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一度きりのリボン  作者: 矢満田太郎
第3章:名前を狩る影
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【第19話】 影の胎動

夜の街は、まるで呼吸を忘れたかのように静まり返っていた。

風は止まり、提灯は揺れず、空気は重く沈んでいる。

紬は観察ノートを胸に抱え、昨日原型の影が残した響きを思い返していた。


――君の名前は、まだ不安定。

――呼ばれなければ、消える。

――私は、また来る。


胸の奥の「風花」という響きは確かに存在している。

だが、その輪郭はまだ薄く、影の響きが触れた場所だけがじんわりと熱を帯びていた。


ルクは肩で小さく震え、光を弱く揺らす。

「紬……今日は、影が近いよ」


蓮が紬の隣に立ち、静かに言った。

「紬、影は“また来る”って言ってた。今日はその気配が強い」


紬は深呼吸し、ステッキを握りしめた。

「うん。影の目的を探らなきゃ」


紬たちは屋台街へ向かった。

そこはいつも賑やかな場所だが、今日は人影が少なく、空気が重い。


ユイが風を探るように目を閉じる。

「紬……風の流れが変だよ。影の気配が街全体に広がってる」


真白は紬の手を握り、治癒の光を揺らした。

「紬ちゃん、名前の響き……まだ不安定だからね」


ミナは屋台街の奥を見つめながら言った。

「影の原型……昨日よりも強くなってる。何かを準備してる」


紬は胸の奥が冷たくなるのを感じた。

影はただ名前を受け取るだけではない。

もっと大きな目的がある。


そのとき――

街の中心から、黒い霧がゆっくりと立ち上った。


「来た……」

蓮が震える声で言った。


黒い霧はゆっくりと形を変え、巨大な影の塊となった。

紡ぎ手の影とは違う。

輪郭が曖昧で、形が定まらない。


だが、その中心には――

無数の名前の響きが渦巻いていた。


「これ……名前の響き?」

紬は息を飲む。


影は声を持たないはずだった。

だが、その影は紬の胸の奥に直接語りかけてきた。


――名前は重い。

――名前は痛み。

――痛みは世界を壊す。

――だから私は、名前を受け取る。


紬は胸の奥が強く揺れた。

影の響きは、紡ぎ手よりも深く、重い。


「紬、離れて!」

蓮が紬の腕を掴む。


だが影は紬に近づき、さらに深い響きを送り込んできた。


――君の名前は、まだ不安定。

――君の名前は、呼ばれなければ消える。

――君の名前は、私の中に落ちる。


紬は胸を押さえ、息を詰まらせた。

名前の響きが揺れ、輪郭が薄くなる。


「紬!」

蓮が紬の名前を呼ぶ。


その声が紬の胸の奥に灯りを戻す。

影の響きが少しだけ弱まる。


紬は息を整え、影を見つめた。

「……あなたは、名前を集めて何をするの?」


影は揺れ、響きを返した。


――名前は、存在の証。

――存在が消えれば、世界は軽くなる。

――私は、世界を軽くする。


紬は胸の奥が痛くなる。

「世界を軽くする……?」


蓮が震える声で言った。

「紬……影は“痛みのない世界”を作ろうとしてるんだよ」


影はさらに響きを送る。


――痛みは重い。

――重さは世界を壊す。

――だから私は、名前を受け取る。


紬は影を見つめ、静かに言った。

「でも……名前が消えたら、その人は消える。痛みが消える代わりに、存在が消える」


影は揺れ、響きを返した。


――存在は痛み。

――痛みは不要。

――不要なものは、消えるべき。


紬は胸の奥が強く揺れた。

影の理屈は、紡ぎ手よりも危険で、深い。


影は街の中心に巨大な糸を張り始めた。

透明で、光の残滓だけが揺れている。


「これ……名前を奪う糸だ!」

蓮が叫ぶ。


ユイは風を送り、糸の動きを乱す。

「紬! 街全体が狙われてる!」


真白は治癒の光を紬に向ける。

「紬ちゃん、名前の響きを守って!」


ミナは糸の根元を切り裂こうとするが、糸は影の原型の力で避ける。


紬は胸の奥の響きを感じる。

「風花」という名前の響きが揺れ、薄くなる。


「紬!」

蓮が紬の名前を呼ぶ。


その声が紬の胸の奥に灯りを戻す。


紬はステッキを握りしめ、結びの輪を描いた。

輪は糸の位相を崩し、糸は自らの張力で絡まり合う。


影は揺れ、霧のように消えた。


だが――完全には消えていない。

影は街のどこかへ潜んだ。


影が消える直前、紬の胸の奥に響きが残った。


――私は、また来る。

――名前の響きが弱い者から、順に落ちる。

――次は、君の仲間だ。


紬は胸を押さえ、息を整えた。


蓮が紬の肩を抱く。

「紬……絶対に守る。名前も、存在も」


紬は蓮の手を握り返し、静かに言った。

「うん。影が来ても、私は消えない。呼んでくれる人がいるから」


ユイは風を揺らしながら言った。

「影はまだ街にいる。次はもっと強く来るよ」


真白は紬の手を握り、震える声で言った。

「紬ちゃん……名前の響き、もっと強くしなきゃ」


ミナは遠くを見つめながら言った。

「影の原型……紡ぎ手より危険だ。戦い方を変えないと」


紬は胸の奥の響きを感じながら、静かに言った。

「影の目的……もっと深く探らなきゃ」

あとがき(紬の日記)

原型の影は“痛みのない世界”を作ろうとしていた。

名前を奪うことで、存在ごと消そうとしている。

胸の奥が強く揺れた。

蓮の声が、今日も私を支えてくれた。

明日は影が狙う“次の名前”を探したい。

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