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囚人と迷宮と  作者: 灰色の雪
プロローグ
1/66

第一話 囚人迷宮へ

 神聖歴220年に布告された囚人の取り扱いについての法律、「サンディマヤ法」、サンディマヤ侯爵により提案されたその法律は、他に類を見ないものだった。

 その法律は迷宮の真上に牢を作り、迷宮を踏破したものに恩赦を与えるというものである。

 しかし、迷宮を踏破したものは、これまで一人もいない……。

 実質、その牢に囚われた罪人は死罪に等しいとまで言われ、凶悪な賊、政治犯や思想犯を閉じ込め殺害する、態のいい死刑実行装置として機能したのである。しかも、その迷宮内で取得したものは、牢の番人の言い値で買い取られるため、新たな収入を見込め、他の貴族は、挙ってこの牢を運営したがった。

 しかし、この牢を運営するに当たっては厳しい、そして当たり前の条件があった。それは迷宮があること。この条件を満たせるのは、メロマリ王国内においてサンディマヤ侯爵領、ロディムロスフ伯爵領、ディリアド辺境領だけであった。

 これらの地の迷宮のうち、ロディムロスフ伯爵領にある人型の怪異が出現する「蛮世迷宮」、ディリアド辺境伯領にある獣型の怪異が出現する「獣慾迷宮」は、出現した時期は定かではなく古くから存在し、すでに冒険者たちとそれに当て込んだ商人たちが集まり、冒険者の街を形成していたのである。

 これらに対し、サンディマヤ侯爵領の迷宮は、サンディマヤ侯爵領の東端、ヤシカと呼ばれる森に、神聖歴218年に発見されたばかりであった。これ幸いとばかりに、サンディマヤ侯爵は、近隣の貴族に袖の下と呼ぶには難しいと悩む程度の金品の提示や近隣貴族に有利な取り計らいを行うといった決め事を行い、この法律を翌年、メロマリ王国議会に提出し、すったもんだの挙句、可決されたのである。


 そのような経緯を持つ囚人迷宮は、サンディマヤ侯爵領東端ヤシカの森に今日もひっそりと存在する。鬱蒼としたヤシカの森の一角に周囲から隔絶するかのように木の塀が高く聳え、その存在感を主張していた。


 そんな囚人迷宮へ向かう馬車一両。四頭引きの馬車の荷台は、木材で作られており所々金属で補強されている。囚人輸送用の馬車のようである。御者は、周囲の鬱蒼とした雰囲気によく似合う陰鬱な様子で馬を御していた。荷台からは、物音一つせず、ただ馬の足音と車輪が回る音が周囲に響いているだけである。

 漸く門前まで馬車が進み、御者が門衛に何事かを告げ門が開かれる。十メータル前方にまた門が見える。逃走防止用に外壁、内壁と二重に作られていた。

 御者がまた馬車を進め、第二門にいる門衛に何事かを告げると、第一門が閉じられ、第二門の格子があげられる。

 まず、最初に目に入るのは、正面にある石造りの建物である。いくつか窓はあるが、そのすべてに鉄格子がはめられており、その総数は、通常の建物よりずっと少ない。見る限り出入り口は正面にある両開きの扉のみで、その横には木造の衛兵詰所がある。

 また正面の建物より右手に馬小屋があり、少し離れて居住区用の木造の建物がいくつか敷設されている。居住建物の前には井戸が掘られており、衛兵たちの家族なのか幾人かの女性がそこで井戸端会議を開いていた。

 他方、左手手前に鍛冶施設があり、金属をぶつけ合う音がする。その奥側には、かなりの広さの畑が存在し、ある程度の自給自足が可能なようになっている。さらに御者がいる位置からは見えないが、正面の建物の裏手には鍛錬場がある。また、畑と鍛錬場の間には畑用の貯め池が、鍛錬場と馬小屋の間には牧草地――というにはあまりにも狭い――が存在する。

 馬車が正面入口横手に停まると衛兵詰所から八人程衛兵が出てくる。他と比べて少し豪華な鎧を着た衛兵が御者へと近づき、何かを話している間に他の七人が馬車の後ろに回る。


「四人だ!注意を怠るな!」


 御者と話していたものが、後ろに回った衛兵に告げる。馬車の後ろに回ったもののうち、二人が抜刀した。馬車の後ろ扉には閂がしてあり、衛兵の一人がそれを押し上げる。内開きの扉を開ける前に周囲の衛兵に注意を促す。抜刀した二人が剣を構えるのを見て、扉を開く。中は薄暗く手枷と足枷のはめられた囚人四人がそれぞれ下を向き座っていた。


「出ろ!」


 扉を開けた衛兵が囚人に告げると、のろのろと囚人たちが腰をあげ出てくる。四人が馬車の荷台から降りたところで、それぞれに一人づつ衛兵が付き、その周囲を抜刀した衛兵が油断なく警戒する。囚人たちは縦一列に並ばされた。御者と話していたものが、囚人の前に立つ。


「進め!」


 いつの間にか開いていた正面扉に向かい、衛兵囚人合わせて十二人が進み始める。扉の奥は薄暗く、それはまるで地獄への入口のようにも見えた。

 扉から中に入ると正面と左右に直進する通路があり、通路の先に光が見える。直進する通路の左右に扉がある。一行はそのまま直進。通路の先の光は格子扉から漏れているようであった。先頭を歩く少し豪華な鎧の衛兵が、格子戸の先に向かって何事かをつぶやく。しばらくすると格子扉があげられ、歩き始める。

 そこはどうやら広場のようである。つまり、この建物はロの字型に作られたものであった。内側の建物屋根辺りはかなりせり出しており、逃走防止用のネズミ返しが設置されている。また、外側では窓は少なかったが、内側には外側よりも多くの明かり取り用の窓--外側よりも網目の細かい鉄格子はついている――があった。

 そして正面には、小山のように土が盛り上がっており、その中心部にぽっかりと穴があいていた。その穴は人一人が歩くのがやっとの程度の横幅で高さは二メータル程度のものあった。さらに穴はゆるやかなスロープを描いて闇に消えている。

 その穴の横には衛兵詰所が作られており、そこの窓から何人かの衛兵が囚人たちを興味なさげに見ていた。

 囚人たちが周囲を見ようとすると一人づつについている衛兵が小突き、周囲を見ようとするのを止める。そのまま、先頭の衛兵は穴に向かって歩を進めたため、他のものもそれに倣う。しばらく進んでいくと、壁に松明が5本ほど設置されており、先頭の衛兵が手にとり進む、囚人3人目についている衛兵も松明を手に取り、最後尾の衛兵も松明を手に取る。

 四半刻の半分ほども歩いただろうか、不意に視界が開けた。そこはかなり大きな広場のようで所々壁に松明がつけてあるが、それでも中央部は薄暗かった。

 縦横五十メータル、高さ四メータルほどであろう、その広場は壁から三メータルほど離れた所に鉄格子がつけられており、それがぐるりと外縁部を囲っている。中央部には、藁の山がいくつかあり――どうやら囚人の寝床のよう――、そこで唸り声をあげているものが何人かいた。

 入ってきた場所の鉄格子はコの字を描いて作られており、正面と左右に鉄格子で作られた扉があった。そこで囚人たちは横列に並び直される。少し豪華な鎧を着た衛兵が、並び直した囚人たちを睥睨し、


「ここが諸君の今後生活する場所である。ここではいくつか簡単なルールが存在する。一つ、諸君は迷宮を探索しなければならない。二つ、寝床に入るには武器防具を預けなければならない。三つ、迷宮踏破のアイテムを得、それをアイテム換金所に持ってきた場合のみ恩赦が与えられる。これだけだ」


 囚人たちが聞いているかいないかなど、お構いなしに話を進める。


「諸君にお優しいサンディマヤ侯爵からのプレゼントがある。この迷宮内でのみ使える金とそれを入れる袋だ。この金は今後、アイテム換金所でアイテムを換金することでのみ得られる。食糧もその金で得ることになるから注意しろ」


 そこまで少し豪華な鎧を着た衛兵が説明すると、囚人たちについていた衛兵たちが囚人に小袋を渡す。囚人全員が袋を手に取る。それを見た衛兵たちは、足枷を解く。その後、鉄格子の扉を開け囚人全員を中央部へ移動させる。鉄格子が一旦閉められたのを確認し、手枷を解き、衛兵が中央部から戻ってくる。そこまで一歩も動かず見ていた少し豪華な鎧を着た衛兵が囚人に告げる。


「ようこそ、地獄へ」


 それまで無表情だった衛兵たちはニヤニヤと笑いながら囚人たちを見やり、満足したのかそのまま地上への道を戻っていった。


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