第三話 囚人たちの話し合い
台詞及び表現を若干の微調整(2013/3/3)
「掟の話はこれくらいにして、ちゃっちゃと新入り用情報にいっちゃうかぁ」
バッツはおどけた感じで四人を見回す。ラグスとザグンが苦笑を漏らす。ディックは興味なさげに見ており、ロイに至ってはどう反応していいのかわからず挙動不審になっていた。
「まず、なんていっても大事なのが、コインの使い道だが、あっちのほうにみえるだろ」
そういってバッツは先ほど騒ぎがあったあたりを指差す。その先には、鉄格子の向こう側に四つカウンターが設置してあり、カウンターの奥にそれぞれ誰か座っているようだ。
「左から雑貨販売所、武器防具販売所、アイテム換金所、そんでもってアイテム預かり所だ。まぁその左にある木造の囲いが、わかってると思うが迷宮の出発口だ。衛兵に声かければ入れてもらえる。
まず、大事な大事な食い物ちゃんは、あの雑貨販売所で売ってくれる。もちろん他の雑貨も買えるぞ。松明とかは必須だから忘れるなよ。最低一本はもっとけよ。
次は探索のお供に必須の武器防具ちゃん、当然武器防具販売所で買える。まぁ新入りなら大したもんは買えないがな。レベル一に戻されてんだ、素手でやるよかぁ、無いよりマシってもんさ」
この囚人迷宮に入れられると決まった時点で教会においてとある神罰が適用される。それは神が制定したレベル及びそれに付随する制度を最初からやり直す――つまり一からレベルを上げ直す――という罰である。これはかなり重い罰であり、通常魔族認定された場合にはのみ適用されるのであるが、サンディマヤ侯爵と教会間で取り交わされた密約によって為されるようになった。
「さらにさらに、アイテム換金所、こいつは大事だ。迷宮内で手に入れたアイテムをコインに変えてくれるところだ。
さっき、いけすかねぇ衛兵長が説明してただろうが、この寝場所には雑貨以外は持ち込めねぇ。だからあのアイテム預かり所に探索から戻ってきたら全部預ける。行くときはあそこでアイテムを返してもらえる。
んで、ここから大事だからよ~っく聞けよ。寝場所に雑貨以外持ち込めないってことは、アイテム預かり所に預けたものじゃないとアイテム換金所で換金できねぇってことになる。間違えて大事な武器防具ちゃんもいっしょくたに換金するんじゃねぇぞ」
そこまで一気に言ったバッツは、藁の上に寝転がり天井を見ながら、
「まぁ新入り用の情報だったらここまでだな。迷宮の中の情報とかはもっとたけぇからな。情報ほしけりゃ相応のコインさえはらや、いくらでも教えてやるさ。まっ、あとはがんばんな
おっと、忘れるところだった。寝藁は雑貨販売所で売ってるぞ。まずそれを買わなきゃはじまんねぇ」
もう言うことはないという態で寝返りを打ち背中を向けるバッツ。その顔はニヤニヤと笑いをこらえているかのようであったが、四人には見えなかった。話が終わったことを感じた四人はバッツに言われた通り、雑貨販売所へぞろぞろと向かう。
雑貨販売所のカウンター内にいるのは四十がらみで頭頂部の毛髪が絶滅危惧される男だった。松明に照らされ、顔面、前頭部及び頭頂部がてらてらと鈍い光を返している。男は、ラグスたち四人を見て、見たことがない顔のため新入りだと断定し、雑貨販売所について説明する。先ほどバッツがしてくれた説明と松明云々以外はほとんど変わらなかった。雑貨販売所の男がベルベという名前だった。ベルベは、雑貨販売所で買えるものが書いてある木の板を鉄格子に立てかけた。
「それで、なにがほしい。ああ、囚人セットは初回だけ販売だ」
木の板に書かれていたものは、次のようなものだった。
コイン一枚
囚人セット(寝藁・布・大袋)、黒パン、水、水袋、火打石、
コイン二枚
保存食(肉・小)、ナップザック(中)、囚人服(中古)、松明、寝藁
コイン三枚
保存食(肉・中)、油壺(少)、鉄製鍋、3メータルの棒
コイン四枚
保存食(肉・大)、ナップザック(大)、囚人服(新品)、油壺(中)
まだ高額商品はあったがラグスたちにこれ以上雑貨で使うには厳しいものだった。まだ武器や防具もそろえなくてはならない。そこでザグンが、ベルベに問う。
「武器の最低金額はいくらだ」
ベルベはすかさずコイン五枚と答えた。それを聞いた全員が唸る。
最低限必要であるコイン五枚を残すため、必要最低限の囚人セット、黒パン、水、水袋を四人全員が購入。これで今日の寝床と食糧及び水を手に入れたことに、ロイは安堵の表情を見せる。
ベルベから渡された雑貨たちを寝藁以外大袋に入れ寝藁を、バッツに指定された位置へと運ぶ。たしかにひどい悪臭が左側のほうから漂ってくる。ラグスたちは眉間に皺を寄せながら自分の寝床を整える。
ディックが耐え切れなくなったのか、大袋をもって武器防具販売所のほうに移動していくのをみて、あわててロイもついていく。ラグスとザグンは、最後まで整えたうえでディックの後を追いながらいくつか会話を交わす。
「高いなぁ……」
「うむ、早い所、到達階層を深くする必要があるな。あれでは休息にならん。息を止めねばならんほどだ」
「ああ、そういえばパーティについてなんだけど、ザグンは俺とパーティ組んでくれるかい」
「そうだな、あのひどい所から抜け出すにはそれが一番だな」
ラグスとザグンはディックとロイに追いつき、武器防具販売所の前に新入り全員が揃う。それを眺めていた武器防具販売所のカウンターに座っていた男が立ち上がる。その男は筋肉ダルマという表現がもっとも近いと思われるほど鍛え上げられた筋肉をしていた。
その男はルンカと名乗り、武器防具販売所について、バッツがしたことと同じ説明をした。
「さっそくだが、さっきベルベのところで買い物してたお前らが買えそうなものといや、武器なら太い棍棒か長い棍棒、防具なら布の手甲と布の脚甲、あとはローブくらいだな。とりあえず、モンスターどもと素手で殺り合おうって気概がないなら武器を買うことを勧めとく。あとここの迷宮は通路が大体前衛二人が武器を振るうのでいっぱいいっぱいだから、四人で組むなら前衛組が太い棍棒、後衛組が長い棍棒がいいぞ」
ルンカが腕を組みながら、そんな説明をする。そしておもむろに後ろにある棚の下のほうから、根本が直径二十サンチメータル程度の太さで、先端に向かい徐々に十サンチメータルほど太くなっている長さ一メータルほどの木の棒と根本から先端まで直二十サンチメータルの太さで二メータルほどの長さの木の棒をカウンターに置く。
「短いほうが太い棍棒で、長いほうが長い棍棒だ。それぞれコイン五枚、どうする」
ラグスたちはそれぞれ顔を見合す。
「ちょっと待ってくれないか」
ラグスはルンカにそういい、カウンターの前から少し離れ、他の三人に声をかける。
「さっきザグンにはパーティについて聞いたんだけど、君たちはパーティに入るかい?」
「かまわんぞ。あんな臭い所さっさとおさらばしたいしな。ついでだが俺は後衛がいい」
「ぼ、僕もかまわないです。そ、その後衛で……」
「俺は前衛に行こうと思うんだけど、ザグン、君はどうだい」
「選択肢がないじゃないか。まぁ前衛でいこうとは思っていたが……」
パーティでの前衛後衛の話し合いがまとまり、ラグスはほっと一息つく。その時ロイがラグスに話しかける。
「あ、あの……」
「ん?どうしたロイ」
「僕、あの……魔法……使えます」
この世界において魔法は存在する。魔法は、火、水、風、土、光、闇と分類される属性があり、それぞれの属性が相生と相剋の関係を持っている。相生関係は、火と風、水と土であり、相剋関係は、火と水、風と土、光と闇である。相生関係にある属性は、同時に使いやすく、それを複合することも比較的容易である。これに対し、相剋関係にある属性は同時に習得することも難しく、複合するのは非常に困難である。
魔法が使えるかどうかは先天的なものである。このことから、全員が使えるというわけではない。大体百人に一人の割合で魔法が行使可能である。ただし、高度な魔法を操るためには、通常専門の機関にて学ぶ必要がある。また、扱える魔法の種類を増やすにも学習が必要である。当然、それらには金銭が発生する。つまり、貴族でもない一般人が先天的に魔法の才能を持っていたとしても一生使わずに過ごすのが普通である。
例外として、貴族がパトロンをする場合と国家機関にその魔力量を認められ、奨学金が得られる場合が存在する。しかし、これらが適用されるのはほんの一握りの者たちである。
そんなロイの言葉を聞いたザグンが反応する。
「ほう、属性はなんだ」
「み、水属性と土属性が……」
ザグンはロイの言によって少し考える仕草をした。
「ふむ、だとしたら増幅器がいるか」
「は、はい」
魔法の威力は、通常、術者の知性と精神の値によってそのダメージ量が決まってくる。それを魔法放出時に特定の宝石などの魔力増幅術式を儀式によって刻み込んだものを介入させると強制的に威力を上昇させることができる。その強制的に威力を上昇させる物を総称として増幅器と呼ぶ。一般的に増幅器の形状は、杖であったり魔導書であったりする。杖の場合、魔力伝導率の高い樹木を用いることで魔導書よりも高い威力上昇が期待できる。また魔導書の場合、その装丁につける宝石及び内部に描かれる複数の魔力増幅術式によって安定した増幅が可能となっており、杖の場合、威力に多少の波が起こることもあるが、魔導書の場合にはそれがない。つまり、杖での高威力か、魔導書の安定的威力上昇かの二つで選ぶこととなる。
これらの工程を経て作られているため、杖にしろ、魔導書にしろ、通常の武器よりも高価となってしまうのも仕方がないであろう。
また別に、これら二つ以外の形状のものも存在する。それらも研究されているが現在の技術での作成は非常に困難であり、ダンジョンでの取得以外に手に入れる方法がないために一般的に出回っているものとはいえず、杖や魔導書よりも非常に高価である。
ロイの返答を受けてラグスが問う。
「そうはいっても杖も魔導書も高そうだね。とりあえずロイは武器はどうする?」
「お、お金を貯めておこうかと……」
「うん、いいんじゃないかな。それでいこう」
「あ~、俺も金貯めておきたいんだが」
「ん? なにかあるの?」
「あぁ、俺は弓が得意なんだ。だから弓を買うまで貯めておきたい。あと、俺は探査のスキルを持ってるから戦闘以外で役立つぞ」
先天的なものとして魔法の才能などといったものがあるが、後天的に取得可能な技能、それがスキルである。スキルはさまざまなものが存在する。たとえば、ディックがあげた探査を例にみると、探査とは、スキル取得者周辺の地形及び生物の有無が把握できるものである。つまりスキルは取得しているだけでその効果を及ぼすものである。またスキルには熟練度と呼ばれるものが存在する。この熟練度とは、スキルが効果的に用いられる行動――探査の場合は、周辺の警戒といった行動――を取った場合に上昇する。
「ふむ、探査か。確かに一理あるな。ディックもそうしてもらうか……?」
「ザグンがいいなら、俺は構わないよ」
一応のまとまりが見えたところで、ルンカの下へ戻る一行。ルンカは先頭にいるラグスに聞く。
「決まったかい? で、どうする」
「太い棍棒二つくれ」
「ふむ、じゃあ、コイン五枚づつ」
ラグスとザグンがそれぞれコインを五枚づつカウンターに置く。これでラグスとザグンの小袋は空となった。