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草花シリーズ

秋桜   ~ 正しく理解することが大事 ~

作者: とと
掲載日:2026/09/18

読んでいただき、ありがとうございます。

私が暮らすこのガレノ王国は、隣国のスルタ王国との小競り合いを繰り返し、スルタ王国と接する辺境の地である我がソーン辺境伯領は、いつも臨戦態勢だ。


「アシーナ~。そろそろ戻らないと」


「ハンナ~。今行く」


その日も私は、親友のハンナと、隣国を見張るための番所に、物資を届けて辺境伯家に戻る途中。


番所のある小高い丘を下りたあたりで、ラムソンの群生を見つけた私は、無心でラムソンを刈り取り、籠いっぱいに摘めている。


「よくそんな臭い葉っぱを、採れるわね~」


「ハンナ。ラムソンは、ビタミンミネラル豊富で、お肌にもいいし、元気が出るのよ~、戦場では目印や虫よけにもなるし、沢山あっても困らないわ」


「でも半年後には、アシーナは王都の人になるんでしょ」


「ん~。私は別に、王都に行かなくても、相手が貴族じゃなくても、いいのだけれど…………。」


「なに言ってるの、家の子爵家と違って、ソーン辺境伯の令嬢達には、釣書が山のように届くじゃない」



「うーん。ソーン辺境伯家の5女だもの、この地で爵位が無い人に嫁ぐんだっていいのに、お父様がこだわりすぎなのよ、それにお相手のカルロス様には、一度しかあったことが無いのよ」



ラムソンが満タンに詰まった籠を抱え、私は荷馬車に乗り込む。


「お待たせしました、帰りましょう」


ドカーン。


私が従者に声をかけると同時に、大きな爆発音が響く。


振り返ると、さっき荷物を置いてきたばかりの番所の壁が、爆発で吹き飛んでいる。


「きゃー」


ハンナが、頭を抱えて丸くなる。


私は荷馬車の衝立から顔を出し番所を覗く。


見慣れない騎士と、家の騎士達が様々な服装の盗賊?と戦っている。


しばらく状況を眺めていると、少し離れた林の中から、10名ほどの盗賊が現れ、私達の荷馬車に気がついて、剣を振りかざし襲って来る。


「きゃーーーー。」


ハンナの叫び声が響く。


「お嬢様、掴まっていてください」


従者が、荷馬車の馬に鞭を振る。


ヒヒーン。


驚いた馬は、前足を高く上げ、荷馬車が大きく揺れた。


騎士達がハンナの声に気づき、こちらに向かうが間に合わない。


私は向かって来る男達に、ラムソンの籠を投げつけて、木の棍棒を握る。


「うわーくせー。ラムソンか!」


強盗達は、ラムソンの臭さに一瞬ひるむが、直ぐに剣を構える。


「お嬢ちゃんやってくれるな、しかし気が強い女は嫌いじゃねえ」


ぐぅぅ。木の棒で、あの剣に勝てるかしら?


私はこん棒を握り直し、気合を入れる。


何とか、騎士達が追いつくまで…………。


頑張れ私。


「荷物を奪い、女を捕まえろ」


盗賊が私に襲い掛かろうとしたその時、離れた場所の騎士達の中から、ギュンと一人の騎士が、加速して一瞬で私を背にかばう。


魔法?


私の目の前で、ひとつに結ばれた、長い銀色の髪が風に揺れる。


「おう兄ちゃん、英雄気取りか?」


騎士様とはいえ、この多勢。


盗賊の一人が、小さな球を取り出す。


!! 


魔毒玉!


どんな効果の魔毒玉かわからないけれど、魔力が強い人ほどその効果は強く出る。


騎士様の先ほどの加速、絶対に強い魔力持ちだ。


盗賊が魔毒玉を投げた。


「危ない」


私は、騎士様を押しのけて前に出る。


背中に魔毒玉があたり弾けた。


んんぅ…………痛い。


魔毒がかかった場所が、焼ける様に痛い…………立っていられない。


騎士様が、私を抱きとめる。


「お嬢さん、しっかりしろ、おい」


騎士様の声が、どんどん遠くなる…………体を揺すられるが…………。


あまりの痛みに、私の意識は途切れた。




✿ ✿ ✿




眼が覚めると、私は薄暗い部屋のベットの上。


ゆっくりと体を起こす。


良かった、痛みは無い。


周囲を見回すと、ベッドと小さな机しかない狭い部屋。


「はあ。魔毒隔離か…………。」


魔毒は、作った者によりその効果は違うが、毒を受けた者の体力を削ったり、体を動けなくしたり、魔力を枯渇させたりする目的で、使用されることが多い。


中には、自分のことを好きにさせたり、記憶を消したりするものなんかもあるみたいだけど。


そしてガレノ王国では、魔毒は人に伝播すると信じている者が多く、魔毒を受けた人は30日間、他の人との接触が禁止される。


迷信なのにね…………。


辺境の地では、隣国から入る情報も多く、魔毒が他の人に伝播しないことはずいぶん前から知られているが………王都ではまだ、当たり前のように伝播すると信じられている。


コンコン。


「アシーナ。眼が覚めたの?」


「お母様…………。」


「ごめんなさいね、こんなところに入れて」


「いいえ、お母様もお父様も、私のことを考えてくれているから、こうしたのでしょう?」


きっと王都に嫁ぐ、私が問題ないと示すために、閉じ込めたのだ。


「……………………。」


「あの、お母様。時間を持て余すでしょうから、本を何冊か差し入れて下さい」


固く閉じられたドアの下には、食事を差し込むすき間がある。


あのすき間なら本くらい入るはず。


「わかったわ、私も時々声をかけに来るからね、それとこれ」


ドアの下から白い封筒が入ってきた。


ん?


誰からだろう…………封筒から便箋を取り出し読んでみる。


= 先ほどは守れなくてすまなかった、必ず助けに来る =


シャルル・アドラー


ん?誰?


「あなたを抱えて来た、スルタ王国のアドラー公爵令息よ、彼はここ数年続く両国の誤解を解きに、まずはお父様にお話をするために、この地を訪れたのだけれど…………ちょうど番所が襲われた所に出くわしたの」


はあ、あの銀髪の方かしら?


「ここ数年の小競り合いは、もう一つの隣国、ジノン王国が盗賊を利用して起こしていたことみたいなの、今お父様は、その裏付けを取るために出かけているわ」


「そうなのですね、私が倒れてどれくらい立つのでしょう」


「半日ほどよ」


お母様が、ドアの外で大きなため息をつく。


「まあとにかくアシーナは、少しゆっくりしていなさい、本を届けさせるわ」


「はい、お母様」


お母様が去っていき、私はベッドに腰を下ろした。


あれ?私の手首に紺色のリボンに金糸で鳥が縫われた綺麗なリボン…………。


んーどこかで見たような。


まあいいか。


とりあえず寝よう。


私はベッドにもぐりこんだ。




✿ ✿ ✿




シャルル・アドラー公爵令息 視点



ソーン辺境伯に面会を申し込み、スルタ王国の代表とし国境を超えると、いきなり辺境伯の番所が爆発した。


ジノン王国め、俺達の動きを呼んでいたのか!


きっと今回の襲撃も、スルタ王国のせいにするはずだ、そうはさせない。


「ソーン辺境伯の騎士達と協力し、盗賊を打ち負かせ」


ついてきた騎士達に指示を出す。


交戦が始まると、数名の辺境伯騎士が、離れた場所を見て慌てている。


「お嬢様が、まだあそこにいるぞ」


「俺達が助けに向かう」


数名の騎士が駆けだすも、距離が離れている。


騎士が向かう先には、既に10名ほどの盗賊に、馬車が囲まれているが…………お嬢様とは、辺境伯の娘か?


荷台の上には、仁王立ちする令嬢が見える。


令嬢は、荷台の上から、籠に入った野草を男たちにぶちまける。


「はは、なんと豪胆な令嬢だ」


俺の魔力を使えば。


魔力で加速をかけ、荷馬車にたどり着く。


令嬢はちょうど、こん棒を握りしめ、強盗に立ち向かおうとしていた。


俺は荷馬車に駆け上がり、彼女を背にかばう。


「おう兄ちゃん、英雄気取りか?」


11名…………辺境伯の騎士が来るまでなら、何とでもなる。


俺が剣を構えなおした途端、令嬢が俺の前に飛び出す。


「危ない」

  

令嬢の背中に、強盗が投げたものが当たる。


令嬢は小さくうめき声をあげて、前のめりに体勢が崩れた。


抱きかかえると、令嬢の背中には紫色の液体が、一瞬だけ輝き蒸発するように消えた。


魔毒玉か!


俺をかばって…………。


「お嬢さん、しっかりしろ、おい」


何度も声をかけ、体を揺するが令嬢は眼を閉じたまま。


紫色の魔毒玉であれば、数時間動きを止めるだけ。


とにかくここを離れよう。


俺は辺境伯の騎士達が、駆け付けたのを確認し、令嬢を抱えて荷馬車の馬にまたがり、固定された綱を切る。


「従者殿、馬を借りる」


俺は、令嬢を片腕に抱いて、ソーン辺境伯家に向かった。


ソーン辺境伯に着くと、門番に止められる。


門番の一人が、令嬢を見て叫ぶ。


「アシーナ様」


「私は、ソーン辺境伯に本日の訪問を願い出ていた、スルタ王国アドラー公爵家の者、峠を越えた所で、番所が盗賊に襲われており加勢した。近くに居た令嬢も巻き込まれ、魔毒玉をその身に受けた、急ぎ対応を願いたい」


「アドラー公爵家の訪問は、伺っております。直ぐに」


門番の一人が、屋敷に駆け込む。


直ぐに家令が現れて、俺は屋敷に招き入れられた。


「あの、お嬢様をこちらにいただいても」


俺は、令嬢を抱える手に力を入れる。


「いや、俺は魔毒の色を確認した、今後の対応も含めて、このままソーン辺境伯にお会いしたい」


…………。


俺は今まで、地位と名誉に群がる令嬢達に辟易していた。


知る限りの令嬢達は、騎士様弱い私を守ってとすり寄ってきて、ウンザリする。


それに比べて………あの、荷馬車での仁王立ち。


思い出して、思わず口角があがる。


「そうでございますか…………。」


含みを残して、家令はそのまま、ソーン辺境伯の待つ部屋に俺を案内した。


部屋に入ると、ソーン辺境伯夫妻が待っていた。


「アシーナ」


夫人が駈け寄り、令嬢の髪を撫でる。


ソーン辺境伯が手を上げると、家令が進み出て頭を下げる。


「ジェイコブ、侍女を数名連れてきて、アシーナを隔離部屋に」


俺は、彼女をさらに強く抱きしめた。


「ソーン辺境伯、お眼にかかれて光栄です。スルタ王国、アドラー公爵家のシャルルと申します。お言葉ながら、アシーナ嬢が受けた魔毒玉は紫でした。数時間動きを止めるだけの魔毒です。それに魔毒を受けても他の人に伝播などしないことは、ソーン辺境伯もご存じなのでは?」


「もちろん知っている」


「ではなぜ」


夫人が、アシーナの手をギュッと握る。


「魔毒の伝播など迷信であると、ソーン辺境伯の者はみな承知しております、しかしアシーナは、半年後にベイカー伯爵家の、カルロス様の元に嫁ぐことが決まっております」


夫人は、悲しそうに目を伏せる。


「シャルル殿、ガレノ王国の王都では、まだまだ魔毒の伝播が信じられていて、隔離を乗り越えた者だけが受け入れられるのだ」


「では、その30日間は、我が国で不自由がないよう、私がアシーナ嬢を、お預かりしましょう」


「いや。それはできない」


「どうしてです、アシーナ嬢は私を庇い、魔毒玉をこの小さな体に受けたのです、是非その勇気に報いたいのです。ベイカー伯爵家には、30日間の隔離を終えたと報告すればいいのでは?」


できれは30日後も、離したくは無いが…………。


「いや。ベイカー伯爵家は、古きを重んじる家柄でね、ガレノ王国の古くからの風習通り、アシーナに使える侍女を、婚約と共に当家に送ってきている、今回のこともベイカー伯爵家には筒抜けだろう」


ソーン辺境伯の眉間に皺が寄る。


「…………。」


「あの、それでは30日間、私がアシーナ嬢に手紙を送ることをお許しいただけないでしょうか?」


「手紙を?」


「はい、狭い部屋の中で、他人と関わらずに過ごすのは、辛いでしょう。そして元々の来訪の目的であった、和平交渉も進めさせてください」


「旦那様、番所襲撃は鎮圧できたと報告が、捕らえた者はどの様にしましょう」


ソーン辺境伯に、騎士からの報告があがる。


「私が直々に調べる、シャルル殿も同席されますかな?」


「はい、是非お願いします。その前にアシーナ嬢を、部屋にお連れしてもいいでしょうか?」


「侍女の手配は、私が頃合いをみていたします、まずは隔離部屋に案内しましょう」


夫人が立ち上がる。


俺はアシーナを抱えて、夫人の後に続く。


夫人はどんどんと屋敷の奥に進み、細い廊下の先にある階段を下りて行く。


「足元に気を付けて下さい」


階段を下りると、ドアが二つ。


「こちらの部屋の方が広いので」


夫人は、右のドアを開ける。


部屋は、ベッドと小さなテーブルだけの窓もない部屋。


一応、お奥にはトイレがある様だが…………こんな場所にアシーナを…………。


「私も母親として、アシーナがなるべく快適に過ごせるよう尽力しますので」


俺はそっと、アシーナをベッドに降ろす。


「なるべく早く助ける」


俺は誓いを込めて、髪を結んでいたリボンを解き、アシーナの手首に結んだ。


「お急ぎください」


夫人に促され部屋を出る。


ドアが閉まる音が、やけに大きく耳に響いた。




✿ ✿ ✿




アシーナ 視点


「はーよく寝た」


周囲を見回すと、やっぱり隔離部屋…………。


「んー。やっぱり夢じゃなかったか」


ドアに眼を向けると、床に本が数冊と、蝋燭とマッチ。


シルバートレイには、サンドイッチとスープが置かれていた。


「今、何時頃かしら?外も見えなくて昼か夜かもわからないわね」


一人でしゃべりながら、床に置かれた、本や食事をテーブルに運ぶ。


「あらスープがまだほんのり暖かいわ、先にいただきましょう」


私は、サンドイッチとスープを平らげて、シルバートレイを隙間から廊下に戻す。


さあ、本でも読みますか。


元々、野山を駆けまわるのが得意な私は、本を数ページ読んだだけで、また眠ってしまった。


コンコンとノックの音がして、シルバートレイが差し込まれる。


トレイには、白い封筒と秋桜が一凛。


私はテーブルに着いて、封筒を開ける。


= アシーナ嬢へ =


今日はルビーの月5日。


食事はとれているだろうか?


夜は眠れている?


いろいろと手紙で話したいのだが、私はアシーナ嬢のことを知らない、そしてアシーナ嬢も私のことは知らないだろう。


私は、昨日アシーナ嬢に助けてもらった、スルタ王国、アドラー公爵家のシャルル。


25歳 独身です。


趣味は乗馬。


まだ父が現役で、公爵家を取り仕切っているので、私は騎士団で副団長を務めています。


これから毎日手紙を書きます。


アシーナ嬢のことも、いろいろ教えてくれると嬉しい。


秋桜は、スルタ王国この時期、多く咲いている花です、少しでも気晴らしになるといいが。


シャルル・アドラー


「ふふふ。面白い人」


私は秋桜の香りを嗅いでから、テーブルに眼を落とす。


んー。


文通したいけど………私には、ペンも便箋もない…………。


でも、毎日手紙が来るのは嬉しいな。


次の日も次の日も、手紙と秋桜が届く。


4日ほどして、いつものセットと一緒に、ペンとインク、便箋と封筒が届いた。



= アシーナ嬢へ =



すまない。


返事がないと落ち込んでいたが、アシーナ嬢には返事を書く手段がないことに、今頃気がついた。


今日は、ペンとインクなど、手紙が書けるセットを送るので、是非、返事を書いて欲しい。


出来れば、アシーナが好きな食べ物。


好きな舞台の演目や趣味。


その部屋を出たらしたいことなど、教えてくれると嬉しい。


返事を待っている。



ルビーの月 9日


シャルル・アドラー



「ふふふ。漸く気がついてくれたのね」


私は、封筒に添えられた一輪の秋桜を、コップに挿した。


んー。


「日が当たらないし、枯れてしまうと、悲しいわね」


だいぶ板についてきた独り言をしゃべりながら、秋桜が飾られたコップを手にする。


「そうだ、最初に差し入れてもらった、良いものがあるじゃない」


私の睡眠薬の本!


「押し花にしたらいいわね」


んー。と言っても、水分を取る、紙が無い…………。


そうだ!


「封筒に入れましょう」


毎日送られてくる封筒に、添えられる秋桜を入れて、本に挟み込む。


それでは、返事を書きましょうか。



= シャルル・アドラー様 =



始めまして?


私は、ソーン辺境伯家の5女、アシーナと申します。


18歳 独身ですが、婚約者が居ます。


婚約者とはまだ一度しかお会いしたことは無いのですが、半年後には嫁ぐ予定です。


今まで頂いた、ご質問にお答えしたいと思います。



好きな食べ物は、パンケーキです。


フルーツモリモリ、クリームモリモリが特に好きです。


他には、焼き魚と野草のミックスジュース!


野草のミックスジュースは、次期公爵様とはいえ飲んだことが無いでしょうから、この部屋を出たら、新鮮な野草を摘んでごちそうします。


好きな観劇は………実はこの辺境の地には、芝居小屋が時々来るくらいで、ちゃんとした観劇を見たことがありません。


趣味は、私も乗馬が好きです。


ここを出たら是非、一緒に遠乗りなどどうでしょう。


毎日いただくお手紙は、今日が何日かもわかるし、とても嬉しいです。


添えていただく秋桜は、毎日押し花にしています。


シャルル様は、秋桜がお好きなのですか?



お返事お待ちしています。



アシーナ・ソーン



私は丁寧に便箋を折り、封筒に入れた。


明日は、どんな手紙が届くのか楽しみね。


私はシルバートレイに封筒を乗せて、廊下に出した。


その夜私は、手紙の返事が楽しみで、今まで頂いた手紙を読みなおし、胸に抱えて眠った。


シャルル様がくれる手紙を読んで、返事を書く。


こんな小さな部屋の中、次の日手紙が来るのを、楽しみに待つ日々。


私が隔離されて、20日ほどたった頃。


シャルル様の封筒とは違う、けばけばしい封筒が、隙間からトレイに乗って表れた。


「なにこれ?」


私は、封筒を丁寧に開ける。


便箋を開くと、差出人はカルロス様。


便箋には、魔毒は人の心をダメにし、身体をむしばみ、非常に恐ろしいものだと言うこと共に、その魔毒に侵された私には、ベイカー伯爵家の跡取りを、産む資格がないことがつらつらと記されていた。


結局のところ、婚約を白紙にしたいとの申し出だ。


私は、ぐしゃりと手紙を握りつぶした。


「なんなのあいつ!」


だいたい迷信を信じ、真実を知る努力もせずただただ恐れ。


そんなに怖いなら、私が魔毒を受けて直ぐに、婚約なんて白紙にすればよかったじゃない!


そしたらこんな部屋で、何日も暮らすこと無かったのに!


私は、怒りに任せてドアを叩く。


ガン ガン ガン。


「ちょっとー。廊下の端に、誰かいるんでしょー。お母様を呼んで頂戴」


「お嬢様、どうされたのです?」


「急ぎ、お母様に話したいことがあるの、呼んでくれる?」


「畏まりました、しばしお待ちください」


騎士が、軽やかに駆けて行く足音が聞こえる。


しばらくして、お母様がやってきた。


「どうしたの?アシーナ」


「母様これを」


私は、ドアのすき間から、けばけばの封筒をお母様に渡す。


お母様が、ドアの向こうで手紙を読んだ後、グシャリと握りつぶす音が聞こえた。


「アシーナ。お父様から鍵を貰って、今すぐ出してあげるから少し待っていなさい、ただこのところベイカー伯爵家から、送り込まれた侍女の動きが怪しいのよ…………。」


お母様はしばらく黙り込んだ。


「アシーナ。もう少し待っててね」


「はい、お母様」


半時ほどして、お母様が侍女を一人連れて戻ってきた。


ガチャリと鍵が開き、久しぶりにドアが開く。


「アシーナ」


お母様が、私を抱きしめる。


はあ~。


久しぶりのお母様の香り。


!!!


いやいや私、臭いかも…………もう20日も、お風呂に入っていないんですもの。


そうしている間に、侍女が私のワンピースに、着替えを始める。


「彼女は辺境伯家の女性騎士よ、このところベイカー伯爵家から送られた、侍女がなんだかこそこそ動き回っているからね、あなたを隔離部屋から出したことを、秘密にしておきたいの」


私は、こくりと頷いた。


「さあさあ、彼女が脱いだ、侍女服に着替えて」


お母様に急かされて、私は侍女服に着替える。


「そしてこれを」


お母様が、かわいい青い石の付いたブローチを私につける。


「わあ、本当に変わったわ」


ん?何が変わったの?


首をかしげる私に、お母様が手鏡を差し出す。


鏡に映る私は、女性騎士とおなし、少し赤みのある髪色に変化していた。


驚く私を見て、お母様は、ニコニコと笑う。


「これね、シャルル君がくれたのよ、スルタ王国はね、魔術や魔道具が、ガレノ王国より凄く発展しているの」


私は、ブローチにそっと触れる。


「シャルル様…………。」


「さあ、ここを出るわよ」


私は、部屋を振り返る。


「彼女は、大丈夫なのですか?」


「お嬢様。ご安心を、私は特別な訓練を受けておりますから」


私は彼女の眼を真っ直ぐに見て頷いた。


「絶対に怪我したらダメよ」


女性騎士が頷くのを確認して、お母様を振り返る。


「お母様、本とシャルル様からの手紙を、持ち出してもいいですか?


「ええ、急ぎなさい」


私は急いで、便箋を本に挟んで抱える。


そして女性騎士に深く頭を下げる。


「ありがとう」


彼女は、ニッコリ笑って礼を返した。


お母様について階段を上がり、細い廊下を抜けると、ベイカー伯爵家から来た侍女とすれ違う。


「奥様、アシーナ様の所に、いらしていたのですか?」


「ええ、暇を持て余してる様でね、差し入れの本を交換に」


「左様ですか、アシーナ様は、体調など崩していらっしゃらないでしょうか?」


「まあ、見ていないから何とも言えないけれど、声は元気そうだったわ」


「それはよかったです。安心いたしました…………。私、急ぎの様がございますので、失礼いたします」


はあぁ~。凄い、全く私に気がつかない。


私は、客間にたどり着き、とりあえずピカピカに磨かれた。


しばらくすると、お父様がやってきた。


「アシーナ!」


お父様は、優しく私を抱きしめる。


「辛い思いをさせてすまなかった、ベイカー伯爵家は、私が家門毎!叩きのめしてやる」


私が驚いて目を丸くすると、お父様は私の頭をガシガシと撫でる。


「まあそのくらいの意気込みということだ」


「お父様、アドラー公爵令息様は、どちらにいらっしゃるのでしょう?」


毎日励ましの手紙をくれたのだ、お礼を言わなくては。


「ああ彼は今、私と協力してガレノ王国とスルタ王国の国交再開に力を尽くしてくれている、魔術や魔道具、魔毒などの知識も、広くガレノ王国に伝えてくれていているんだ」


「ん?お父様、両国の国交は既に結ばれているのですか?」


「ああ。彼は優秀だ、今は一度、大事な書類にサインを貰いに、スルタ王国に戻っているが、アシーナを隔離部屋から出したことを、先ほど伝えたから、ものすごい勢いで、戻って来るんじゃないかな」


お父様が、ニヤリと笑う。


「そうですか、毎日励ましの手紙をいただき、その手紙には、いつもこの秋桜を添えてくれてたんです、是非お礼が言いたくて…………。」


ガン!!


大きな音で扉が開かれ、銀髪の美丈夫が入ってくるなり私を抱きしめる。


「アシーナ!良かった無事で」


「ああああああ あの」


「シャルル君、よくも父親も前で、その様に抱きしめられるな」


私を抱きしめた男性が、お父様に引き剥がされる。


「あの、お顔をちゃんと見るのは初めてでして、ご挨拶させていただきます、私はソーン辺境伯が5女、アシーナと申します」


「こちらこそ突然すまなかった。アドラー公爵家のシャルルと申します」


シャルル様は胸に手を当て、綺麗な礼を取る。


「あの、お手紙でシャルル様とお呼びしていたので、そのままお名前でお呼びしてもいいでしょうか?」


「もちろんだ」


シャルル様は、キラキラした笑顔で私を見ている。


うぅ。


こなに美丈夫な方だったとは…………。


盗賊に襲われたときは、銀色の髪が、きれいだな~くらいしかわからなかったけど…………。


お手紙の印象と、だいぶ違うから……緊張してしまうわ。


「あらあら、まあまあ二人で見つめあっちゃって♪」


お お母様!


お母様の言葉で、急に恥ずかしくなり、頬がカッと熱くなる。


「ふふふふふ、まあまあ、積もる話もあるでしょうから、お茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」


「じゃあ私は、ベイカー伯爵家と話をしてくる」


「はい、お父様。よろしくお願いします」


お父様が手を振り部屋を出て行く。


「さあさあ、こっちよ」


お母様はすでに、お茶の準備を万端に整えており、私とシャルル様は、お母様を挟んでお茶を楽しんだ。




✿ ✿ ✿



その日の夜中、事件は起きた。


ベイカー伯爵家から送られてきた侍女が、監視の目を掻い潜り、私が居た隔離部屋に火を放ったのだ。


当の私は、久しぶりのふかふかベッドで、すっきりと眼が覚めてから、事件が起きてことを知る。


「お父様!私の身代わりをしてくれていた、女性騎士は大丈夫なのですか」


お父様の執務室に、ノックもしないで駆けこむ。


「落ちつきなさい、アシーナ。彼女は優秀な騎士だ、侍女を取り押さえたのも彼女だ」


お父様の隣には、その女性騎士。


私は、彼女の手をガシリと握る。


「無事でよかった~。あの時は急いでいて、聞けなかったのだけど、名前を教えて、お友達になりたいの」


「お嬢様。ありがとうございます。私はリナと申します」


「リナ、私はアシーナ。よろしくね」


私は、リナの手をぶんぶんと上下に振る。


「さあさあ、アシーナ。お友達が出来たところで、こちらに座りなさい。お父様からお話があるの」


お母様に呼ばれ、ソファーに腰を下ろす。


向かいにお父様が座り、その後ろにリナが立っている。


「アシーナ、昨晩のことは耳に入っていると思うが、詳しい状況と今後のことを話そう」


私は静かに頷いた。


「まずは、昨日ベイカー伯爵家のカルロス君と、アシーナの婚約は白紙となった」


「はい」


「しかし、白紙とすることに、ベイカー伯爵家はかなり難色を示した、ベイカー伯爵は古いしきたりや決まりごとに厳しいが、頭の固い人間ではない」


「はい、カルロス様には、一度しかお会いしたことがありませんが、ベイカー伯爵様には、何度もお会いしたことがあります。とても頭のいい方だと感じました」


「ああそうだ、私も彼の息子なら、アシーナを任せられると思って、婚約を結んだのだが……昨晩、カルロス君の指示で、ベイカー伯爵家から送られてきた侍女が、隔離部屋に火を放った」


私は、こくりと息をのむ。


「直ぐに、リナが気づいて、彼女を取り押さえた」


お父様は、くしゃくしゃになった、けばけばの封筒を私の前に差し出す。


「これは昨日、隔離部屋のアシーナの元に届いたのだな」


「はい、シャルル様の手紙や食事とは別に、これだけが差し込まれました」


「カルロス君は、もともと恋仲の子爵令嬢がいた様で、アシーナとの婚約に乗り気では無かった、婚約した後も、何とか婚約破棄できないかと、機会をうかがい、送り込んだ侍女に金を握らせ、アシーナの情報を探っていたようだ」


ん?探るも何も、隠し事などひとつも無いけれど…………。


「ふふふ。アシーナが毎日していたことは、マナーや勉強以外の時間は、野草を取ったり、騎士達を支援したり、侍女たちと繕いをしたり………ふふふ。後ろ暗いところなんて、ひとつも無いものね」


「今回、アシーナが魔毒を受けたことは、カルロス君にとって婚約破棄のチャンスだったんだろうが…………。」


お父様は大きなため息をついて眼を閉じる。


「私達がアシーナを直ぐに隔離して、シャルル君が、ガレノ王国とスルタ王国の国交正常化にものすごい勢いで着手して、魔毒や魔術、魔道具についての正しい知識も、国全体に広めて♪魔毒を受けただけでは、婚約破棄は難しくなったのよね~」


お母様は、ずっとニコニコしている。


「シャルル君が、ガレノ国王に数多くの資料や研究結果を示して、わかりやすく説明することで、国王は今まで国内で信じられていた、意味の無い隔離や、心身を病むなどの言い伝えが、違っていたことをしり、正しい知識を直ぐに国中に広めた」


「本当に、シャルル君は優秀よね~」


お母様のニコニコの圧が、お父様に注がれる。


「はあ、わかったわかった!早く呼べばいいんだろ、アシーナにちゃんと、いろいろと説明してからと思っていただけで、別に引き延ばしているわけでは無いぞ」


お母様の、顔のキラキラが倍増する。


「最後にひとつ、カルロス君と侍女の処分だが、ベイカー伯爵に土下座されてな、家督は弟に継がせ、カルロス君は領地から出さないことを誓うから、治安官には突き出さないで欲しいと、泣かれてしまってな……」


お父様は、バツが悪そうに頭を掻いた。


「お父様、私はカルロス様に、何の思い入れもありません、ベイカー伯爵が厳しく正してくれるならば、対応はお任せします」


「アシーナいいのか?」


「はい、お父様。私はカルロス様に、嫁がなくてすんで幸せです」


「そうか…………。」


お父様は、悲しそうに笑った。


「じゃあ行くわよ~」


お母様が、私の手を取り立ち上がる。


「え!お母様………どこに」


「こんな、殺風景な所に呼ぶのもなんだから、庭の方がいいと思って♪」


お母様に連れられて、裏庭の真ん中に到着する。


「ちょっと待っていなさい」


……………………。


チュンチュン。


ハア~。鳥の鳴き声♪


空を見上げると、薄く広がる雲と青い空。


「アシーナ」


呼ばれて振り返ると、そこには両手いっぱいに、ピンクの秋桜を抱えたシャルル様。


「シャルル様」


シャルル様は、シャキッと背筋を伸ばす。


「アシーナにとっては、急な申し込みかもしれないが、俺と結婚して下さい。初めて会った時の、あの仁王立ちに、俺の心は掴まれました」


!!!!!


仁王立ち!


私はこん棒を持ち、荷台に立つ自分を思い出して赤面する。


いや………シャルル様ったら。


「アシーナ…………。」


私は、ポケットから紺色のリボンを取り出し、シャルル様の右手に結ぶ。


シャルル様が、右手に結んでくれたあのリボン…………。


シャルル様の瞳が大きく開く。


私は両手をひれげて、シャルル様に抱きついた。


「まずは遠乗りからお願いします。私もシャルル様をお慕いしています」


「やったーーー。」


シャルル様は、秋桜を挟んだまま私を抱き上げて、クルクル回る。


「じゃあ、このまま遠乗りに出かけよう」


シャルル様は、あれよあれよと言う間に、お父様とお母様に挨拶をし、馬の手配をすると、直ぐに出かけて、あっという間にアドラー公爵家に到着。


手土産もないまま、シャルル様のご両親にご挨拶して、その日は公爵家にお泊りさせてもらう…………なんとも慌ただしく幸せな一日となった。


スルタ王国は、本当に魔道具が発達していて、生活に取り込まれ、いろいろと便利♪


お湯を沸かすのも、街の明かりも、お掃除も。


まだまだ知らないことがたくさんある。


新しいこと知ることで、私の世界は大きく広がりだした。




✿ ✿ ✿



半年後、ガレノ王とスルタ王国の、国交成立を祝うパーティーが、ガレノ王国宮殿で開催された。


私は、シャルル様のパートナーとして、スルタ王国から出席する。


シャルル様のお母様が、どうしても私がデザインすると、作ってくれ私達の衣装は、シルバーをベースに青と緑の差し色が綺麗な華やかな衣装。


「シャルル様……私…こんなキラキラしたドレス。間違いなくドレスに着られていますよね?」


「この会場の中で、アシーナが一番美しいよ」


シャルル様は、ひと房降ろした、私の髪を手ですくい、キスを落とす。


もー。


この美丈夫めー。


この会場で、一番美しいのは、シャルル様です。


私達は会場をゆっくりと進み、国王ご夫婦に挨拶するため歩み寄る。


「やー。シャルル君、待っていたよ、今日は婚約者も一緒かな」


わあ。


我が国の国王様は、気さくな方なのね。


王妃様も一緒に談笑していると、ガシャンとグラスの割れる音と、何かが倒れる音。


「や ややや 幽霊がいる~。」


音に振り返ると、そこには、尻もちをつき、私を指さす男性。


ん? カルロス様?


男性の隣には、ブラウンのふわふわ髪を、ツインテールにした、かわいらしい令嬢が、ぽかんとしている。


人だかりから、ベイカー伯爵が飛び出してきた。


「おいカルロス、なぜここにいる」


「父上、そんなことより、アシーナの幽霊が居ます」


立ち上がったカルロス様の、トラウザーがみるみる濡れて行く。


「キャ」


ツインテールの令嬢が、小さく悲鳴を上げる。


「カルロス様~。おもらしなんて恥ずかしい、無理です~」


令嬢は、両手を握り、口元に添えると、一目散に逃げていく。


「や 待ってくれサリー」


追いかけようとするカルロス様の首根っこを、ベイカー伯爵が掴む。


「父上、少しだけパーティーを楽しんで、帰るつもりでした、しかし魔毒に侵され、焼け死んだはずのアシーナが…………。」


シャルル様の顔がこわばり、カルロス様に向けて一歩踏み出す。


同時に王妃様が、バシリと大きな音を立てて扇子を開く。


「まあまあ、ガレノ王国の貴族の中に、まだそんな迷信を信じている者が居たのですね、本当に貴族のご子息なのかしら?ねえ、あなた」


「そうだな、研究と長年の調査報告をもとにした説明受け、多くの賢い貴族達は、魔毒について正しく理解したと思っていたが、本当に我が国の貴族か?」


シャルル様と私の前に、国王夫妻が並び立つ。


王妃様が、一度振り返りパチンとウインクをした。


シャルル様が、丁寧に頭を下げる。


「国王陛下、領地に下げた愚息が、お目汚しをしてすみません」


ベイカー伯爵が、ぺしゃりと床に張り付いた土下座をしている。


あれは……ベイカー伯爵の得意技なのかしら?


「ベイカー伯爵!息子の教育を間違えた様だな、そして大切な判断も!直ぐに治安官を送る、連れて行け」


騎士達が、二人を抱えて会場を後にする。


がやがやと会場が騒めく。


国王がグラスを掲げ、みんなに声をかける。


「騒がせてしまない、この会場にふさわしくない者が、紛れていた様だが、無事に解決した。スルタ王国とガレノ王国が、今後も良い未来を築いていくことを願い、みんなこの夜会を楽しんでほしい」


国王がはなし終えると同時に、演奏が始まる。


王妃様が、私とシャルル様の背中を押す。


「二人が、両国の架け橋よ♪まずはダンスを楽しんで」


私達は国王夫妻に礼をして、ダンスホールへと足を踏み出した。


どんなことも、ちゃんと自分で確かめなくちゃね♪


私は、シャルル様とともに歩く未来に、胸を躍らせホールの中央に立った。



~  終わり ~






 


(´艸`*)

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