは見たくないのかドアの前でうずくまっている。


「あぁ、たしかに……そうかもしれないなぁ……よし、じゃあ、このショートソードにしよう。ディック、ロイ、それでいいかい?」


 二人とも肯定の意を返す。それを受けてラグスが太い棍棒をザグンに渡す。それを受け取りザグンは棍棒を打ち合わせる。


「うむ、やはり二つ持つほうが落ち着くな」


 そう言ってニヤリと笑う。手元にある刃渡り六十サンチメータル程の赤錆びたショートソードを掲げるラグス。どう見ても斬れ味には期待できそうにないそれを見ながら、諦観の表情を浮かべる。

 その時迷宮入口のほうから鐘の音が響く。何事かと部屋から出て迷宮入口のほうに戻る四人。


 出発口まで戻ってみると先ほどまでいた衛兵とは違う衛兵がそこにはいた。衛兵がいうには先ほどの鐘は夕暮れを示す鐘で、雑貨及び武器防具販売所が営業を休止する半刻前を示すものだとのこと。迷宮内では時間の経過が定かではない。そこで鐘を鳴らして知らせるのだという。雑貨及び武器防具販売所は営業休止するが、アイテム換金所及びアイテム預かり所は、ルタボクとバニゼゲの兄弟がやっており、両方が同時に休まない限り営業休止することはないという。

 四人は、それらを聞いて今日の迷宮探索は――まだほとんど進んでいないが――ここで一旦休止し清算することとした。

 アイテム預かり所にいるバニゼゲを呼び用件を告げる。


「ヒッヒッヒッ、お早いお帰りで。まず、装備を預かりますよ。そのあと迷宮内での取得品を渡してくださいな。ヒッヒッヒッ」


 そう言われ、ラグスとザグンは装備品を、それぞれ番号を言いながらバニゼゲに渡す。その間に装備品のないディックは衛兵に松明の消し方を聞いていた。それを見たバニゼゲがディックに言う。


「おっと、その松明も武器になりますからね。こちらで預からせてもらいますよ。ヒッヒッ」


 面倒そうに松明の明かりを消しバニゼゲに自分の番号を言い松明を渡すディック。そこでラグスがバニゼゲに向かって聞く。


「ところで剣の整備はどうするんだい?」

「えぇ、えぇ、武器防具の整備は必要ですものね。コインさえ戴ければこちらで整備させてもらいますよ。さっきの錆びついた剣ならコイン五枚ほどいただければ砥がせていただきます。ヒッヒッヒッ」

「五枚!?」

「えぇ、えぇ、五枚です。鐚一文(びたいちもん)まけられませんよ。ヒッヒッヒッ」

「グクッ……仕方がない。そのままで」

「はい、はい、ご入り用ならいつでもコインを戴ければ、えぇ、えぇ、ヒッヒッヒッ」


 不愉快そうな顔をしたラグスは、怒りを抑えるために必要最小限の言葉で次の用件を告げる。


「次が拾得物」


 そう言って得たコオロギの羽、下位ゴブリンの牙三本、赤錆びたショートソード二本をバニゼゲに渡す。


「ヒッヒッヒッ、確かにお預かり致しました。またのご利用をお待ちしてますよ。ヒッヒッヒッ」


 もう用はないとばかりに衛兵に向き直る。危険物がないか身体検査を行われ、出発口の部屋から出る。



「壱、弐、参、肆! 弐、弐、参、肆!」


 という掛け声とともに、左片手拳立て伏せをしている男が目の前にいた。

 出てきたラグスたち四人に気が付いたのか立ち上がる。

 その男の相貌はスキンヘッドで頭頂部辺りに耳が高く伸びていた。なぜか耳にだけ毛がある。

 このあたりでは珍しい犬人族である。メロマリ王国は主として人族が形成している国家で全体の九割九分が人族、蜥蜴人族と猫人族と鶏人族が残りの一分の計四種族が居住している。つまり人族以外はめったなことでは見ない。そんな国である。ここにいる囚人もほぼ人族で占められている。

 犬人族は、黄の主が作り賜うた種族で、猫人族は緑の主が作り賜うた種族である。多種族で形成しているミスタスレ国において犬人族は猫人族との内紛を何度も起こしたほどで、その根本原因は、神の相剋関係にあるのではないかと一説では言われる。猫人族の中には犬人族を不倶戴天と忌み嫌っているものもいるくらいである。犬人族は近親者には優しいが、そうでないものには敵対的行動をとることが多い。また身体能力は人族よりも高く、勇猛かつ獰猛なものも多い。それゆえメロマリ王国では、「犬人族には下手に近づくな」といわれるほどである。

 その犬人族が白い犬歯が眩しいほどの笑顔を振りまく。


「おう、新入り!生きて戻ったんだな。こりゃぁ、めでてぇ(めでたい)なぁ」


 そう言って男は手を前に出す。おずおずとラグスが手を握り返す。


「おう、俺はモギャってんだ。よろしくな!」


 モギャに戸惑う四人。

 そこで握手していた手を一気に引かれるラグス。

 モギャが耳元で囁く。


「掟はわかってんだろうな」


 先ほどとは打って変わりドスの利いた声で問うモギャ。


「は、はい」


 その返事を聞いてパッと手を離し両手を挙げ、


「ならいいんだ。精々長生きしろよ」


 そう軽い調子でいって挙げた両手を振りながらモギャは立ち去っていく。腰の少し下あたりでファサファサと尾も振りながら……。

 モギャの向かう先にはニヤニヤと笑う三人の男たちがいた。


 混乱状態のラグスとそれをみて何事かと戸惑う三人。

 少しの間があり、混乱状態から立ち直ったラグスは、アイテム換金所に向かうことを提案した。


 アイテム換金所に移動した四人。まずそこに立っている男を凝視した。先ほどアイテム預かり所にいた男と同じ背丈、同じ顔、同じ髪型。どうみてもバニゼゲである。


「今日はもうルタボクと交代したのかい……?」


 先ほどあった不愉快な出来事を思い出してしまい、ラグスの言葉に棘が混ざる。


「ヒッヒッヒッ、何をおっしゃいますやら、私がルタボクですよ。ほら、バニゼゲならそこに……」


 そういって隣でしゃがんでいるバニゼゲを指差す。それに気が付いたのか、まったく同じ人物が立ち上がる。


「私ら双子でしてね。ほら、いうじゃありませんか。同じ性の双子は顔がよく似るって……」


 立ち上がったバニゼゲがそういい、二人そろって「ヒッヒッヒッ」と笑う。ラグスは不愉快そうな顔を隠そうともせず、用件だけを述べる。バニゼゲがルタボクに取得品を渡しそれを鑑定する。しばらくしてルタボクが、


「これだと、羽と牙を合わせてコイン二枚、このショートソード二本でコイン八枚ってところですね」

「なっ、さっき砥ぐのにコイン五枚と!」


 ラグスが食って掛かるが、バニゼゲは両手を挙げ鉄格子から離れる。その顔はニヤニヤとした笑みがこぼれている。


「えぇ、えぇ、確かにコイン五枚と申し伝えましたよ。ヒッヒッヒッ」


 ラグスはバニゼゲを睨みつけるが埒が明かないと悟ったのかルタボクを見て吠える。


「一本砥ぐのにコイン五枚なのに、なんで買い取りがコイン四枚なんだ!」

「えぇ、えぇ、それはですね。これは売り物にもなりそうにないですからね。それでも温情でコイン四枚で買い取るっていってるんですよ。ヒッヒッヒッ」


 ラグスはルタボクを睨みつけていたが、不意に肩を叩かれる。振り返るとディックが後ろを指差す。ラグスが後ろを見ると周りにいた囚人たちはニヤニヤと笑い、少し離れた所で、バッツが両手を上に向け肩の高さまであげ両肩をすくめた。それを見たラグスは奥歯を噛み締め、もう一度前を向く。そこには兄弟揃ってニヤニヤと嗤いながらどうするんだと言外に聞いていた。


「グッ……それで結構だ。コインをよこせ」


 十枚のコインがカウンターに置かれる。それを攫うかのようにひったくるラグス。


「毎度ありがとうございます。ヒッヒッヒッ」


 ステレオに聞こえてくる不愉快な声がラグスの顔を更に歪ませる。それを見たザグンが腕を取り強制的に自分たちの寝床のあたりまで移動させる。ラグスの怒りが収まるまで他の三人は黙っていた。

 

 

 かなり長い時を経て、不意にザグンが言った。


「それにしても臭いな……」


 その発言にラグスは変なツボを押されたかのように笑い始めた。


「なんだ、そんなにおもしろかったか?」

「いや、なに……ククッ……本当に臭いね」


 なかなか笑いが止まらないのか笑いながら返す。


「早いとこ、こんな臭い所から抜け出そう」


 ザグンが言ったそのいろんな意味が込められた言葉に四人は頷く。


 こうしてラグスたち四人の迷宮探索は本格的に始まったのである。

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