第一話 孤島監獄へ。
「よし、着いたぞ貴様ら! さっさと車から降りろ!」
怒号が鼓膜を揺らす。
俺の名前は月島脱五郎。
謂れのない罪を着せられ、今日からこの大東刑務所に放り込まれる予定の“新入り”だ。
「おい、そこのお前! なにボーッとしている! 早く降りろ!」
「落ち着けって。分かったからさ、兄ちゃん」
しぶしぶ車から降りると、看守がさらに怒鳴り散らす。
「全体、整列! ここにいる十四名は、いずれも重罪を犯したクズどもだ!
そしてここ、大東刑務所は貴様らの墓場となるだろう。覚悟しておけ!」
墓場、か……。
冗談にしては笑えない言い方だ。
周囲を見渡すと、どこまでも海。
灰色の波が島をぐるりと囲み、逃げ場なんて最初から存在しないことを突きつけてくる。
聞いた話では、この島は昔、政府の軍事施設だったらしい。
その名残が、今もそこかしこに残っている。
俺たちを乗せてきた車が通ってきた道を振り返ると、
本土へ続く細い橋が一本だけ伸びていた。
その両端には監視塔。銃を構えた警備兵が、まるで虫でも見るような目でこちらを見ている。
噂以上の厳重さだ。
——脱獄不可能、か。
言葉だけじゃなく、景色そのものがそう告げていた。
そして目の前には、二十メートルはあろうかという巨大な石壁。
空を塞ぐようにそびえ立ち、圧迫感で胸が苦しくなる。
「さて、ゴミども。まずはあの玄関を通ってすぐの検査棟で身体検査を受けてもらう」
看守がトランシーバーに短く指示を送ると、
巨大な扉がゆっくりと動き始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴ——。
島全体が震えるような轟音。
まるで“戻るな”と告げるかのようだ。
「さあ、入れ! お前ら!」
怒号に押され、俺は前の囚人の背中を追って扉をくぐる。
ここに入ったら、もう二度と戻れない。
そんな予感が、胸の奥に重く沈んだ。
中に入った瞬間、ひやりとした空気が肌を刺す。
外の湿った海風とはまるで別世界だ。
天井は異様に高く、むき出しの鉄骨が蛍光灯の光を反射している。
足元の金属製グレーチングは、歩くたびにガン、ガンと乾いた音を響かせた。
軍艦の内部に迷い込んだような感覚。
——ここ、本当に刑務所か?
壁際には旧軍の名残と思われる巨大な配電盤や錆びたパイプ。
その隙間に最新式の監視カメラが無数に取り付けられている。
古さと新しさが混ざり合い、不気味な圧迫感を生んでいた。
前方には金属製のゲートが三つ。
武装した看守が無表情で立ち、視線だけで背筋を凍らせてくる。
「列を崩すな! 一人ずつ進め!」
怒号が反響し、空間全体が震えたように感じた。
ゲートの奥には白い光に満たされた検査室。
見たことのない医療器具が並んでいる。
軍事施設時代の機材を改造したのだろうか。
——何に使うつもりなんだよ、これ。
「さて、まずはお前ら。金属探知機をくぐれ!」
囚人たちは一人ずつゲートを通過していく。
脱五郎も続き、無機質な電子音を聞きながら通り抜けた。
「……よし、全員通ったな」
看守が薄く笑う。
「次だ。服を全部脱いで、そこに並べ。動くなよ」
「はぁ……なんで服なんか脱がされんだよ……」
ぼそりと漏らした瞬間、鋭い声が飛んだ。
「おい、そこの! 無駄口を叩くな!」
「はいはい、すいませんねぇ」
囚人たちは次々と服を脱ぎ、無言で検査を受けていく。
「次はお前だ!」
胸の奥がざわつく。
やましいものなんて持ってないのに、なぜか落ち着かない。
「……よし、問題なし。次はそこの部屋に向かえ」
灰色の扉を押し開けると、冷蔵庫のように冷たい無機質な部屋。
金属製の椅子が十四脚、等間隔に並んでいるだけ。
「左から順に座れ」
座り心地は最悪。
——これ、わざとだろ。
十分ほどして全員が押し込まれた頃、扉が軋む音を立てて開いた。
周囲の看守とは雰囲気の違う大柄な男が、煙草をくゆらせながら入ってくる。
肩幅が異様に広く、歩くたびに床が震えるようだった。
「やあやあ、君たち」
軽い口調なのに、声の奥に冷たいものが潜んでいる。
「ようこそ、海上監獄・大東刑務所へ」
男は煙草を指で弾き、にやりと笑った。
「ああっと、自己紹介がまだだったな。俺の名前は東、東誠司だ。
この刑務所の所長。つまり、ここで一番偉い人間ってわけだ」
その目は笑っていなかった。
「ここは本土から完全に隔離された孤島。逃げ場はない。
海は荒れ、潮は速い。泳いで逃げようなんて考えるだけ無駄だ」
ざわめく囚人たちを、東は楽しむように眺める。
「ここでは俺の言葉が法律だ。逆らえば……まあ、想像に任せるよ」
「従順にしていれば“それなり”に暮らせる。
だが一歩でも線を越えたら……」
煙草を床に落とし、靴でねじり潰す。
「——この島が、お前らの墓場になる」
部屋が凍りついた。
東は満足げに頷き、手をひらひらと振った。
「以上だ。諸君、今日からここが君たちの“世界”だ。
せいぜい、長生きしてくれよ」
扉が閉まる音が、棺の蓋のように響いた。
ガチャン——。
「……マジかよ」
「終わったな……」
囚人たちの小さな声が漏れる。
脱五郎は黙っていた。
胸の奥に、重い石が沈んでいくような感覚だけが残っていた。
そのとき——。
「立て! 収容棟へ移動する!」
金属椅子が床を引きずる音が響く。
廊下はどこまでも灰色。
靴音が無機質に反響する。
カン……カン……カン……
その歩きはまるで死刑台へ向かう行進のようだった。
曲がり角をいくつも進むと、巨大な鉄扉が現れた。
《第一収容棟》
看守がカードキーをかざすと、扉が重々しく開いた。
ゴウン……。
冷たい空気が流れ出し、肌を刺す。
——ここからが本当の地獄なのだろう。
そう思わずにはいられなかった。




