赤い小鳥
おや、こんにちは。
困り顔のようだが、一体どうしたんだい?
・・・・・・ふむ。道に迷ってしまったのかい。
道順?ああ、わかるよ。その場所まで案内をしてあげよう。ああ、時間など気にしなくていい。どうせ腐るほどあるのだから。
・・・・・・む?そんな風には見えない?老いぼれだからかい?
あっはっはっはっは!
はっきりと言う子だねぇ。
でもなぁ、実際あるんだからしかたないだろう?
・・・わからないかい?いいんだよ、別に。わからなくとも。
そうだねぇ・・・。
どれ、着くまで時間がある。小さい話があるんだが、暇つぶしに聞くかい?
・・・そうか、じゃあ、話そう。
これはね、我が家に猫が来るんだがね。その内の一匹が話してくれたんだが・・・え?嘘じゃないよ、本当だ。
・・・そうだよ、私は動物の声が聞こえるのさ。
別に信じてくれなくてもいいがね・・・・・・え、信じる?そうかい、ありがとうねぇ。
信じてくれる人間は少なくてね・・・。
ああ、ごめんごめん、話がそれていたね。
それで、猫が言うには、猫は虫から聞いたらしいんだ。
その虫は風から聞いて、風は雲に・・・。
フフ、そんなに考え込まなくていいよ。
とにかく、色々な者から伝わってきたのさ。
なぜか?それはわからないよ。
そのお話はね、一人の少年が主人公なのさ・・・年?君と同じくらい、大体、十歳くらいじゃないかな?
彼はずっと北の、一年中雪が降っているような森の中にお父さんとお母さんと三人で暮らしていたのさ・・・。
少年は、眩しい光に目を瞬いた。
うすぼんやりとしていた視界がだんだんと形をとっていく。
ぼーっとした頭のまま、起き上がった。
少し前なら、夜になるのが嫌だった。眠ったら、そのまま起きられなくなってしまいそうで。
でも、この頃は違う。
むしろ楽しみでさえある。
「おはよう、ユーリ!あら、起きてるのね?」
母さんがいつものように、部屋に朝食を持って入ってきた。近くの台に一旦置く。
少年、ユーリと同じ青い瞳と朝の光で輝く金色の髪が近づいてきた。額で熱を測るためだ。
「・・・熱はなさそうね。この頃体調がいいのね。いい傾向だわ」
嬉しそうにふんわりと、ユーリを包み込むように笑う。
「ね、母さん・・・」
だが、おねだりをする前に母は困った笑顔を浮かべた。
「ダメよ、明日もよかったらいいけど、今日は雪が降っているから。風邪引いちゃうわよ」
「・・・そっか・・・」
わかっていても落胆する。
別に彼の両親が過保護なわけではない。ユーリが生まれつき身体が弱いから心配しているのだ。一人息子だから、余計に。
「うん、わかった。本を読んでるよ」
「そうね、そうしなさいな。さ、食べなさい」
母さんが出て行き、ユーリはすぐに朝食を食べ、枕の下から何かを取り出した。
それは赤い鳥の羽だった。
それを眺め、そして笑みをこぼす。
これを拾ってから、ユーリの生活は変わった。
一週間前に窓辺に落ちていた一枚の羽根。
それを枕の下に敷いて寝ると、小鳥になっているのだ。
その時の自分は自由で。この人間の身体のように病気や病弱といった枷がないのだ。
母さんには言ってない。言ったら心配されるからだ。
最初の晩は慣れてないので少しぎこちなかったが、今では森の至る処に出かけていっていた。
「ふふふ・・・今夜はどこに行こうかなぁ」
「・・・ユーリ?入るぞ」
慌ててユーリは本を開き、その下に羽根を隠した。
「なぁに?父さん」
扉から入ってきたのは大きな男。ユーリの父親だ。
頑丈な身体と狩猟の腕前を持ち、ユーリの自慢の父親である。
「実はな、今夜は鹿を獲りに行ってくる」
「ほんと!?」
「ああ。昨日、立派な角を持った牡鹿を見かけたんだ。その時は風向きがだめだったから諦めたが、まだ近くにいるはずだからな。今夜こそは獲ってくるよ」
「やったぁ!がんばってね!」
「楽しみにしていろ。明日はごちそうだぞ」
強面の顔を少し緩ませ父さんは部屋を出て行った。
「明日は鹿肉のごちそうだ・・・!父さんはすごいんだもん!・・・早く父さんと一緒に猟が出来るようになりたいなぁ・・・」
病弱なせいで一度も連れて行ってもらったことはない。
父さんに負けないくらいの猟師になることがユーリの夢だった。
「ああ、早く空を飛びたい!こんな不便な身体じゃない、あの身体で。この窓からの四角い空じゃなく、あの大空を・・・!」
ユーリは羽根を胸に抱き、窓の空を見上げた。
目を開くと、ユーリは空を飛んでいた。見上げると、見事な星空が広がっている。
『ああ、今日はいつもより天気がいい!空気が少し冷たいけど・・・でも、まるで星の中で浮かんでいるみたいだ・・・!風もそこまで強くないし・・・うん、最高だ!』
ピルルッ、ピルルルルッ!
静かな雪が降り積もる森の中、赤い小鳥が、いや、小鳥となった少年は鳴いた。
少し響くが、すぐに雪に吸い込まれ辺りには静寂が戻る。
しばらく飛び回っていると、小鳥の目があるものを捕らえた。
『父さん!父さんだ!』
一目散に飛んでいった。
その足元には立派な体躯と角を持つ牡鹿が倒れている。
『仕留めたんだ!やっぱり父さんは凄いや!』
ピルルルルルッ!
歓喜の声を上げ、少年は父親の元へと向かった。
自分の今の姿を忘れて。
小鳥の目が最後に見たのは。
暗い銃口だった。
男は辺りを見回しながら首をかしげた。
「・・・おかしいな、確かに仕留めたと思ったんだが・・・」
こちらに向かって飛んできた真っ赤な小鳥。
思わず銃口を向け、撃った。
当たったのだから、ここいらに落ちているはずなのだが、見当たらない。
「・・・まぁ、いいか。約束の鹿はとれた」
男はそりに鹿を乗せ、帰路についた。
最愛の妻と息子が待っている、暖かい我が家へと。
二人の笑顔を思い浮かべながら。
そりの跡を、降り始めた雪が覆い隠していった。
この話はな、雪が土に話し、土から草へ、鳥へ、雲へとどんどん伝わって、私のところに来たんだよ。
・・・・・・え?このお話の少年がどうなったか?
う~ん、残念ながら知らないんだよ。猫は知らないらしくてね。
まぁ、元気でやっているんじゃないのかい?
・・・・・・・・・なんでそんなことが起こったのか?
さぁねぇ。
神様のいたずらか、偶然なのか・・・。
お、ここだ、ここだ。
ちょうど着いたよ。
・・・ああ、礼などいらないよ。
小さいのにしっかりしてるんだねぇ。
じゃ、私はもう行くよ。
・・・どこに?
気の向くままに、さ。
・・・また会えるか?
偶然が重なったら、運命が交差したら会えるさ。
じゃあ、さよならだ。
ああ、さよなら。また会える日まで。




